私は至極最低なことをしたのかもしれない。いや、したんだ。リーマスは大好きなチョコレートがなくなったって泣いたことはない。泣くよりもイライラしたりジェームズ達に八つ当たりしているのをよく見かけるのだけど。だからリーマスが泣いただなんて、未だに信じられなかった。
あの日からリーマスは私によく話しかけてくるようになった。天文学の授業の時もご飯の時も、話しかけてこない日はなかった程だ。それでリリーが「やっぱりそうじゃない!」と嬉しそうに笑っているのを見て、私の心境は複雑だった。
リーマスに抱き締められたあの日、私が取った行動は未だに自分自身でもよく分かっていない。ただ、私は抱き締められたことに対して至極動揺してしまった。彼が何故私を抱き締めたのか、私は何故彼に抱き締められているのか。頭の中は至極混乱していて冷静さを失っていたからなのか、私の身体は受け入れることを拒んだ。その結果、私はリーマスの言動を拒否した。
あろうことか、私は彼を突き飛ばしたのだ。それなのに、どうしてリーマスは私に話しかけるのか正直言って分からない。私はあんなに酷いことをしたと言うのに、リーマスは笑いながら「いきなりごめんね」と謝った。謝るべきなのは私なのに、本当は笑いたくはなかっただろうに。無理して笑った顔は鈍感な人が見ても分かるくらい歪んでいて、その笑顔を見た私は俯いた。
あの日からよく話しかけてくるリーマスに対して、私はリーマスの顔を見ることが出来なくなった。もしかしたらまた歪んだ笑顔を見てしまうのではないかと思い、見れなかったのだ。
夕食を取っている最中、悪戯仕掛人と一緒に次の悪戯に向けて策を練っていた。リーマスとリリーは監督生として先生に呼ばれてしまった為、此処にはいない。なので安心して悪戯を考えられるとジェームズとシリウスは大喜びだ。
ピーターは食事を取りながら二人の話に耳を傾けることにしたらしい。彼は最近聞き役に徹していた。前回の逃走ルートのことが尾を引いているのかもしれない。あれは私の不注意だと何度も言ったのにピーターはなかなか引かなかった。そんなに気にしなくていいことなのに。
今回の悪戯のターゲットはスリザリン生らしく、ジェームズとシリウスの二人はいつもより少し時間を遣って考え込んでいた。
その集中力を少しでも授業態度に表せば先生達も眉間に皺を寄せなくて済むのに。勉強などそんなにしなくても良い点が取れる彼等が羨ましい。天性の才能に思わず嫉妬してしまう。
「遠くからクソ爆弾を操って上からシャワーみたいに降らせるってのはどうだ?」
「んー。もう少し捻りが欲しいよね。ただ降らせるんじゃなくて花の形にさせてとかはどうだい?」
「お、いいなそれ。スリザリンなんだし蛇でもして降らせるか? ただまっすぐにじゃなくて、こう…回転させながらとかさ」
「最終的に蛇が牙を向けた瞬間クソ爆弾がボンッとかいいんじゃないかな!」
「いいなそれ! 早速そう言った形に向けてやるか!」
「やるからには華がないとね!」
「……華があっても鼻がひん曲がるよね…」
ピーターがボソッと突っ込みを入れたのを聞き逃すことはなかった。どうやら次の悪戯のやり方が決まったようだ。
広々とした大広間だと情報が外部に漏れてしまうと言い、三人は寮へと戻ってしまった。今の今までの会話をスリザリン生が聞いていないとでも思っているのだろうか。もしかしたら聞かれてしまったかもしれないのに。ジェームズのことだ。きっと防音呪文でもかけていたかもしれない。……そう思いたい。
リリーが戻って来るのを待とうかと思ったけれど、まだ片付いていない課題がある為私も寮に戻ってしまおう。
立ち上がり大広間の出入り口を見ると、ちょうど三人が出て行くところだった。一緒に行けばよかったとほんの少し思った。今追い掛ければ間に合うだろうか。
「なまえ、待って」
話を聞いていて周りに目を向けていなかったせいだ。いつの間にと思うけれど、リーマスはいつだって突然現れる。
後ろを振り向くと、少し困った表情のリーマスがそこにいた。そんな顔をするなら私に声をかけなければいいのにと、何度思ったことだろう。
リーマスの言動はよく分からない。
「…………何か、用?」
「ハニーデュークスの新作のチョコレート。前に話した時に食べたいって言ってたから。人気があって一つしかなかったんだけどなまえにあげる」
「…いいの?」
「うん。僕の分はまた今度買いに行けばいいんだし。それに、一番になまえにあげたかったから」
リーマスはそう言いながら私に笑顔を向ける。この前のとは違い、眩しさを感じる程の微笑みだった。
彼が一番愛してやまないチョコレートを、大大大好きなチョコレートを、ハニーデュークスの新作のチョコレートを。
自分の分ではなく私の分だと言うリーマスの表情には、チョコレートをあげることに対しての迷いはなかった。どうしてなんて推測でしかないけれど、この前のことからしてそう言うことなのかもしれない。自意識過剰だと思ってしまうから、考えないようにする。
そんなことはないのだ。
きっと。
手渡された板上のチョコレートを見て、私はその場でパキンと二つに折った。リーマスが驚いた声をあげたけれど、決してチョコレートが嫌で八つ当たりをしたわけではない。半分になったチョコレートの一つをリーマスに差し出す。
「リーマスにもあげる」
「いいのかい?」
「そんな顔されてるのに今更なしとか言わないから大丈夫だよ」
「それじゃお言葉に甘えて」
「うん。チョコレート、ありがとう」
「僕からもありがとう。実を言うと発売されるのをずっと待ってたんだ」
「甘いものに関してはリーマスが知らないわけないもんね」
「それ、誉めてるのかい?」
「一応ね」
まだ監督生としての仕事があるらしく、リーマスとは大広間で別れた。私も終わっていない課題を片付けようと談話室に向かう。
珍しく人のいない談話室はとても静かで、暖炉で薪が爆ぜる音しかしない。
暖炉の前のソファーに座り、先程リーマスからもらったチョコレートを取り出し折らずにそのままの状態で一口食べる。口の中にふわっと甘さが広がり、舌で転がすと簡単にほろけてなくなってしまった。
カカオの味がしっかりしているのに苦味はなく、かと言ってホワイトチョコレート程甘ったるくはない。ハニーデュークスの新作は今回も大当たりのようだ。
課題を片付けるべくテーブルに羊皮紙を広げ図書館から借りてきた魔法史に関する本に目を通すけれど、内容は一向に頭の中には入って来ない。原因は何となく分かってはいるけれど、ほんの少しだけそれを認めたくないと思っている自分がいる。だって、何だってよりにもよって。
いや、今はそれよりも魔法史の課題をやらなければならないのだ。そう思い頭を振って思考を切り替えようとするものの、そう簡単にはいかないのが現実である。
私のことなど、気に掛ける必要はないのだ。きっと野次馬精神で関わっているに違いないのだ。けれどこの間の出来事が脳裏に過り、私がそう思いたいとしていた考えを容易に蹴ってしまう。
こんなことでは課題など終わるわけはない。しかし、頭の中はそれほどいっぱいいっぱいなのだ。
リーマスからもらったチョコレートを取り出し一口齧る。パキンと気持ちの良い音を立てたチョコレートはすぐに口内でほろけて跡形もなくなってしまった。
チョコレートを食べるたびに、リーマスの表情が目に浮かぶ。いつもいつも幸せそうな表情でチョコレートを食べる彼の姿が容易に想像することが出来た。
リーマスはチョコレートそのものだ。とても甘くて優しくて、たまにほろ苦いチョコレートは人に活力を与えてくれる。リーマスもそんなチョコレートのような人だ。
私に色々、本当に色々教えてくれた。ジェームズに対する気持ちも、この談話室のように今ではとても静かだ。荒波を立てることもない。
けれど、終わったわけではない。きっちりはっきりと、終わらせるべきなのだ。リーマスのおかげでそのことに気付けたのは内緒の話だ。
「………終わらせるよ。全部…」
吐き出された言葉は空気と混ざり合う。
やっと、向き合うことが出来た。
パキンとまた一つ、談話室に響き渡った。
ふわりと舞い降りるそれは
私の心にすんなりと入って来た
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