一体どのタイミングで言い出せばいいのか。この恋を終わらせようと決意をしてから一週間、私は未だにジェームズに話しかけることが出来ないでいた。

普通に会話は出来てはいるのだ。ただちょっと過剰に反応してしまうだけであって、この前ジェームズに「最近のなまえは何だかすごく元気だね! 何か良いことでもあったかい?」と言われる程だ。

ジェームズとシリウスは一週間前に考案したあの悪戯を見事スリザリン生に仕掛けることが出来た。二人の変身術の力を以てすれば、糞爆弾など意図も簡単に蛇の形に変えることが出来るのだ。ピーターは遠くから二人を見守っていた。何でも二次被害に遭いたくないのだと。ピーターにしては賢い選択である。

そのスリザリン生の中にセブルス・スネイプがいたのは否めないが。


天文学の授業が終わり、他の生徒達は寮に戻ろうと足早に中へと入って行く。

毎度毎度野外での授業だが、ここ最近はめっきり寒くなった。イギリスは冬の訪れが早い。完全防寒着で授業を受けていたのだが、手先がものすごく冷たい。空気が冷たい分夜空は澄み渡り、満天の星々で輝いていた。

ほうっと息を吐く。早く談話室で暖まりたいと思う反面、もう少しだけ夜空を見つめていたかった。こんな時こそ保温魔法を扱えたらと思った。習得したいと思うのだけどなかなか上手くいかないのである。

寮に戻ったら少し練習しよう。もしかしたら今日明日で扱えるようになるかもしれない。


「なまえ。まだ寮に戻らないのかい?」

不意に後ろから声が聞こえた。
みんなもう帰ってしまったのだと思い込んでいた私は自分でもあり得ないくらい驚き、あろうことか悲鳴まで上げてしまった。

途中で「シレンシオ」と黙らせ呪文をかけられ、辺りは再び静寂に包まれた。少し響いたけれど誰にも聞こえていないといいなと思いながら、後ろの人物に目を向ける。

「まさかそんなに驚くとは思わなかったよ。元から驚かすつもりだったんだけどね。ごめんなまえ。そんなに怒らないでくれよ」

「フィニート」と唱える声が聞こえ、ようやく私は喋ることが出来るようになった。元はと言えば驚かしてきたそちらが悪いのだ。そんな私に黙らせ呪文をかけるなど全くもって失礼である。

「ごめんごめん」と笑いながら言う姿からは反省の色が全く窺えない。寧ろ悪戯が成功して喜んでいる時と一緒だと私は思った。怒ってはいるけれど彼のそんな無邪気な笑顔を見てしまえば、どうしても許してしまう自分がいた。

彼の笑顔には何か秘密でもあるのだろうか。前まではこんなことはなかったのだ。リーマスが笑うたび「この野郎」と思っていたのに、今ではそんな気など全く起きないのである。リーマスは何か私に魔法でもかけたのではないだろうかとたまに考えてしまう。

リーマスといるととても穏やかな気持ちでいられることが多くなった。本当に、彼は不思議な人間である。


「リーマス。話があるんだけどいい?」
「いいよ。なんだい?」
「…この前のことなんだけど、リーマスに酷いことしたから謝りたくて。本当にごめんなさい」
「ああ、あの時ね。そんなに気にしていないから謝らなくてもよかったのに」
「でも、」
「本当に。僕は大丈夫だから」
「……うん。分かった」

空を見上げ、満天の星を見つめる。

リーマスとこうして話すのは久し振りだ。リーマスから話しかけてくることはあったけれど、私はまだ何処かで逃げていたから本当に久し振りなのである。

隣から、くあっと欠伸が聞こえた。そう言えばでもう遅い時間なのだ。けれど、リーマスは「帰ろう」とは言わない。もう少しだけ話していてもいいのだろうか。久し振りの会話に花を咲かせる。


「今日出た天文学の宿題。なかなか面倒だね」
「『星の位置と意味、マグルから見た星の神話と解説』だよね。魔法界とマグルで違うって頭こんがらがりそう。無理だよ」
「図書館で資料になりそうなのを探して頑張るしかないね」
「一緒に考えたら駄目かな」
「確実に先生にバレるよ。残念だけど個々にやるしかなさそうだ」
「絶対宿題終わらない気がする…ッ」
「……分かったよ。教授には内緒で二人で片付けよう。但し、内容は被らないようにね」
「ありがとうリーマス!」

教授もなかなか意地の悪いことをするものだ。星の位置や意味は大体分かってきたものの、問題はマグル視点の神話だ。それについてはさっぱりなのだ。上手く解説出来る気がしない。

リーマスが一緒になってやってくれると言うけれど、やっぱり内容が似てしまってバレてしまう気がする。助言だけもらって後は頑張るしかない。

くしゅんっとくしゃみが出た。長い間外に出ていたからか、風邪を引いたのかもしれない。「そろそろ戻ろうか」と提案するリーマスに頷いて答えた。

「リーマスも眠そうだしね」
「気付いてたんだ」
「…遠慮せずに欠伸してたよね? 隠す気がなかったとしか思えないんだけど」
「相手がなまえなら別にいいかなと思ってね」
「リーマスの中での私ってどんな位置にいるの」
「………内緒」

くすくすと笑うリーマスはそれからは何も言わなかった。はぐらかされた気もするけれど、答えなど求めなくていいのだと自分自身に言い聞かせた。答えを聞いた所で、どう答えを返せばいいのか分からないからだ。

リーマスとは、このままの関係でいたいのだ。友達としての関係が一番落ち着くのだ。この関係を壊すことなど、臆病者の私には成し遂げることなど出来ないだろう。このままこうしていたい。そう思うのは私の我儘であるけれど、このままがいい。

関係が壊れてしまうかもしれないのはジェームズも同じだ。私が彼に駄目もとで告白をして振られた後、私達はまた普通に接することが出来るだろうか。

ジェームズはきっと、リリーに心配をかけないように普通に接しようとはするだろう。けれど、私はどうだろうか。いつも通りとはいかないかもしれない。それは実際に告白してみなければ分からないことだらけなのだけど、不安は尽きない。

もし私がジェームズを好きだとリリーの耳にでも入ったりしたら、どうなるだろうか。リリーはきっと泣いてしまう。とても優しい子だから。こんなので、私は本当に告白することが出来るのだろうか。


「なまえ」

不意にリーマスが立ち上げる気配がして、視線をそちらに向ける。布の擦れる音がして隣に僅かな振動がした。ほんの少しだけ離れていた距離はリーマスが近付いたことによりぐっと縮まった。

隣からはリーマスの息遣いが聞こえ、暗くてそんなに分からないと言うのに私は視線を前に向ける。何を恥ずかしがる必要があるのか。自分でもよく分からない行動に戸惑いながらも、触れ合う肩がとても温かいと思った。

何故こんなにも密着しているのかリーマスに聞くに聞けないけれど、とても心地良く感じた。とても温かくて不思議と安心するのだ。リーマスに染みついたチョコレートのにおいが鼻腔をくすぐる。とても甘い、優しいにおいだ。チョコレートのにおいに酔いしれながら、リーマスの言葉を待った。


「……まだ、帰らないのかい?」
「…寒いけど後少しだけ」
「それじゃ、僕も後少しだけ」
「リーマス風邪引くよ? ただでさえ引きかけているんだから暖かくしないと」
「いいんだ。なまえが後少しと言うなら後少しくらいは大丈夫」
「何それ」
「僕はなまえの友達でありながら監督生だからね。自寮の生徒を放っておくなんて出来ないよ」
「……………そうだね…」

その言葉に胸がちくりとしたのは何故か。

急に心が冷えた気がした。私は一体リーマスに何を期待していたのだろうか。期待などしていなければ胸が痛むなんてことはないだろうに。この痛みは一体何なのか。

覚えのあるそれは認めるわけにはいかない。認めてはいけない。友達としてではなく監督生として発言した彼にほんの少し、心の距離を感じただけだ。友達として心配して欲しかったんだと、私は思い込むことにした。


「そろそろ寮に戻ろうかな」
「気は済んだかい?」
「充分」
「それなら何よりだ」

リーマスが立ち上がってから私も腰を上げた。

此処はとても寒い。保温魔法を早く習得したいと心底思った。身も心も寒くてたまらない。暖かい談話室に戻れば、きっとこの心も温かさを取り戻すはずだ。

「行こうか」と先に歩き出したリーマスの気配を感じながら、私は胸元をぎゅっと掴むように握り締めた。

何故こんなにも心が寒いのか。

リーマスにとっても私にとっても変わらない。
私達は、ただの友達でしかないのだ。





心の震えと感情は
何を意味するかなど、今は考えなくていい



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