グリフィンドールが優勝してから数日、未だに興奮が収まる様子はない。おかげでスリザリンとは以前にも増して険悪なムードになっている。廊下で呪いが飛び交うのなんて最早日常茶飯事だ。
そのせいで監督生であるリーマスやリリーが生徒の取締りに日々追われている。毎回夜遅くまで頑張っているリリーが「そろそろいい加減にして欲しいわ」と、愚痴を零していた。
悪戯仕掛人はと言うと、これに興じて前よりもスリザリン生に悪戯をしているらしく、被害者は続々と増え続けている。
私はと言うと、前のように悪戯には参加しなくなった。もちろん理由は試験勉強だとか色々あるけれど、一番の理由はリーマスに会いたくないと言うことだ。別に本当に会いたくないわけじゃない。ただ、会った時どんな顔をして会えばいいのか分からないから会いたくないだけだ。
だからこうして理由を作って悪戯には参加せず、試験勉強をするからと悪戯を控えている。監督生であるリーマスとは天文学が一緒だけれど、すれ違いの日々を送っている。リーマスからも、私からも、声をかけることはなくなった。以前の、悪戯仕掛人に出会う前に戻ったみたいだ。ほんの少し、寂しい。
「お前さ、最近付き合い悪くね?」
「いきなり何よ。ちょっと、油飛び散るからやめてくれる?」
「試験勉強だから、仕方がないよ。二人と違ってぼくらは勉強しないと良い点取れないから…」
「ピーター、それは暗に僕等は頭が良いと言っているのだよね?」
「……事実だけどむかつくわ…」
「そんなにひがむなって! 勉強なら俺が教えてやってもいいんだぜ?」
「むかつくからパス」
「何でだよ!!」
「だからチキンの油飛ばさないでくれる?! 羊皮紙が汚れるでしょうが!」
チキンの欠片が飛んだ部分を布巾で拭っても、すでに油の滲みが付いてしまっていた。これだから馬鹿シリウスは。このまま出してしまいたい所だけれど、提出先はマクゴナガル教授なのだ。中身の良し悪し関係なしに油の滲みで減点されかねない。この前羊皮紙の端にかぼちゃジュースを零してしまった時もそうだった。
手持ちの鞄をかさごそと漁るも、生憎と羊皮紙を切らしてしまっている。一度寮に戻らなければならない。馬鹿シリウスのせいでだ。
「こんなところで書いているのが悪い!」と全く悪びれる様子のないシリウスに、今度嫌がらせでもしよう。でなければこの気持ちはどうやっても晴れない。
次の科目まで時間はあるけれど、今は少しでも勉強する時間が欲しい。走らないように、出来るだけ早歩きで向かう。図書館で書けることならば私もそうしたいところだけれど、シーズン的に図書館は満席だ。急いで図書館まで通うより大広間や談話室でやっていた方が時間を有効活用出来る。
むかつくけれど、資料が必要な時は人間図書館であるジェームズやシリウスに聞けば問題ない。
太ったレディに合言葉を早口で言い、談話室に駆け込む。女子寮に向かおうと暖炉前を通った時、見知った姿が視界に入った。数日振りに見るリーマスだ。疲れているのか目の下に隈を付け、ソファで横になっている。連日の忙しさで授業のない時間に寝ているのか。
私は自分の部屋に戻り目的の羊皮紙を何枚か鞄の中に入れ、目に入ったブランケットも一枚手に取った。談話室まで下りてちょうど今空いた席に荷物を置くと、薄着で眠りこけているリーマスの元へと向かう。相変わらず顔や身体に傷を負っている。今回の悪戯騒動で付いた傷だろうか。うっすらと残る傷跡がちょっと痛そうで、無意識に頬の傷に手を伸ばす。少し冷たい私の手に反応して、ほんの少しリーマスが身じろいだ。
そこでハッとして、自分が今やっている行動を客観的に見て、顔に熱が集中する。私は何をしているのだろうか。急いで持ってきたブランケットをリーマスにかけると、せっかく席を取ったのにも関わらず、逃げるように談話室を出た。
バンッと扉を荒々しく閉めると、太ったレディに「そんなに急いでどうしたの? 扉は優しく閉めるのよ?」と何やら小言のようなものを言われたけれど、全く耳に入って来なかった。
寮から遠ざかるように走り、ふと気付いて立ち止まる。こんな顔では大広間にだって戻ることは出来ない。かと言って外で勉強するにも寒過ぎるし、未だに保温魔法を覚えていない。一体いつになったら私は習得することが出来るのか。
いつまでも此処に居ても風邪を引くだけだ。今教室に行ったとしても他の生徒達が受けているだろうし、他には…。
「そんなに慌ててどうしたんだい?」
「わ! ジェ、ジェームズ!」
「そんなに驚くなんて酷いな」
「う、あ、ごめん」
「いいよ。でも、羊皮紙くらい言ってくれればあげたのに」
「ううん、あのまま大広間でやっていたらまたチキンの油で汚されそうだったからついでに逃げてきたって感じかな」
「変身術のレポートだもんね。僕も魔法薬零したまま提出したことあるよ。すっごい眉間に皺寄せて怒られたけど」
「…知っているならシリウスを遠ざけて欲しかったな」
「いや、まさか僕もこれほどまで他人に気を遣えない人間がいるだなんて気が付かなかったんだよ」
「……ねえ、ジェームズ…」
「なんだい?」
「それってさ、嘘、だよね…?」
ジェームズはポカンとしたまま、数秒後にはにっこりと微笑んだ。「流石なまえ。ご明察」と、気付かれたことに関してとても嬉しそうだ。
前は、こんなジェームズの表情が見たくて見たくてたまらなくて、でも恥ずかしくてちゃんと見ることが出来なかったと言うのに、今はこうして自然に見ることが出来る。成長したと言うのだろうか。
シリウスが他人に気遣いが出来ないなんて嘘だ。シリウスはシリウスなりにちゃんと相手のことを気遣える人間だ。ちょっと明後日の方向に向いていることもあるかもしれないけれど。
「それで、シリウスに油を飛ばすように命じたの? 何の為に?」
「命じてなんていないよ。あれは偶然シリウスが何を思ったのか、勝手にやったことさ。僕は最初からなまえを呼び出そうと思っていたんだ」
「…どうして、私を……?」
「理由は聞かなくても、なまえなら分かるんじゃないかな?」
「………………うん…」
「最近は頑張り過ぎなくらいなんだ。前は手を抜いていたのに、急に。原因は一つしか考えられないと思ってね。ねえなまえ、一体何があったんだい?」
「…私にも、よく、分からないの」
自惚れてはいけない。
違うのかもしれない。でも、もしかしたら。そんな思いが心の中で渦を巻く。
あの日言われた言葉を反芻する。
「僕は僕って、何? なまえは僕の何を知っているの?」
何を知っているのかと聞かれ、咄嗟に言葉が出て来なかった。私が知っているリーマスは、リーマスにとって一部にも満たないのだろうけれど、私は私なりにリーマスのことを考えている。あの日リーマスが何故あんなことを言ったのか、どうしてあんなに辛そうな表情をしていたのか、一人で考えていては答えは出ない。
こうかもしれないと言うのは私の思い込みなのだから。今此処でジェームズに相談したとしても憶測でしかないけれど、一人で悩むより誰かと一緒になって考えた方がずっといい。
思い切ってジェームズに相談した。ジェームズのことが好きでとか、そこら辺は省きながら。ジェームズは真剣な表情で聞いてくれて、私は話すことに集中した。あったことをそのまま素直に話すのはとても恥ずかしかったけれど。
今までのことを話し終え、ふむっと考え込む素振りを見せたジェームズを見て、嬉しくなった。大した問題ではないのかもしれないけれど、こうして真剣に考えてくれている。ジェームズなりの考えが出るのを私はジッと待った。
「なまえ」
「は、はい!」
「そんなに畏まらないでよ。何だか僕もそうしないといけないみたいじゃないか」
「そ、そうだね。ちょっと気を張ってたみたい」
「リーマスのことだけどね、なまえが解決しないと駄目な問題だね」
「やっぱり…?」
「でもそんなに不安がることないよ。今みたいに素直になれば、きっと大丈夫だから!」
「……ジェームズ、ありがとう…ッ」
「僕はただ話を聞いただけだよ。友達のね」
「お役に立てたようで何よりだ!」と、子どもみたいにキラキラと笑って見せた。ジェームズはいつだって明るくて眩しい。だからこそ惹かれて、今も憧れの存在である。
恋ではなくなってしまったけれど、友愛としてジェームズのことを大切に思う。こうしてジェームズに頭を撫でられても、嬉しい気持ちは恋心ではない。
まるで家族のような、お兄ちゃんが出来たような、そんな感覚だった。
「ジェームズ、あのね。もう一つ、聞いて欲しい話があるの…」
「ついでだからね、聞くよ!」
「ありがとう! あのね、私、ジェームズのこと……ッ」
そこまで言葉にして、ジェームズの後ろにいる人物が目に入り、言葉が出て来なくなった。その場にいつから、何処から話を聞いていたのか。不安そうな瞳が揺れているのが此処からでもよく分かる。また、辛そうな表情をしている。そんな顔をさせているのは、私のせい…?
私の視線に気付いたジェームズが振り返る。リーマスを見つけて、小さく言葉を零す。その言葉が聞こえたのか定かではない。
リーマスは何も言わずに走り去ってしまった。また私は、言葉が出て来ない。呼び止めようと名前を呼ぼうとしたのに、喉からはひゅっと息が漏れるだけで、リーマスを引き留めることは出来なかった。
不意にジェームズが私の名前を呼ぶ。行けと、追い掛けろと目で訴えてくる。今、私が追いかけてもいいのだろうか。ごちゃごちゃと彼是考えてしまうのは私の悪い癖だ。
突然、背中に衝撃が走った。とても痛い。紳士的な行動を取るはずのジェームズが私の背中を叩いたのだ。
「早く行かなきゃ。リーマスが待ってる」
「ジェームズ…」
「あいつ、自分に自信がなくて何処か臆病なんだ」
「そんなこと、言われなくても知っているよ」
「うん。だからさ、なまえは自惚れていいんだよ。恋なんてみんなそんなもんでしょ? 自信がなかったり自惚れとかでも、みんなそうやって自分の気持ちを相手に伝えているんだからさ」
「………ジェームズ。私、ジェームズのことが好きだったよ」
「うん。知っていたよ」
「…やっぱり気付いてたか」
「まあね。なまえ。僕を好きになってくれて、ありがとう」
「うん。でもごめんね。今はリーマスのことが好きなんだ」
「分かってるよ。…これって僕が振られたことになる?」
「そうかもね」
「えー! 僕はリリー一筋だから振られるって言うことは有り得ない!」
「ごめんね、急いでるからリリーに慰めてもらって!」
「なまえッ?!」
ジェームズは相変わらずオーバーリアクションだ。まあそこがジェームズの良い所でもある。
「なまえ、頑張れ!」と背後から声援が送られる。さて、臆病な想い人を探さないと。
あなたを見つける為に全力疾走をする。
息が切れてとても辛いけれど、全然苦にならない。
それはきっと、リーマスのことが好きだから。
逃げたくなることもあるけれど
やっぱり好きな人には好きだと、リーマスに大好きだと伝えたくなる
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