今から思えば、心配をしてくれていたのだと思う。例え自惚れだったとしても構わない。私なら、心配だから。彼もそうだとは限らないのだろうけれど、抱き締めてくれた彼自身が、震えていたのだから。いつから、なんて知りはしない。私もいつからだと分かったものではない。

いつの間にか、私の心の中にいた人は替わっていた。あんなにも想っていたはずなのに、恋心は友愛へと変化を遂げた。もしかしたら、私はただ、リリーが羨ましかっただけなのかもしれない。直向きに一途に想われているリリーを見て、その気持ちが私の方へ向いてくれれば、私も一途に想われるのだろうかと、本気でそう思った。そんなことはありはしないのに。

「大好きだよ」と気持ちが向いて欲しかったはずなのに、何処かで何かが邪魔をしていた。本当にそれで良いのかと、私自身が両手を広げて行く手を遮っていた。

私は最初から、本気で好きだったわけではなかったのかもしれない。恋愛ではなく、友愛として。

だからこそ、追い掛けなくてはならない。

とても大切な人だから。
このまま、悲しませたままなんて、嫌だから。


全力疾走のリーマスは思ったよりも速かった。足音はもう聞こえない。当たり前だ。そんなに長くはないとはいえ、ジェームズと話し込んでいたのだから。今更後悔してももう遅い。手当たり次第に空き教室や図書館など、廊下を走って探した。けれど途中で鐘が鳴り、多くの生徒達が廊下に雪崩れ込んできた。授業が終わってしまったのだ。この中からリーマスを探せと言われたら正直言って無理な話だ。

それでも生徒達とは反対の流れに乗ってリーマスを探した。もしかしたら、いるかもしれない。そんな淡い期待を胸に探したけれど、リーマスの姿は見付からない。やっぱり此処にはいないのか。あと探すとなると、外だけだ。

外へと続く廊下を走っていると、不意に、私を呼び止める声が聞こえた。リリーだ。選択していた科目が終わったらしく、一緒にいた友達にまたねと挨拶を交わしている。

本当は次の授業までそんなに時間がないから急がなければいけないというのに、リリーは私に「何かあった?」と声をかけてきてくれた。


「リリー、リーマス見てない?」
「ルーピン? ううん、見ていないわね」
「…そっか、ありがと。それだけなんだ、じゃあね」
「ちょっと待って!」

そう言うや否、リリーは自身の鞄を漁り始めた。一体何を探しているのか、鞄の中がいっぱいみたいで「あれでもない、これでもない」とブツブツと呟きながら引っ掻き回している。

それから数秒も経たない内に「あったわ!」と、リリーが取り出したのはボロボロの羊皮紙。どうしてそんなものをと思ったけれど、まさかそれって…。

「まさかって顔してるわね。そのまさかよ!」
「どうしてリリーが持っているの…?」
「この前没収したのよ。こんなにボロボロなもの、大事そうに扱っているんですもの。怪しくないわけないわ」
「……仰る通りです…」

忍びの地図をピラピラと広げながら「色々試したけれど、何も出てこないのよ。なまえ何か知っているわよね?」と良い笑顔で問い詰められる。知っているけれど、それはまだ試作段階の途中だから何とも言えない。

リリーに上手く誤魔化して忍びの地図を手に入れたとしても、それに頼ってリーマスを見つけたくはない。そんなのフェアではないし、私自身でリーマスを見つけたい。


「ジェームズなら知っているから、そっちに聞いて」
「あら? 私はポッターに『なまえが知っているからなまえに聞いてくれるかい?』って言われたのだけど?」
「え?」
「『なまえが必要としているかもしれないから』ですって。これ、必要?」
「要らないよ」
「まあ、こんなボロ羊皮紙要らないわよね。そう言うポッターがやっぱり知ってそうだから、これから締め上げてくるわ」
「程々にしてあげてね」
「それはポッターの返答次第だわ」

「どう締め上げてくれようかしら?」なんて笑顔で言うリリーは、やっぱり怒らせるべきではないなと思った。

急いでいるからと別れを告げようとした時、リリーは思い出したかのように「そう言えば、さっき友達が走って行くルーピンを見たって言っていたわね」とポロッと零した。行き先を聞き、全力疾走をする。後ろでリリーの怒鳴り声が聞こえたけれど、今だけは見逃して欲しい。

最後に「頑張れなまえ!」と応援してくれた。リリーの掛け声を背に、階段を目指して走った。

思い返してみれば、何故分からなかったのかと思う。冷静に考えてみれば分かるようなことだったはずなのに、彼方此方走り回って私は馬鹿だ。

私はまだそれほど、リーマスのことを理解し切れていない。でも、それでいい。これから知っていけばいい。良いところも悪いところも、全部知っていけばいい。階段を駆け上がった先に、答えが待っている。


一気に駆け上がり、乱れた呼吸を整えぬまま、バタンと大きな音を立てながら扉を開いた。優しく扉を開けている暇なんてない。立ち止まってはいけない気がした。

ほんの少し薄暗い空にはもう星が瞬いていた。息を吐くと温度差で空気が白く浮かび上がり、走り回って火照った身体に冷たい空気が肺に突き刺さる。肺の奥まで空気を送り込むと、少しだけ咳き込んだ。足が限界なのか、歩くことすらままならない。それでも、前に進む。

音に吃驚したのか、リーマスは目を丸くしていた。悪いことしちゃったかなとほんの少し申し訳なく思う。

「リーマス」と名前を呼びたいけれど、未だ冷たい空気が肺に突き刺さる感じがして、声をかけることが出来ない。代わりに「やあ」と言うように片手を上げてみる。リーマスも先程の行動が嘘のように、片手を上げて「やあ」と返してくれた。

リーマスの元へたどり着き、突っ立ったままのリーマスの隣に寝転がる。もう限界だった。途端にリーマスは「大丈夫?」 と心配してくれる。それに「大丈夫」と返せば、リーマスも隣に寝転び始めた。


「リーマス、寒くないの? 天文学の授業まで時間あるよ?」
「…星空が見たくなったんだ」
「そっか、今ちょうどいい感じの空だもんね」
「うん。思わず、此処に来ちゃったんだ…」

空は段々と黒くなり、夕焼けを飲み込んでいく。所々に散りばめられた星達がよく見える時間が訪れる。彼等は最初からそこに存在しているけれど、太陽の明るさの元では見ることが出来ない。

そんな星の魅力を教えてくれたのがリーマスだ。私にとってのリーマスは、星の魅力そのものだ。見えているはずなのに、私が見ていたのはジェームズばかりで、リーマスのことなんて少しも知らなかった。周りも見るようになって、そこで初めてリーマスが食事の時は私の隣の席に座るのだと気付いた。

思い返せば、いつもそうだった。ただ、私は見えていなかったのだ。こんなに近くにいたと言うのに。


乱れた息も大分整ってきた。汗が冷え始め、ブルッと身体が震え出す。おまけにくしゃみまで出る始末だ。

寝転がっていた体勢から座り直し、厨房でココアでも貰いに行かないかと提案しようと思ったら、ふわっとあたたかい空気が流れ込んできた。リーマスを見ると、彼は杖を持っていた。「寒くない?」と聞いてくるリーマスに対して、私は頷くことしか出来なかった。

本気で思っていたわけではなかったはずなのに、リーマスが保温魔法を習得したのだ。

「いつの間に?」
「なまえがいつも寒そうにしているからね。僕も寒いからついでにって覚えたんだ」
「そう、なんだ」
「これで風邪引くこともないだろうからね」

そう言って笑うリーマスは、やっぱり何処か悲しげだ。
「ジェームズにやってもらう方がよかったかな」なんて言いながら、顔を逸らした。逸らすくらいなら、言わなければいいのに。それにもう、ジェームズのことはいいのだ。
今はそうやって悲しい表情になるリーマスを見たくない。いつものように、ただ笑っていて欲しい。そう言いたいのに、私の口は動かない。先程までの勇気は何処へ行った。


「なまえ。僕は卑怯者なんだ。心が弱っている君に近付いて、けれど君が近付いて来た途端に怖くなって逃げ出すんだ。いつかきっと、離れていくことが分かっているから。僕は、」

「臆病者なのは私も同じだよ、リーマス」

逸らされた視線が私に向けられる。
リーマスは、静かに涙を流していた。





自信がある人もない人も
好きな人に対して、何処か臆病になってしまうんだよ



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