君はきっとこの先も、私を覚えていてくれる。
私が約束を取り付けなくても、君は一度覚えたことは忘れない。そうやって君を縛り付ける私を、どうか許さないで。それを私に忘れさせないで。
とても歪で曖昧で、あれが確かな感情だったか今はもう分からない。あの日々は、私が過ごした一年半は、宝石のように光り輝いていた。眩しくて目を背けたくなるような毎日に、君は当然のように連れ出してくれた。
あたたかくて心地が良くて、差し出された手を強く握った。離れないように、離さないように、離されないように、強く、とても強く握った。私が壊れない程度に君からも強く握り返してくれた。たまらなく嬉しくて、君に気付かれないようにこっそりと泣いた。
ただ、陽だまりの中で君と笑っていたかった。
強く願う。
君の欠片を拾っては抱き締め、ひたすら願った。
ふよふよと、優しくてあたたかいものに包まれている感覚がした。良い夢を見ているようで居心地が良い。もうすぐ起きなくちゃいけないと思いつつも、微睡んでいる瞬間が心地良くてなかなか抜け出せそうにない。あともう少し、あとちょっとだけ。
「……、…」
頭上で何か音がした。何かが私の睡眠の邪魔する。今いいところなのだから放っておいて欲しい。良い夢を見ていたような気がするのに、思い出せない。もう一度夢の世界へ、と思いたいのに相変わらず五月蝿い。
安眠妨害は許せない。何が五月蝿いのか確認したらもう一度寝よう。仕方ないなとゆっくり目を開いた。
「あっ、起きたネー」
誰かに声をかけられた。寝起きのせいで視界が安定しない。ぼやける視界をクリアにしようと目を擦り、瞬きを数回繰り返して………えと、何、これ…。
寝起きのぼやーっとした思考が一気に覚醒した。人、なんだよね。もしくは人型の、ロボットか何か。喋ったのってこの人なのか。いまいち確証が持てない。
じっと見つめていたら「おはヨー」と、のんきな声が聞こえた。その人型から。縫い付けられた口がもごもごと動いている。今ってハロウィーンだったかな。
恐る恐る「おはよう」と挨拶を返すと、その人は語尾に音符が付きそうなくらい嬉しそうに「おはヨー、知らナイ誰かサん」
知らない人なのに、普通に声かけるんだ。私なら声もかけずに素通りしちゃうのにな。意外と度胸あるね、この人型。
状況整理をしよう。
辺りをキョロキョロと見回すけれど、全然知らない場所。私の部屋ではない。辺り一面木々が生い茂っていて、薄暗くて少し寒い。
ちょっと待って、私どうして外で寝るなんてこと。
「………あの、此処、何処ですか…?」
「うん? んとネー、此処は沼ヶ森ダヨー」
「え…? 沼? 森?」
「んー、違うヨ。沼ヶ森っていうんダー」
私の思考は全く追い付けない。
考え出すとサーッと頭が真っ青になる勢いだけど、のほほんとした空気に当てられているせいか、それほど慌てることなく落ち着いている自分がいることに気付いた。
何処か、私の知らない田舎にでも来てしまったのだろうか。それも、私が寝ている間に。誰かに拉致された記憶もない。自分の部屋で寝て、起きたら目の前のよく分からない人におはようと声をかけられる。
そうだ。寝ている時に何か、誰か、音なのか声なのか、曖昧なものを聞いた気がする。呼ばれている気がして、振り向いて、それで……。
「どうしたノ? 何処か痛イ?」
「え? いえ、痛くはないですけど…」
「でも涙、泣いてるヨ?」
いつの間にか、視界が歪んでいた。
「え……? あ、本当だ、どうして私…」
涙が止まらない。
悲しいわけでも何処か痛いわけでもない。何処も痛くなんてないのに。これは、あの感情によく似ている。けれど、それに至る経緯が全く見つからない。私はこの人と初対面だ。
それなのに、とても懐かしくて愛おしい。こうして巡り会えたことが嬉しくてたまらなくて、涙が止まらない。
私は此処からいなくならなければならない。
分かっている。
分かっているのに、会わずにはいられなかった。会いたくて会いたくて仕方がなかった。
目の前の彼はとても困った様子で、きっと頭の上にはクエスチョンマークが浮かんでいることだろう。
ごめんね、分からないよね。
でも、お願い。
今だけは、こんな形でもいいから、あなたに会えた喜びを噛みしめさせてほしい。
「……………ただいま、クロウ……ッ」
自然と出た言葉に私は動揺するでもなく、すんなりと受け入れていた。
脆く崩れるにはじゅうぶんで
その存在を確かめるように、クロウを抱き締めた