連日続く宿題のせいで今日も寝不足だ。あくびを噛み殺すはずが、思ったよりも大きくなって急いで口元を隠す。誰にも見られてないよね?
「やあレティ、おはよう」
「リーマス! お、おはよ。今の、見た?」
「ん? なんのこと?」
「いやあ、なんでもないよ」
「レティの大あくびならばっちり見たから安心して」
「見たならとぼけないでよー!」
恥ずかしい。
見られていたなんて…。
ははは、なんて爽やかな笑顔で笑うリーマスはちょっといじわるだ。監督生になってからはしっかりした印象だったのに、周りに誰もいないとこうなる。きっちりかっちり監督生のリーマスも好きだけど、年相応のリーマスの方が好きだったりする。もちろん、友達として。
「寝不足かい?」
「そうなの。毎日鬼みたいな宿題出るから処理するのが大変でね」
「一人でやっているのかい?」
「そうだよー。頼みの綱のリリーは『まずは自分でやりなさい。分からなかったら一緒にやりましょう』って言うから頼るのも限度があって…」
「なかなか手厳しい監督生さんだ」
「そうじゃなきゃリリーじゃない気がするからいんだけどね」
最初から手を差し伸べる気はないけど、ほんとの本当にだめな時は助けてくれるリリーは素敵だ。甘やかさないでくれるその姿勢が私には有り難かった。飴と鞭の使い方がリリーは上手いのだ。どっかの誰かさんと違ってね。
「そうだリーマス。リリーを知らない? 一緒に朝ご飯食べられたらって思ったんだけど…」
「朝のミーティングで一緒だったけど、すぐに大広間に向かったと思うよ」
「そっか。うーん、残念」
「レティがよかったら僕と一緒に食べる?」
へらりと監督生スマイルではないリーマスを見るのは久し振りだ。そうだよねえ。リーマスもまだだし、せっかくなら一緒に食べようかなあ。
「うん、私でよければぜひ!」
「そっか、よかった」
朝ご飯を誰かと一緒に食べるのは大事だよね。一人だと味気ないし、手早くパパッと済ませちゃえって思っちゃうし、何なら食べなかったりもあるし…。一人が悪いとかそういうんじゃないけど、誰かと食べるとあったかくなるからいいよね。
今日は何を食べようかなあ。糖蜜パイは昨日食べたから、今日はシェパードパイにしよう。朝からがっつり食べすぎかな。
「リーマスは今日何食べる?」
「僕はいつもと変わらないかな」
「リーマスってあまりお肉食べないよね。食べたとしても朝食に出てくるベーコンくらいだし…」
「朝は何かとバタつくし、決まったものを食べる方が効率いいからね」
リーマスはあまり食に興味はないのか、食べられればそれでいいタイプらしい。甘いお菓子は別として。今だってご飯前なのにカエルチョコ食べちゃってるし。あ、おまけのカードがゴドリック・グリフィンドールだ。いいなあ。私はまだ持ってないんだよね。次こそ当たるかな。
「レティもカード集めてたりする?」
じっと見つめすぎたのか、リーマスが「被っちゃったから、よかったらあげるよ」と、グリフィンドールのカードをくれた。そんな欲しそうな顔してたかな。なんだか申し訳ない。気恥ずかしくてリーマスの顔を見れない。きっとおかしそうに笑ってるだろう。
視線が逸れたところでリーマスを横目で見る。よほどおかしかったのか、やっぱり口元が笑ってるような気がする。悔しいのでちょっとした仕返しをすることにした。横並びで歩くリーマスの肩を指でつんつんする。「なんだい?」と私の方を向こうとして、ぷにっとした柔らかい感触が人差し指についた。びっくりしたのか、リーマスの足がとまる。私の足も自然ととまって、だけど人差し指は依然リーマスのほっぺにある。ぽかんとした表情は初めて見た。あどけなさが残る少年のようで、こちらとしてはしてやったりだ。
「ふふ、引っかかったね」
思ったよりも悪戯が成功したのが嬉しくて、さっきの悔しさが吹き飛んでった。ジェームズ達の気持ちがちょっとだけ理解できた瞬間だ。まあ、悪戯はほどほどにね。今日は特別に甘ーいミルクティーを飲もう。
「レティに悪戯されるなんて、僕もまだまだだね」
やれやれと肩をすぼめる仕草をするリーマスは、私のことを小馬鹿にしすぎだと思う。私だってやる時はやるのだ。この前のシリウスにだってお灸を据えてやったのだから。
「リーマス、油断大敵だよー」
「そうだね。今日一日はよーく目を光らせておこうかな」
「何があるか分からないから、ね?」と、意味ありげににっこり笑顔でそう言うリーマスさんはちょっと怖かった。きっとものすごく悔しかったんだ。今更ちょっと怖い。悪戯する相手はちゃんと選ばないとだね。一つ学んだよ。
大広間に向かう途中、おそらく一年生だろうグリフィンドールの生徒が道に迷っていたので、監督生であるリーマスが付き添うことになった。私も一緒にと思ったけど、先に行って朝食を取っておいてくれないかと頼まれた。時間になるとご飯消えちゃうもんねえ…。さすがに朝食抜きは体に良くないので、二つ返事で引き受けることにした。
リーマスがいつも食べているメニューは何だっけかなあと考え事をしていると、空き教室の扉が突然開き、ぐいっと腕を引っ張られた。なになに、なんなの?!
腕は引っ張られたまま教室の隅に追いやられ、雑に解放されたせいで尻餅をついた。一体何なのよ。どこのどなた?なんて軽い気持ちで顔を上げれば、あらら嫌だわ。あなた達みーんなクズの元カノじゃないですかー。ざっと見て十人くらいいるわね。あ、違う。盛ったわ、六人。それでも多くない?
「私に何か御用ですか?」
「御用も何も、心当たりあるわよね」
「まったくないです」
「しらばっくれる気?」
「あなた達がク…シリウスの元彼女さん達ということしか私には分かりません」
「それが分かってるのならじゅうぶんよ!」
いや、話見えないから。
説明求む。
「あなた、陰でシリウスと付き合ってんでしょ?」
……………はい?
「シリウスは顔も良いし家柄も良いからみんな狙ってるのよ。それなのに、あなたは付き合っていることを公表しない」
「だから浮気されるのよ!」
「でもシリウスの本命はあなただから、私達は好きになってもらえなかった!」
えーっと…はいはい。そういうことね。っとに、あのばか。ちゃんと後処理くらいしてほしいわ。今度怪我したら傷口にぐりぐり塗りたくってやる。
「ク、シリウスとは付き合っていません」
「嘘よ! あなた一番仲良いじゃない!」
「一番ではありません。私とク、シリウスはただの友達です」
「信じられないわ!」
「では、どうすれば信じていただけますか?」
「っ…!」
考えてこなかったんかーい!
あぶない。心の声が漏れるところだった。朝食もそうだけど、授業の時間も差し迫っているんだから時間は有効に使おうね。
「こ、今後、シリウスに近づかないと誓いなさい」
「そうね、それがいいわ」
「彼女じゃないなんて信じられないもの」
本当にそれでいいのね、あなた達。他にも身の潔白を証明する方法はあるけど、そこまでしてやるほどの間柄でもないし、いいか。ここで私がイエスと言って彼女達が納得するのかは別だ。私が近づかなくても向こうから来た場合は違いを破ったことにならないわけだし、ね。
それでも、だ。
彼女達の思うままは、癪に障る。
「やなこった」
「…なんですって?」
「寄って集って恥ずかしくないの?」
「よくもまあそんな口が利けたものだわ!」
「褒められると照れちゃうね」
「褒めてないわよ!」
気づかれないように、そっとローブに手を伸ばす。ここにいる誰もが呪いを放ってしまいそうで、内心ヒヤヒヤしている。だって皆さん顔がこわいこわい。クズ以外にだって見せられたものじゃないよ。男もそうだけどさ、女の嫉妬ほど怖いものはないと思う。
まるで初めから計画していたみたいに、六人全員が杖を取り出す。ホグワーツ内で姿現しや姿くらましは使えない。なら、私が唱える呪文はこれだ。
「強き光よ!」
忍ばせていた杖先を彼女達に向ける。眩いほどの光を至近距離で受けた彼女達は目元を手で覆って蹲り、甲高い悲鳴を上げる。しばらくすれば目も見えるようになるし、失明する心配もない―マダム・ポンフリーのところに行くのであればの話だけど―し、大丈夫でしょう。
後で仕返しされる確率がぐんと上がったのは嫌だけど、誰かに呪いをかけるなんてもっと嫌だ。こんなご時世だ。学校でくらい平和に生きたいと思うのはわがままだろうか。
さて、と。
早々にお暇しましょうか。
はたから見れば阿鼻叫喚な教室をそろりそろりと退出する。結構ロスタイムをくらったので、朝食が残っているかあやしい。なくなってたらどうしよう。ここにきて最終奥義使っちゃう?
「待ちなさい!」
背後から聞こえた声は、彼女達の誰かだ。完全に油断していて、急いで振り向くも、杖先だけがまっすぐ私に向いていた。杖を向けている相手はまだ完全には見えないのか、視点が定まっていない。だとしても、杖を向けていればじゅうぶんだ。
「裂けよ!!」
嘘でしょ。そこは失神呪文くらいにしとこうよ。体が裂けたらこの前のクズの二の舞いなんだけど。元彼女さん達はこの呪文好きなのかな。痛いだろうなあ、やだなあ。
どこが切り裂けるのかわからなかったため、少しでも痛くないように目をぎゅっとつぶる。終わったらマダム・ポンフリーのところにダッシュだ。リーマスの朝食取っておけなくて申し訳ないなあ。さらば、私のシェパードパイ。ようこそ、鬼の医務室へ。今日一日は絶対安静を言い渡される。さいあくだ。
「終われ!」
聞き慣れた声がした。
ハッと息を呑む音がして、まだ目も開けていないのに腕を掴まれて走る。歩くと思ってびっくりした拍子に開けた視界に広がるのは、いつもの色だった。今だけは、見たくもない色。
ある程度進んだところで速度が落ち、それでも掴まれた腕は離してくれない。いい加減どうしたもんかと思考を巡らせていると、急に立ち止まって一言。「悪かった」
「それは何に対して謝ってんの?」
「俺のせいでレティに、」
「違うよね。彼女達にしっかり謝るべきなんじゃないの?」
その気を持たせておいて、結局そうじゃなくて、傷ついたのは彼女達だ。シリウスがアフターフォローすべきところを何もしなかったからこうなった。そもそも、その気もないのに声なんてかけるからだ。彼女達が言い寄ってきた部分があることは知ってる。お互い遊びの延長線だったことも見ていれば分かった。それでも、終わらせるのであれば、それなりのけじめをつけなければいけなかったんじゃないかと、今になって思う。あの日のように、刺されてからでは遅いのだ。
ただ、見ていただけの私が言えたものではないと、心底分かってる。
「もうこんなこと、二度とごめんだからね」
「本当に悪かった」
「カエルチョコ2ダースね」
「どんだけ食うんだよ」
「私だけじゃないから! リーマスの分もだから!」
「なんでそこでリーマスが出てくんだよ」
「それは、」
「僕が朝食を食いっぱぐれたからだよ。万年振られ男のシリウス・ブラックくん?」
この後のことは、あまり記憶にない。