君とただ、朝を迎えてみたいだけ

 眠れない。
 いつもだったら日付が回る前に夢の世界へと旅立っているはずなのに、どうしたもんか。時刻は零時を十分ほど過ぎている。

 あくびは出るけど睡魔はなかなかやってこない。睡眠学習―と言う名の魔法史の授業―も寝ずに耐えた。脳が疲れるくらい山盛りの宿題も片付けた。部屋も暗くして、マグル好きの友達からもらったいい感じに眠気を誘うラベンダーの香りがするキャンドルも焚いた。少しでも眠りを誘えればと、小難しい本も読んでいる最中だ。それだのに、未だに睡魔は駆けつけてくれない。トロールが睡魔を運んでいるのかな。今のはもちろん言葉の比喩だから気にしないでほしい。

 原因は、分かってる。
 考えないようにすればするほど、意識はそちらに向いてしまう。問題を根本から解決しないとだめなのは分かってる。逃げてばかりいてはどうにもできないのだと、今読んでいる本にだって書いてあった。けれど…。

「…あったかいのでも飲もうかな」

 今日はだいぶ寒い。ホグワーツは普通の家のように、廊下などに窓ガラスがあるわけじゃないからとてつもなく寒い。もこもこ着込まないとすぐに風邪を引いてしまう。さすがに部屋に窓ガラスはついてるけど、作りが石材だからもはや冷たい。談話室などは暖炉があるからあったかいのに部屋には何もない。だからこそ、この時期はよく一年生が医務室にお世話になることが多いのだ。ホグワーツ全体をあったかくすることってできないのかな。

 石の冷たさを思い出したらぶるりと体が震えた。早々に体を温めないと一年生じゃなくて私が風邪を引きそうだ。

 パジャマのままだといろんな意味でよろしくない。靴下を二枚履き、セーターを着てグリフィンドールカラーのローブを羽織りそのまた上にもこもこのコートを羽織り、厚手のマフラーをこれでもかとぐるぐる巻きにする。頭も寒いのでニットを被る。完璧だ。姿見で全身見るとどこの服だるまだと、出会った人全員逃げていきそうだけど、風邪を引くよりマシだ。

 杖を手にし、最小限の明かりを灯してそろそろと部屋を出た。ルームメイトは夢の世界へと旅立っているので朝まで起きないだろう。そのままぐっすり眠っていてね。途中で起きたらもう一回寝かせてあげるからね。


 夜のホグワーツはとても静かで少し怖い。壁に飾られている絵画達も夜は眠るし、ゴースト達も自分の居場所で大人しくしている。今最も恐れなくてはならないのは、見回りをしている先生達に見つかることだ。それだけはあってはならない。グリフィンドールの監督生二人から、なんて言われるか分かったもんじゃない。考えただけで恐ろしいのでやめておこう。

 抜き足差し足忍び足。曲がり角付近では明かりを消し、耳を澄ませて足音がしないかの確認をしてから再び微弱な光よルーモスを唱える。慎重に慎重を重ねてたどり着いた先にあるのは、梨の絵画だ。こんな夜更けに、危険を冒してまで絵画を見にきたわけではない。ここはハッフルパフの寮が近いから手早く済ませなければならない。

 誰かを笑わせるように、梨の絵画をくすぐる。何を言っているのか分からないだろうが、こうしなければならないのだ。そうすると、何かが開いた音が聞こえて、梨の絵画はまるで扉になったかのように動き出す。絵画の奥にはぽっかりと穴が空いていて、奥に進むととてつもなく広い厨房が広がっている。気配を察したのか、屋敷しもべ妖精ハウスエルフが出迎えてくれた。

「コレット・アスター様! こんなお時間にどうされたのですか?」

 こんな状態なのに、よく私だって分かったね。人を見分ける才能でもあるのかな。できれば分けてほしい。きっと将来役に立つから。

「起こしてごめんね。ホットココアが飲みたくなっちゃってさ。厨房借りてもいいかな?」
「そんなっ、とんでもございません! わたくしめにお任せを!」

 有無を言わさず屋敷しもべ妖精ハウスエルフがパチンと指を鳴らすと、できたてのホットココアが出てきた。なんと、ふあっふあのマシュマロ入りだ。ありがたやありがたや。

「いつもありがとね」
わたくしにはもったいないお言葉でございます! コレット様のお役に立てて光栄です!」

 やっぱりお礼の言葉は言わない方がよかったらしい。大粒の涙を流しおいおい泣いている屋敷しもべ妖精ハウスエルフって、どうしたら泣きやんでくれるかな。泣かせてしまった罪悪感が半端ない。


「こんなところで何やっているのかな? レティ?」

 聞こえてはいけない声が聞こえた気がする。いやいやー、そんなはずはない。ないない、絶対ない。ここにたどり着くまで、再三注意したはずだ。前後左右抜かりなく、足音だって最小限だったはずなのだ。空耳だよねそうだよね私ってば眠れてないから疲れてんだねー。

「よし、帰って寝よ寝よ」
「僕のことをなかったことにしようだなんて、冷たいなあ」
「空耳じゃない…っ!」

 持っているホットココアをこぼさないように振り返ると、意地悪な笑みを浮かべたルーピン監督生様がいらっしゃいました。側にいた屋敷しもべ妖精ハウスエルフは甲斐甲斐しくお世話しようとしている。そちらの方は何でも卒なくこなすから、放っておいてもいいと思う。

「こんばんは、リーマス」
「やあ、こんばんはレティ」
「リーマスもホットココア飲む?」
「今晩は冷えるからね。もらっておこうかな」

 あらやだ珍しい。断られるかと思ったのにあっさり共犯になってくれた。屋敷しもべ妖精ハウスエルフは嬉々ともう一つマシュマロ入りのホットココアを出してくれた。私じゃこんなに美味しいココアは淹れられないから様々である。

 屋敷しもべ妖精ハウスエルフとリーマスは一言二言交わして「何かあればすぐにでもお呼びくださいませ」と指を鳴らして去っていった。何話してたんだろ。


「ねえレティ。ちょっと着込みすぎじゃないかい?」

 服だるまのままホットココアを飲んでいると、リーマスは堪えきれなくなったのか、肩を震わせている。確かに鏡で見た時やばいなとは思ったけど、そんなに笑うことないじゃない?

「リーマス、冬のホグワーツを舐めたらだめだよ? それもこーんな夜更けは特にね。すぐ医務室行きになっちゃうんだから」
「そういえば、レティは毎年風邪引いてたよね」
「うぐっ…そうなのよ…。夏の暑さは平気なんだけど、冬の寒さにはどうしても勝てないの。リーマスはいつもどうしてるの?」
「僕は…そうだなあ……これといった対策はしていないけど、強いて言うならチョコレートかな」
「……へ?」
「レティは知らないだろうけど、甘味は素晴らしいものだよ。チョコレートはただ甘いだけじゃない、体にとってもいいものが含まれているんだ。今飲んでるホットココアもそうだよ」
「ほ、ほんとにそうなの?」
「僕は下手に嘘はつかないよ。あたたかい飲み物だからもあるけど、体の芯からぽかぽかしているだろう?」

 言われてみれば、もこもこと着込んでいるので正直暑いくらいだ。このままでは汗をかいて冷えたら風邪を引いてしまう。マグカップをリーマスに手渡し、慌ててマフラーやコート類を脱いでいく。パジャマだけになってようやく温度調整がうまくいくようになった。

 あぶないあぶない。今年も風邪引くところだった。毎年恒例行事のようになっているから医務室にひょっこり顔を出せば、マダム・ポンフリーは呆れた表情で一言「また今年もあなたですか?」と言うのだ。風邪引いててメンタルちょっとやられてるのにひどくない? でもぷんすこ怒りながらも、時期的に在庫が厳しい元気爆発薬を私のために一つ取っておいてくれてると知った時は嬉しかった。同時になぜかは分からないが、くやしい気持ちにもなった。

 そういえば、リーマスったら私が毎年風邪引いてるってよく覚えてたなあ。一年の頃からそんなに仲良しだったかな。


 しばらくパジャマ姿でいたせいか、肌寒く感じてきた。脱いだコートだけ着て、リーマスに持ってもらっていたホットココアを飲み干した。

「そうだ、レティ。どうして君はこの場所のことを知っているんだい?」
「そういうリーマスはどうして知ってるの?」
「おや、質問を質問で返すとはね」
「ああ、ごめんね。純粋に気になっちゃって」

 こんなところ、何か理由がなければ私達グリフィンドール生は来ないから。大方ジェームズとシリウス辺りが発見して、リーマスも知ったってところかなあ。当たってるかしら。その前に、リーマスは答えてくれるかな。

「…泣いている子がいたんだ」
「え?」
「普段はとても明るい子がね、ある日泣いてたから、気になっちゃってね」

 まるで遠い昔の出来事のように、私から顔を逸らして誰かを慈しむその瞳は、私の知っているリーマスじゃなかった。友達なのに、友達だけど知らない顔があった。こんなに仲が良くても、お互い深いところまで知っているわけではない。私と他の人との違いは、ただ多く会話をしているだけだ。みんながみんな、心の深いところまで話せるわけじゃない。私だってそうだ。だのに、私の心はいつだってずるいのだ。

「その子、どうしたの?」
「心配になって声をかけてみたんだ。そしたら、なんて言ったと思う?」
「んー、友達と喧嘩した、とか?」
「大体正解かな」
「ねえ、大体ってなによ。半分くらいしか合ってないってこと?」
「誰かと喧嘩してっていうのは合ってるよ」
「それなら親とか?」
「遠ざかったね」
「えー、違うのー? それじゃあ、おじいちゃんとかおばあちゃん?」
「親が遠いならそっちはもっと違うよ」

 けらけら笑うリーマスはいつものリーマスだった。監督生の肩書きはそのへんに置いて、リラックスしている。監督生の仕事って大変そうだもんね。リリーも真面目だから下級生の面倒を見てる姿をよく見かける。今だけは、肩の荷をおろしてゆっくり深呼吸をしてほしい。そうなんだと、思いたい。


「ねえレティ、どうして君はここを知っているの?」
「…一年生のちょうど今ぐらいの時期かな。ホームシックになっちゃって、どうしても眠れないからこっそり寮を抜け出して深夜徘徊してたの。そしたら道に迷っちゃって、歩き疲れて床に座り込もうとして壁に手をついたらここだったってわけ」
「レティって結構運良いよね」
「そうかなあ。最近ヤなことあった、し…」

 口が滑って言いたくないこと口走ったああああ!! リーマス頼むからスルーしてくれ!!

「なんだか君から嫌なことって聞くのは新鮮だよね」
「そう、かな?」
「あんまりないよ。愚痴らないからってのもあるだろうけど、レティは弱い部分を上手に隠すから」

 むずむずと、心が落ち着かない。
「だからかな。たまに心配になるよ」と、リーマスはそう言うとホットココアを一口飲んだ。

 さらりと言ってのけた言葉に、思わず動揺してしまう。そんなんじゃない。私はただ、どす黒いものをみんなに見せたくないだけなのだ。リーマスが思っているような人じゃない。どうしようもなく面倒くさくて、関わらなければよかったって思われたくないだけなんだ。


「リーマスったら、私のこと過大評価しすぎだよー。そんなんじゃないってばー」
「レティ、嫌だったら嫌だって言っていい。僕は君のことが心配なんだ」
「……どうして、そんなに私のことを気にかけてくれるの?」
「君は大事な友達だからだよ」

 なんの迷いもなく、嘘をつくこともなく、リーマスはそう言った。リーマスにとって友達とはそういうもので、リーマスの中で大事なものを意味してるんだろう。それ以上でもなく、それ以下でもなく。ただ、大事なもののスペースに“友達”が収まっている。

 リーマスと私は本当にただの友達なんだと気づいた時、なぜだか無性にさびしくなった。


「へへっ、大事な友達認定いただきましたー! ありがとう、リーマス」
「その大事な友達ついでに言わなければならないことを言ってもいいかい?」
「ええ、もちろん。どうぞどうぞ!」
「夜中にベッドから抜け出すのは規則違反だよ。監督生として、見過ごすわけにはいかないね?」
「お願いリーマス見逃して!! リリーに知られたら私…無事じゃすまないよ?!」
「まあ、そうだろうね?」
「後生ですからー!!」



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