エンドロールに会いたい

 いつから、なんて覚えていない。
 気がついたらよく視界に入るようになったし、なんなら目で追うようにもなったし、どうしてなんて私にもわからない。

 グリフィンドールの有名人でスリザリン生を相手に悪戯ばかりしているからなのか、彼の周りにはいつもたくさんの人がいた。嫌っている人なんてほとんどいなくて、寧ろもっとやってしまえと背中を押す声が大半だった。やられた側も笑えるような悪戯ならいいけれど、彼の言う悪戯は少々度が過ぎている時がある。

 咎めてもいまいち効果はない。反発するようにもっとひどくなる。その姿がまるで小さな子供のように映って、手がとまる。触れてはいけないもののようで、聞いてはいけないものなんだと思ってしまった。

 その頃から私は、深く関わることをやめてしまった。ちょうどいい距離を見つけて、そこに居座った。動かなくていいのは楽だから。けれどやっぱり私はずるいから、自分で決めたことさえ自分で破ってしまう。

 いつからだろうか。
 目が、たまに合うようになったのは。


「ねえリリー、指が疲れたよー。少し休憩しない?」
「だめよ。今日中に終わらせましょう」
「ええー、やだよー。ほんのちょっとでいいからお茶タイムとろうよー」
「…だめよ。さっきトイレに行くって逃亡したでしょう? 逃げたら許さないわ」
「さ、さっきのはついでに部屋まで戻って新しい羊皮紙持ってこなきゃなーって思ったんだよ。ほんとだよ?」
「……あと1メートル分なんだから、終わったらお茶しましょ」

 リリーさんったらもうっ!!
 なかなか手強い。せっかくのお休みがレポートのみで終わってしまうのは嫌だ。どうせなら小休憩でお茶したい。一息ついてからやった方が効率いいと思うのに。私のやる気が。

 目の前のリリーは資料片手にスラスラと書き進んでいる。きれいな字だなあ。自分の字と見比べると恥ずかしくなってくる。きれいに書く練習でも今度しようかな。

 ぼけーっとしていると、私の手がとまったのを察知したのかリリーに鬼の形相で睨まれた。怖いので泣く泣くレポートを仕上げよう。


「よっ! 何やってんだ?」
「ブラック? あなた何しに来たの?」
「シリウスが図書室に来るってことは明日は吹雪だね!」
「おいそこ決めつけてんじゃねえよ! 俺がここ来ちゃいけねえのかよ」
「そういうわけじゃないけど、珍しいから?」
「まさか、悪戯の参考書でも探しに来たのかしら?」
「だーかーらー、違うっつの! 闇の魔術に対する防衛術DADAのレポート資料探しに来たんだよ」
「リリー、明日は吹雪じゃなくてピクシー妖精の大群が押し寄せてくるんじゃない?」
「そうかもしれないわ…」
「お前ら…俺の話を聞けっ!!」

「お静かにっ!」

 ぴしゃんと静かなる雷が落ちた。言うまでもなく、マダム・ピンズである。怒鳴り声でもないのに恐ろしく感じた。彼女にとって図書室は神聖なる場所。本棚で姿が隠れているというのに圧を感じる、圧を。

 リリーと目配せをして、仕方ないわねと言うように資料片手に立ち上がる。やった、ティータイムだ! おっと、浮かれてはならない。あくまで仕方ないように、だ。シリウスが大声を上げるから居づらくなってしまったからね!

 シリウスは何がなんだか分かっていないようで、どこに行くんだとジャスチャーしている。成績はいいのにこういうことには気づかない奴っているよね…。これ以上マダム・ピンズに目をつけられたら今後一切図書室を利用できなくなる。レポートを作成するにあたって、死活問題になる。だから談話室か大広間に行くよとジェスチャーする。はあん?と、何で移動しなきゃなんないんだよとクエスチョンマークを浮かべている。リリーさん、もうやっちゃっていいよ。


「出禁になったら困るから、場所変えるの」

 囁くようにシリウスに伝える。
 リリーは何冊か本を借りていくようで、もう準備万端だ。私も急いで荷物をまとめ、シリウスにじゃあねと挨拶する。何か言いたげだったけど、これ以上目をつけられたらたまったものじゃない。さっきのことでマダムにじろりと熱い視線をちょうだいしたけど、無事に本は借りられた。図書室を出て、ほっと胸を撫で下ろす。


「…危なかったわね」
「ほんとそう…あー怖かったー」
「あら、もうお昼近いじゃない。一旦ご飯を食べてから再開しましょう」
「やっぱり! どおりでお腹が鳴りそうになったわけだ!」
「レティったらもう。大広間に行きましょう」

 リリーとご飯食べるの久々だー。最近はお互い忙しかったり、スラグホーン先生主催のスラグ・クラブでリリーがいなかったりしたので、一緒に食事をとる機会が少なかったのだ。何食べようかなあ。この後もレポート仕上げなきゃならないから、食べ過ぎに注意しないとだね。リリーがいるのに眠ったら最後だ。


「おーい!」
「ん?」

 リリーとのお昼ご飯にうきうきしながら歩いていると、後ろからいやーな声が聞こえる。リリーも現に眉間にしわを寄せている。

「リリー、こんにちは!」
「…ごきげんよう、ポッター」
「そんな可憐な言い回しっ…なんて素敵なんだリリー!」

 リリー狂信者のジェームズだ。
 頼むから他所に行ってくれ。私とリリーの邪魔をしないでほしい。せっかくご機嫌だったのにジェームズのせいでめっちゃ下がっちゃったじゃん!

「今からご飯かい? 僕も一緒にいいかな?」
「私とレティはまだレポートがあるから難しいわね」
「それなら手伝うよ! 分からないところがあったら僕が教えてあげる!」

 あ、ジェームズ言ってはならないこと言ったね。リリーさん笑顔だけど目が笑ってないよー! 上から目線の言葉はリリーに言ってはならない。リリーも成績上位にいるけど、未だジェームズを抜かしたことはない。真面目に取り組んでいるのに、おちゃらけたジェームズに負け続けているリリーが黙ってるわけないんだ。

「ねえジェームズ! あのね、さっきシリウスが図書室でジェームズのこと探してたよ」
「シリウスが? 図書室で?」
「探しても見つからないから図書室にいるかなってさ」
「そうか、相棒が僕を……リリー、すまないが食事はまたの機会に! 愛してるよー!」

 シリウスが図書室にいること自体珍しいことだからか、リリーへのアプローチを急遽やめ、思惑通りジェームズは図書室へと走って行った。邪魔者は去ってくれたことだし、大広間に急がなきゃね!

「レティ…あなた……」
「え? なあに、どうしたの?」
「あのポッターが大人しく引き下がったわ! 本当にありがとう! おかげで手を出さずにすんだわ!」
「え、あ、うん。喜んでくれてなによりだよー」

 これでジェームズがぐいぐいきてたら廊下に転がったまま置いていくところだったのね。何とか未然に防げてよかった。いや、防がなくても別によかったのか…ジェームズだし。

「ご飯食べたら少しお茶しましょ」
「え、いいの…?」
「糖分取っておいたほうがいいものね」
「リリー…大好き愛してる!」
「ちょっと、ポッターみたいなのはやめて!」
「私はジェームズみたいに粘着質じゃないからいいでしょ」

 リリーはやっぱり飴と鞭の使い方が上手い。


 あー、最高だ。
 お昼ご飯をゆっくり食べて、リリーと一緒にティータイムだなんて本当に最高だ。このままゆったりして、流れるようにお部屋に戻ってお昼寝したいね。お部屋もいいけど、今日みたいにちょっとあったかい日は少し散歩してからもいいかも…。なにこれ最高の休日じゃん。もう何もやる気が起きなーい。

「レティ、そろそろ取りかかりましょうか」
「……何を…?」
「何って、レポートよ。今日中に終わらせないとでしょ?」
「…やだー! やりたくないよー!」
「小さい子みたいに駄々こねないの!」
「ぽかぽか陽気がおいでおいでしてるからお昼寝したいー!」
「…気持ちはよくわかるわ。でも、やらなきゃだめよ」
「リリー、たまには息抜きしないとだよ」
「今がそうよ」
「もうちょっとだけ、あとほんの少しだから…」
「だ・め・よ・!」

 真面目か!

 どうしたらリリーを説得できるかな。監督生である自分がレポートを完璧にしないといけないって、きっと思ってるんだろうなあ。私と違ってリリーはがんばり屋さんだからね。もうちょっと肩の力抜いてもバチは当たらないよって、声を大にして伝えたい。

 どうしたものかなと次の策を考えてたら、気になる視線を感じた。リリーがかわいいからって誰?と思っていたら、いつからそこにいたのか分からないけど、ちょっと離れたところにジェームズとシリウスがいた。二人は向かい合って座っていて、テーブルの上には羊皮紙がたくさん置かれている。あー、悪戯の仕掛けでも練っていたのかな。

 ジェームズは私と目が合うと、羊皮紙とリリーを交互に見て、内緒にしてほしいのか人差し指を口に当てている。なんかちょっと腹が立つからバラしてやろうか。ジェームズも一応顔は整っている方だから、黙って何もしなければモテるはずなのだ。スリザリン生に対して異常なほど悪戯を仕掛けているのと、リリー狂信者だからモテないんだろうね。

 シリウスはというと、内緒にしてほしいジェームズと違って良い案できたぜ!とでも言いたげな表情だ。悪戯自慢せんでいいわ! こちとら今は忙しいのよ!

 そんな私とジェームズの思いとは裏腹に、シリウスはなぜか席を立って近づいてきた。いやいや、来なくていいよ何しに来た?

「よう、レティ」
「なんの用?」
「なんだよ、つれないなあ。俺とレティの仲だろう?」
「ちょっとブラック、それは一体どういう意味なのかしら??」
「そのままの意味だ」
「レティと私はレポート作成で忙しいのよ」
「まだ終わってなかったのか。俺も混ぜてもらってもいいか?」
「嫌よ」
「さすが監督生。俺みたいな奴とは一緒にいたくないと」
「あなたがいることで気が散るのよ。特に、向こうにいるのが来たら困るから言ってるの」
「ジェームズはただエバンズが好きなだけだろ」
「それ以上何も言わないで」
「おっと、思っていたよりも恥ずかしがり屋なんだな」
「冗談は口だけにしてくれるかしら?」

 お互いにっこりしながら会話をしているはずなのに、背後でバチバチと激しい火花が散っている気がするのは私の気のせいではないと思う。幾度となく、笑顔のまま怒っているリリーやリーマスを見てきたのだ。この場合、どうすれば穏便に済ますことができるのだろう。未だに私は正解が分からない。

 それにしても、いつもならこんなに絡んでくることはないはずなのにいったいどうしたというのか。図書室に置いていったことを根に持っているのかな。もともと一緒にレポートをやっていたわけじゃあるまいし、そんなことで怒るわけないか。

 それなら、どうしてだろう。
 笑顔を貼り付けたまま冷え冷えとした会話を繰り広げている二人をじいっと観察する。リリーは毎度のことながら、シリウスの言葉に怖いくらいの笑顔で真っ向から向き合っている。すごいよねえ…私は思わず目を逸らしてしまうというのに、シリウスは臆することなく言葉巧みにひらりと躱している。さすがは万年振られ男なだけある。

 時折ジェームズに視線を寄越すと、頼む言わないでくれー!という焦った表情であたふたしてる。面白いからリリーに言ってもいいかな。


「これ以上私達に構わないでくれるかしら?」
「それは無理な話だ。俺とレティの仲を引き裂こうだなんて、エバンズもひどいことしようとするんだな」
「ちょっといったい何言ってんの?!」

 さらっと変なこと言わないでほしい。私とシリウスがいつ、親密になったと言うのだ。ああもう、おかげで周りで聞いていた生徒達がぎょっとした顔で私とシリウスを交互に見てるよ…。女子生徒に至っては、やっぱりねっていう顔で睨んでるし……ほんとにどうしてくれんのこの女たらしは。

「…リリー、ごめん。私、部屋に戻るね」
「レティ、この最低〇〇野郎のことなんて気にしなくていいのよ?」

 はい??
 リリーさん、今なんておっしゃいました??

 あまりにも自然に、さらっとリリーの口から暴言が飛び出てきた。本当にリリーがそんなこと言ったの?っていうくらいびっくりしたから、私の脳が聞いてはいけないものとして〇〇として処理したみたい。リリーの声量よりもピーっていう音のほうが大きく聞こえた。もちろん私の中でだけど。

 こんな状況だっていうのに、シリウスはうっすらと笑っている。正直に言って不気味だ。リリーは必死に私を引き留めようとしてくれている。とってもうれしいのだけど、話の内容がまったく入ってこない。なぜあんなにも笑っていられるのか不思議でならない。家のことでいろいろ遭ったせいか、性格が捻くれてしまったんだろう。ホグワーツの女性陣よ、マジでこの男はやめておけ。あと誤解を解きたいから私の話を聞いてくれる機会とかってありませんかね?


「そろそろ僕のリリーにちょっかいかけるのやめてほしいなあ、シリウス?」

 っとに、空気読めない頭は良いけどおバカなくりくり頭がきた。リリー、一緒に私の部屋でレポートやろ。



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