「ねぇねぇ、ノッブは男の子が好きなの?それとも女の子?」

わたしの突然の問いかけにノッブは大きな目をもっと大きく、まんまるにして不思議そうな顔をする。かじりかけのお饅頭を手に持ったまま、首を傾げる姿は幼い子供のようだ。

「ふむ、唐突に訳のわからないことを言い出したものじゃのう」
「ご、ごめんね!わたしが知ってる織田信長は男の人で、奥さんも居たはずだから……その……どうなのかちょっと気になって」

少し失礼な質問だったかもしれない。なんとなくバツが悪くなって、目の前の温かいお茶を飲み干した。
このいつの間にかカルデア内に出来ていた不思議な和室はとても居心地がよくて、ついつい頻繁に訪れてしまう。すっかりくつろいで、慣れすぎてしまったせいか、思わず考えていたことがそのまま口から出てしまったのだ。
わたしが不安に思っていると、ノッブは再び手の中のお饅頭をかじりながら明るい弾むような声で話し始める。

「なに、謝ることはなかろう。なまえはわしの恋愛対象が気になるのじゃな!」
「えと、うん。そうなの」
「ふっふっふっ……そんなに気になるのならば教えてやろうではないか」

もぐもぐ、ごっくん。残りのお饅頭を全部一気に口に詰め込んで、お茶でそれらを流し込んだノッブはスッと突然その場に立ち上がる。漆黒の髪と衣服が、金ピカの和室によく映えている。

「?……ノッブ?」

そのままわたしの元へと足を進めたノッブは、顔をずい、とわたしに近づける。片手で顎を上げられて、視線ががっちりと合わせられた。なんだか恥ずかしくて目線を外したいのに、体が固まってしまったみたいに動かない。じんわりと体に汗がにじんできた。
これは、レイシフト先で経験したことがある。強くて大きな生き物に狙いをつけられた時と一緒だ。力の差を視線だけで叩き込まれて、こちらは指一本動かせなくなってしまう。あっという間に食べられてしまいそうな、あの感覚だ。
その時は一緒に居たサーヴァントに助けてもらえたけれど、今は、誰もいない。

「この第六天魔王、織田信長が女の一人や二人抱いた事がないとでも思うたか?」

いつもの明るい陽気な声とは違う、低く凛々しい声が鼓膜をびりびり刺激する。わたしは金魚みたいに口をぱくぱくさせることしかできなかった。ノッブ、いや、信長のこんな姿、知らない。
わたしをじいっと見つめる信長は、目を細めて喉の奥でくつくつと笑った。

「愛いやつよのう……こんなに体を強張らせて。なんなら今から試してみるか?わしが男を抱くのか、女を抱くのか」
「あ……ぁ、う……」

食べられる。
頭が真っ白で、それ以外のことが思い浮かばない。近づいてくるノッブの唇に咄嗟に目を閉じる。すると、ちゅっ、とかわいらしい音をたててわたしのほっぺたに柔らかいものが触れて離れていった。
恐る恐る目を開くと、二つ目のお饅頭に手を伸ばしたノッブがいつもの調子で笑っている。

「まぁ、こんな感じじゃの!どうじゃどうじゃ?わしの凛々しくもカッコイイ姿、これを見て惚れん女はおらんじゃろ!」

是非もないよネ!と笑う姿はさっきまでとは別人のようだ。へなへなと体から力が抜けて、わたしはその場に仰向けに倒れこんだ。
はぁーっと大きく息を吐いて、緊張していた頭を、体を弛緩させた。あぁ、もう。
第六天魔王、織田信長。どういう人物かを、いつもの陽気な態度で忘れてしまうが彼女は本当は魔王なのだ。
未だばくばく早鐘のように鳴る心臓がそのことを忘れるな、と言わんばかりに体を熱くさせる。

「しかし、お主隙だらけじゃのう。もう少し気をつけんと、本当に食ってしまうぞ」
「……え?」
「今食ってしまってもよかったんじゃが、ここ誰が入ってくるかわからんし。うむうむ、わしって優しいのう!」

ノッブはこちらを見てニカッと笑うと、お饅頭を一口でばくりと食べてしまった。わたしのこともこのお饅頭みたいに簡単に食べてしまえる、そう見せつけるみたいに。
再度だらだらと体に汗がにじみ始めたわたしは、慌てて仰向けの体を起こしてその場に座り直した。
わたしの慌てた様子を見ながらごくん、とお饅頭を飲み込んだノッブは、べろりと唇を舐めて意地悪く笑った。ま、魔王だ。



20170826