彼女は泣いていた。遺体に縋りついてずっと、声を殺して。
彼はもうこの世には居ない。ついさっきいなくなってしまった。
私が医者になってもう5年が経とうとしていたが、残された人と残していた人、一体どちらが辛いのか未だに私には到底分からなかった。
そんなことを考えながら書類に書き込んでいく。"午前10時37分、死亡 事故死"。
「ご臨終です」
静かな病室に響く私の声が彼女にとって感情の起爆剤となったのだろう。
彼女は狂った様に泣き叫んだ。そして愛した男の亡骸の手を握り締める。もう二度と握り返すことは無いのに。
泣き叫ぶ女から遺体を取りあげ離させる。彼女の瞳は虚ろだった。その瞳からは涙が零れている。
そしてぽつり、何か呟いた。
私は彼の治療を続けて来た医者の一人として葬儀に出た。
だが結局彼女は葬儀には来なかったのだ。彼女の愛した男が白い煙となり天に登っていくのを私はただ見つめた。
『あの人の側に行かなきゃ』
最後に彼女の呟いた言葉はあの白い煙のように消えていった。
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