「えぇなんで俺反省文なのー」
「黒木くん、胸に手を当てて考えてみてくれ」
「大ちゃんセンセー胸板あつー」
「自分の胸に手を当てろっ!」

 そんなコントを尻目に夾は教室を出ていく。同じような光景を見るのは何度目だろうか、考えようとしてあまりの無意味さに思考を放棄した。
 草太が種族本来の姿に戻ること、つまり種族化し、我を失って暴れることは珍しいことではない。そもそも草太の種族である龍人【ドラゴーネ】は若ければ若いほど自分の力を制御できずに暴走することがある。何にせよ止めるのはいつも担任の大和と夾だ。早く力の制御を自分でできるようにしてほしい。

「あらま、疲れた顔ね」

 教室を出た途端に話しかけてきた生徒、神崎 椎菜に夾は露骨に顔をしかめる。待ち構えていたかのようなタイミングで現れた椎菜をするりと避けて横を通ろうとしたが、がっちりと腕を掴まれてしまった。

「……何か用か。バカドラゴンなら教室にいるぞ」
「授業中にまた大暴れしたんですってね、草太くん。で、また夾ちゃんと柳川先生が止めたものの体育館は半壊。怪我をした生徒はいないものの柳川先生は減給一歩手前の厳重注意、草太くんは反省文といったところかしら」
「相変わらず耳が早いな」
「情報技術科ですもの」

 情報技術科。カーネスト学院にある4つの科の内の1つで、主に戦闘においての情報収集や情報伝達者として戦闘をサポートする技術を学んだり、戦闘や日常生活に役立つ道具(学院パンフレット参照)を開発したりしている。そして椎菜は情報収集の分野において学院内でトップクラスの実力を誇っていた。

「夾ちゃんはもう帰るんでしょ。一緒に帰りましょうよ」
「悪いが用事がある。帰るなら鈴堂と帰るといい」
「ふーん用事ねぇ」

 余計な詮索をされる前に掴んでいる椎菜の手を振り払おうとするがびくともしない。そもそも離す気がないらしい椎菜はさらに腕を絡ませて夾の耳元で甘美な秘密事のようにこう囁く。

「お見舞い、でも行くのかしら」

 からかうような笑みを浮かべる椎菜を見て夾は今度こそ椎菜の手を強引に離した。

「ドラマのBlu-rayを返しに行くだけだ」
「配信サイトが盛んなご時世にまだレンタルショップに行く客がいるのね……」
「配信されてないドラマもあるからな」

 絶滅危惧種を見るような視線を避け、夾は歩き始める。後ろから聞こえる笑い声を今度こそ無視しようと決めかけたとき、椎菜が小走りで側に寄ってきて時計を指差した。

「面会時間おーわり。今から行っても無駄足ね」
「そもそも見舞いに行く用事はない。もう帰る、また明日」
「ええ、また明日」

 振り返ることなく歩く夾の背中を見送りながら椎菜はまた笑う。少しずつ小さくなる背中は機嫌が悪そうで可笑しくて堪らない。

「素直じゃない人」



 椎菜に足止めを食らっている間にいつの間にか廊下はオレンジ色に染まっていた。そもそも草太の件で余計な時間が掛かっており、放課後の予定はずっと前から狂っていたのだ。
 ため息を吐き、生徒のいない閑散とした廊下を歩く。早く帰ればいいと思うのに玄関まではなんとなく足が向かず、宛もなくぶらぶらしているとある教室の前で足を止める大柄な男子生徒が目についた。

 夕日のような橙色の頭。すぐに彼に見つからないように踵を返して曲がり角に隠れる。彼は夾に気がつかず、じっと扉を見つめた後に頭をバリバリと乱暴に掻いて忙しない足音を立てて夾の隠れた反対方向へと去っていった。
 彼が去った後、夾は先ほどまで彼が立ち止まっていた扉の前に立ち取手に手を掛ける。

 ようこそ、懲罰部隊へ

 この場にいるはずもない人。久しく聞いていない声を思い出してしまった。取手を引くと当然のように鍵が掛かっており扉は開かない。夕日に照らされていた扉はほんの少しだけ温かかった。

「Blu-rayでも返しに行くか」

 取手から手を離し玄関へ向かう。廊下に設置された時計の針はとっくに下校時間を過ぎている数字を指していた。



「家はたまり場じゃないぞ」

 メインの目的を果たせず、だらだらと自宅に帰った夾を待ち受けていたのは、まるで自分の家のように寛ぐ友人たちである。
 お互いに親が家を空けている夾と紗夜は互いの家の合鍵を持っており、大半の時間夾の家にいる紗夜がいるのは分かる。そしてソファーに転がっている草太や風呂上がりに夾が食べようと思っていたアイスを食べている椎菜が、鍵を開けたあとに紗夜の後ろからしゅるしゅると夾の家に入っていく様子も簡単に想像できた。
 まあ学生寮暮らしの草太と椎菜が家に来るのはよくあることで、休みの前には泊まりにも来るため今さら特に気に留めることでもないのだが。

「勝手に家に入れちゃってごめんね……」

 しおしおと申し訳なさそうな顔をする紗夜はどうやら4人分の夕食を作っているらしい。鞄を置き、ジャケットを脱いで夾は紗夜の隣に立つ。ひき肉をこねている様子を見るに今日はハンバーグだ。

「別にいい。手伝う」
「わわっいいよ座ってて!」
「2人の方が早い」
「ヒューヒュー新婚さん、おいでなさいだ」
「お熱いわね」
「下らないこと言ってないで、寝転んでるお前たちも少しは手伝え」

 寝転ぶ草太の上に夾が勢いよく座り、その隣に椎菜が座る。下敷きになった草太の蛙の潰れたような悲鳴を無視して、楽しそうに笑う紗夜の声を聞きながら夾は袖を捲った。


2023/08/20