左胸の喪失感



「これが大まかな世界地図で、グランドラインの海図はこれ。今おれ達が居るのは…地球儀のほうが分かりやすいかな?ちょっと待ってて!」
「なに、これ…」

測量室に案内された俺はベポに世界地図と海図を見せてもらったのだが、開かれた地図はどれも見たことがないものだった。地球の地図は何度も見たことがあったし、仕事で外国にも行った事があるから見間違えるはずがない。どこを見ても日本がない。仕事で行った中国やアメリカもだ。
ベポが持ってきてくれた地球儀を見てもただただ知らない平面の地図が立体になっただけで全く見たこともないものだった。ぐるりと地球を一周する大陸を指でなぞりながら聞き覚えのない単語を耳にしながらも食い入るように二つの地図と地球儀を交互に見比べると何か違和感を感じる、よく見てみると地図に書かれてある文字がアルファベットだという事に気がつく。

「…これ、なんて読むの?」
「? レッドラインだよ。もしかしてユキト文字読めないの?」

ベポの質問に対し、英語は習得してないと伝えると意味がわからないという顔をされた。その表情に疑問を覚えてふと周りを見ると、英語表記なのは地図だけじゃなく、メモ書きされてある文字も、壁の貼り紙も、乱雑に置かれてある新聞も全て英語で書かれていた。どこを見ても日本語が見当たらない。でも二人の話す言葉はどう聞いても流暢な日本語だ。もしかしたら二人は二ヶ国語を使えて たまたまこの部屋には英語の資料しか置いてないだけなのかもしれない。でもなぜかベポの反応が引っかかる。ふとあの時感じた違和感が顔を覗かせ嫌な考えが浮かんだ。

「ベポ、紙とペンないかな?貸してくれたら嬉しいんだけど」
「あるよ!ちょっと待ってね!」

船に入る前からずっと感じていた違和感が少しづつ大きくなっていく。確認の為ベポが出してくれた紙に使い込まれているであろう羽根ペンで雪兎と自分の名前を書いた。

「俺の名前こうやって書くんだけど…読める?」

紙をベポに見せると読めないと言われ、入口付近の壁に背を預けてたローもこちらへ身を乗り出したが見たこともないと首を振られた。もしかしたら…、そうだ、あの時から感じていた違和感はこれだ。地球は各国で独自の文化と言葉があるため星全体での言語は統一化されてない。日本を知らないはずのベポとローが日本語喋っていた時点でおかしかったんだ。でも日本語を話しているのに日本の文字を知らないのはどういう事なんだろう。英語を文字として使うにも日本語と英語では文法が違いすぎる。じゃあ俺を騙すために文字を知らない振りをしているのか?でもそんな事をした所で二人にメリットは何も無い。それに仮に嘘をついていたとしてもこの見たことのない地図を用意する暇なんてなかったはずだ。
だとしたら、もしかすると俺は全く知らない星に来てしまったのかもしれない。

「ユキト…大丈夫?顔が真っ青だよ。なにか飲む?」
「……ありがとうベポ、大丈夫だよ…。」

心配そうにこちらをのぞき込む顔を見つめ、少し深い呼吸をしながら自分の書いた文字に視線を向けると、刺青の入った手が紙を持っていった。その手の持ち主がいつの間にか近づいて来ていたローの手だと気付き、椅子に座っていた俺は 考え込んだ表情で名前の書かれた紙を凝視しているローを見上げる。

ここが地球じゃないとなれば、するべき事は宇宙船を出してくれる場所へ行くしかない。貿易船を乗り継いでいけばそのうち地球に辿り着けるだろう。

「…この世界は世界政府によって言語が統一化されている。文字が違うってことは日本ってところは世界政府の管轄じゃない島かもしれねェな。」
「あ、その事なんだけど…」

何か分かったのかと聞かれ小さく頷く。表情が顰めっ面でずっと黙っていたため何を考えているのか分からなく、気になっていたが、日本について色々考えてくれていたみたいで少し驚いた。きっと彼はこの表情が普段の顔なのだろう。最初殺気を向けられた時の顔を思い出すと幾分か今の方が柔らかく見える。彼への印象が短時間で随分変わったように思えた。

「さっきベポから地球だって聞いてたからすぐに気付けなかったんだけど、俺の知ってる地球とこの地球はどうやら違う星みたいなんだ。それで帰るために宇宙船を出してくれる所に行きたいんだ、け…ど……、俺何かまずい事言った?」

俺の発言に最初目を見開いたローはすぐにさっきよりも深く眉間に皺をよた。機嫌を損ねるような事は言っていないつもりだがどこで引っかかったのだろうか。

「違う地球って、どう言う意味だ?」
「…さっき言ったままだよ。俺は此処とは違う星から来たんだ。」

来たというか飛ばされたというのが正しいが話がややこしくなる為今は言うべきじゃない。ローは俺の言ってる意味が分からなかったのか皺を寄せたまま黙り込む。誤解を生まないように分かりやすく言ったつもりだが何をそんなに考え込む必要があるのだろう。

「じゃあてめェは自分が宇宙人だとでも言うのか?」

ローの発言で最悪の自体が頭の中を過ぎる。暑くなんてないのに背中をベッタリと変な汗が這う。急に指先が冷えて感覚がない。喉が渇く。心臓の音がいつもより大きい。さっきまで気にならなかった部屋の空気の音がうるさい。この星が地球じゃなくてもいい。遠い星でも構わない。だけど、ダメな事が一つだけある。

「……ねぇ、もしかしてなんだけど…この星は銀河文明が導入されていないのかい?」
「銀河文明?」

今日は嫌な予想がよく当たる日だ。俺が飛ばされた場所は全く知らない星どころか、もしかすると帰る事すら出来ないのかもしれない。

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