ぐらり、と頭が揺れる感覚がした。
意識は未だに夢の中…ではなく現実で。
なにがあったのか、なんて、よく解らない。
そうだ、状況を整理しよう。
さっきまで普通に寝てた。
そりゃもうぐっすりとどこぞの馬鹿も一緒に。
すやすやぐうぐうと夢心地だった。
チラリと時計を見ると、時計の針は26時を指していて眉間に皺が寄る。
ちみにわたしの頭に手を置いているドカスに対しても苛立ちは募っていく一方だったり。
「…重たい。」
「お前だけ、寝てんなよ。」
「自分だって寝てたじゃん。どんなジャイアニズムだよ馬鹿野郎。巻き込むな。」
夢なんて可愛らしいものなんて見ないで、ただ真っ暗だった自分の意識。
そんな意識もすべて邪魔をするかのように白を放り込み、混沌とした景色を創り出して来たのは目の前で寝転がっている男。
良い夢見てて幸せだったのに、というわけではないが、ぐっすり眠っている最中に無理矢理起こされたら普通に怒る。
いや、これ絶対誰でも怒るよね?
怒らない人居るの?
居るなら見てみたいんだけど。
わたしの頭よりも、少し高い位置にある彼の顎にそっと触れる。
朝になると剃らなければならないものが、この時間から少しずつ生えてきているようで少しザラザラとしていた。
「それで、なにがあったの?」
「…いや。」
「もしかして悪夢でも見た?」
「……まあ、そんなところ。」
甘えるようにわたしと彼の距離を無くして来る行為が、あまりにも珍しくて。
どうしたのかと訊いても答えてくれないし、悪夢でも見たのかと直球を投げても濁らせるように曖昧な言葉で繋げるしで解らない。
だけど多分、彼は悪夢に近いものを見たんだと思う…うん、多分ね、多分。
作詞作曲も担う彼は感受性豊かなだし、悪夢ひとつの捉え方もわたしなんかとはまったく別物になるんだと思った。
仕方がない、今回ばかりは、構ってあげよう。
そう思って彼のちょっと柔らかい、ふくよかな胸に顔を寄せるとまたしても"くらり"頭が揺れたような気がした。
「なまえは、俺から…離れないよな?」
「…ははん。なるほど、そういう夢なのね。」
俺から離れないよな、という声はか細くて、今にも消えそうなくらい。
その声が届いて解ったのは、彼が、彼女のことを未だに引きずっているということ。
それほど残るのであれば、最初から歌詞に表さなければ良かったのに。
そうは思うけど、自分の感情を文字として書き出すのは作詞家や小説家の性分(サガ)なのかもしれないな、と心で呟く。
歌えば歌うほど、聴けば聴くほど浮かんで来るであろうそのときの感情、景色、思い出。
彼女と別れて1年が経過し、わたしと付き合ってもなお彼女の姿が彼を縛り上げる。
ああ、なんて面白くないんだろうか。
「ねぇ、ジュニョ…ッ。」
「黙れ。」
名前を呼ぼうとすると、それを妨げられる。
彼女のことなんて、忘れさせてあげたいのに。
わたしにはそれがまだ、出来ていない。
最低なのは彼の中に残る彼女なのか…もしくはそれでも彼を離さないわたしなのか。
それは解らないけど、少なくともわたしも罪人であることには違いない。
だって、彼を手放したいとは思わないから。
布団に押し付けられる身体、目の前に跨っている彼の姿、すべてが滑稽で。
ふと小さく笑うと、彼はさらに眉間の皺をより深いものへと変えた。
「なに笑ってんだ。」
「別に。ジュニョアの中に残る影がわたしなら良いのにって思っただけ。」
「は?」
「ん?」
どうやら彼は、わたしが小さく笑ったことがお気に召さなかったらしい。
拗ねたような声で、なに笑ってんだ、と言うからそのまま返したのだけれど。
彼から返ってきたのは、気の抜けた、とても間抜けな声。
少しして彼の深い溜息が届き、その瞬間彼の唇がわたしの唇を塞いだ。
それはとても長く、わたしの酸素を奪うには充分なほどのもので。
やっと離れたと思って体内に酸素を取り込もうとすると、今度は彼の乱暴な舌が入り込んだ。
「もしかしてお前、俺がまだ引きずってるとでも思ってんのか?」
「あら。違ったの?」
「別にもう、吹っ切れてる。」
ようやく解放されて呼吸を整えると、彼から質問をされた。
しかもわたしが思っていたことで。
違ったの?、と嘲笑うように返すと、それもまた、彼の機嫌に触れたらしい。
怒ったように、吹っ切れてる、と言ったその言葉に嘘はなさそうで。
彼の心に残っていたと思った彼女の残像は、既に消えていたらしい。
そうなると、最低なのはわたしかもしれない。
いつまでも彼のことを疑い、離れていかれても仕方のないことだと思っていたから。
「俺はもう、お前しか見てない。」
「ありがとう。わたしもよ?」
いつもならば訊けない愛の言葉と言っても過言ではないような言の葉に胸が跳ねる。
この歳になってはもう、トキメキ、なんてものは夢物語だと思っていたけど…。
そうでもないらしい。
ありがとう。
そう返すと、彼は優しく微笑んだ。
そしてそのあとに浮かぶ、彼の瞳に見え隠れしたグループ名通りの…野獣の色。
「もう良いだろ。黙って俺に、お前のことだけを愛させろ。」
たまには、野獣に食われてしまうのも良いのかもしれない。
覆い被さって来たすべてを受け入れるように目を閉じて、彼に流れを任せた。
だけどね、ひとつだけ言わせてもらうけど…。
引きずっていると言ったときの、動揺…見逃しているとでも思ったのかしら?
さっきからわたしの名前も呼ばないの。
あなたはいつも、彼女の姿を浮かべているわ。
知らぬが仏、というのはよくある言葉だけど、これだってそう。
わたしも彼も、このことは知らないふりをし続ける方が身のためなのかもしれない。
彼はわたしに彼女の姿を探し求め、わたしは彼に愛されることを求めている。
これがどれだけ虚しいことであっても、わたしは構わないと思った。
だってわたしも彼も…壊れているのだから。
悪魔は微笑んだ
愛してみせろと囁いたのは悪魔。
((壊れてしまえばいい。))
((わたしも彼も。))
((そうすれば、悪魔は微笑むから。))
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