はじまりの唄

風の噂で聞いた。
今、音楽業界で嵐が起きている、と。



「やっと着いた。」



オレは今日、音楽業界で嵐が起きていると言われた原因である、とあるグループのライブにお忍びで足を運んでいた。
もちろん、マネージャーにだって秘密。

メジャーデビューして人気も上がり、ライブハウスなんかでやるべき規模のファンクラブ数じゃないにも関わらず、ライブが開催されているのはライブハウス。
まあ、それでも1番デカい箱なんだけど。

嵐を巻き起こしている原因。
その原因を作り出しているグループは、ヴィジュアル系ロックバンドのTempesta。
アイドルが多い現状では、Tempestaが音楽番組に出ることはまったく無くて。
どんなものか、と思って見たくても、こうしてライブに来る他方法はなかった。

係りの人にチケットをもぎ取ってもらい、中に入ればぎゅうぎゅう詰め状態で。
整理番号が4,000番台なのにも納得出来た。
そりゃこんなに人がいれば、番号だってそんな数字になる。



「あっつ…。」



人が多く、熱気が充満している会場は変装のためにといろんなものを身に付けた俺にとっては、ものすごく暑くて。
せめてBEASTの存在を知る人が居ませんように…と祈りながら、暑さに耐えられず変装道具をすこしだけ外した。

まあ、オレのそんな心配なんて、結局はただの杞憂だったんだけど。

しばらくして始まった演奏。
ドラム、ベース、ギターの順に各自定位置に着き、歓声が湧き上がる。
けれどそのどれよりも、ボーカルがステージに出た瞬間の歓声が凄まじかった。



「わ!」



後ろの方、とは言えオレよりも後から来た人がいるからすこし前の方ではあったけれど。
バンドのメンバーたちが出てきた途端、後ろから人が前に押し寄せて来た。

なんとかそれを避け、必死に耐えると前方には苦しそうな空間が出来上がっていて。
思わず目が点になってしまった。

我関せず、と言わんばかりに、オレのように後ろにいる人もチラホラと居るけど。
それでも多くの人が、Tempestaをすこしでも近くで見ようと前に集まっていた。



「ようこそ…ボクたちの楽園へ。今日もボクたちの楽園に、溺れていってください…。かわいいかわいいスコールたち、ボクを讃えるように頭(こうべ)をよく見せるんだ。」



ボーカルが話し終えたと同時に始まった、重低音の効いたバックミュージック。
そして、俗に言うヘドバン。

オレたちと何もかもが異なるこの空気は、まさに異質としか思えない。
けれどそれもまた、新鮮でおもしろかった。

スクリーンに映し出される、各メンバー。
眉毛なんて無いに等しかったり、唇や眉付近に着けられたピアスだったり、白と黒のカラコンでオッドアイだったりと個性が強くて。
なんとなく、「すごいな」と思った。

あんなスタイル、今の韓国における音楽界隈では見たこともない。
あるかもしれないけれど、こうして噂されるほどのグループじゃないし。
日本でたまに見かけるヴィジュアル系ロックバンドと、重なって見えた。



「まだまだ足りない…。早くボクにおまえたちの熱意を伝えてよ。」



ボーカルがマイク越しにそう言えば、歓声とともに「ルキ様ー!」という叫び声が様々なところから聞こえてくる。
他のメンバーの名前も言われているけれど、たぶんタイミング的に、ルキ様というのはボーカルのことなんだろう。

ボーカルの声は、すごく、厚みがあって。
イメージしていたヴィジュアル系の音楽とはまた、異なっているように思えた。

ーーー歌いたい。

聞けば聞くほど、オレの中にある何かが揺さぶられ、歌いたい衝動に駆られる。
ボーカルの声から出る熱に、オレは当てられているんだろうか…。

それは解らないけれど、ライブが終わってもなお、その歌いたいと思う欲は消えなかった。







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