だいすきなお兄さん




ミンスお兄さんという人は、練習生の中でも一際不思議で目立つ存在だった。
女子の練習カリキュラムにも何故か参加するほど真面目で、自分にも他人にも厳しくて、間違ったことなんて一切言わない。

それになにより、見た目が綺麗過ぎる。

同じ練習生のヒョンスンお兄さんも綺麗でかっこいいと評判だし、他にもドゥジュンお兄さんやヨソプお兄さん、それからドンウンお兄さんとギグァンお兄さんとジュンヒョンお兄さんも練習生の女の子から人気。
だけどその中でもやっぱり、誰よりも1番に人気が高いのはミンスお兄さんだった。

ミンスお兄さんがここの事務所の練習生になったのは、ほんの数ヶ月前。
最初、実力はそうでもなかったけど、今になったらお兄さんの実力は飛び抜けていて。
歌以外は、誰しもが敵わないほどだった。

男の子たちよりも高めの…だけどハスキーで心地の良い声。
歌はちょっとイマイチだけど、ダンスとラップなら、ミンスお兄さんは誰よりも輝いていた。

だからあたしは、そんなお兄さんのことが男の人としても大好きで。
いつもお兄さんの姿を目で追っていた。



「ねぇあんた。これ、片付けておいて。」

「………はい。」



あたしもどちらかと言えば、普通の練習生の子たちよりも実力があって…。
先生たちからも、よく褒められている。
だけどそれが気に入らないのか、リーダー格のお姉さんたちに心底嫌われていた。

こうしてこき使われることだって多いし、片付けや掃除は毎日ひとり。
たまにソヒョンやお姉さんたちも手伝ってくれるけど、リーダー格のお姉さんには勝てないみたいでその申し出もあたしから断った。
ターゲットが変わるのも、申し訳ないからね。

諦めて片付けと掃除をひとりで済ませる。
もう少しで終わる、というところで、誰かが練習室に入って来た。



「…キミ、何してるの?」

「ミンス、オッパ…。」



入って来たのは、さっきも言ったように女子練習生からもかなり人気の高いミンスお兄さん。
いつもあのリーダー格のお姉さんとその取り巻きが囲っているから、話すのは初めてで。
妙に緊張してしまう。

あたしが反応に困っていると、ミンスお兄さんは状況が読めたのか眉間に深い皺を寄せ、怒ったような表情を浮かべていて。
ミンスお兄さんを怒らせたくないからなのか、あたしの心が焦っていた。



「ねぇ、いつもこんなことしてるのかい?」

「いえ、あの…その…。」

「ふぅん、いつもなんだ…。キミって弱いんだね。たまには言い返す努力もしなきゃ、人を振り向かせるなんて到底無理だと思うけど?」



ミンスお兄さんの言葉が、胸に突き刺さる。
お姉さんたちにまったく言い返すことが出来ないあたしは、確かにただの臆病者で。
返す言葉なんて見つからなかった。

下を向いていると、ミンスお兄さんの深い溜息が耳に入ってくる。
ああ、呆れられた。
そう思っていると、ずっと手にしていた掃除道具を奪われてミンスお兄さんまで掃除を始めだしたから、つい驚いてしまう。



「早く帰ってくれる?僕はまだ用事があるから残るだけだし。正直キミ、邪魔なんだよね。」

「ご、ごめんなさい…。」



慌ててその掃除道具をお兄さんに返してもらおうとしたけど、ミンスお兄さんは冷たい視線をあたしに向けるだけで怒っているようだった。
邪魔だと言われてもまだ残れるほど、あたしの神経は図々しくなんかない。

泣きそうになるのを我慢しながら、あたしはそのまま練習室を出て行ってしまった。

ミンスお兄さんが冷たい人だと言うことは、周りの練習生の噂で知っている。
誰が話し掛けても素っ気なくて冷たいし、会話を続ける気がなさそうだから。
最近唯一話していると訊くのはドンウンお兄さんだけで、あとはまったく話さない。

そんなミンスお兄さんの本心なんて、そのときのあたしに解るはずがなかった。
理由はなんにしろ、掃除を変わってくれた感謝の心とあの冷たい視線への恐怖の心が感情をぐるぐると掻き立てる。
どうしよう、すごく、泣きそうだ。

お兄さんのことが嫌いになりそうで、怖くなりそうで、泣きそう。









「…ごめんなさい。」

「え…?」



翌日、練習室に行けばリーダー格のお姉さんとその取り巻きたちから謝られた。
どういうことなのか一瞬解らなかったけど、これはすぐに想像がつく。

もしかしたら、ミンスお兄さんが…。
でもミンスお兄さんは人のために…ましてやあたしなんかのために動くとは思えないけど…。



「またこの子に押し付けてみなよ。次は僕がキミたちのその天狗っ鼻、へし折ってあげる。」



いろいろと考えていると、後ろから誰かが近付いて来て、頭に手を置いてきた。
それはミンスお兄さんで、ミンスお兄さんは昨日あたしに向けていた視線を目の前のお姉さんたちにまっすぐ向けている。

ああ、やっぱり、ミンスお兄さんだった。
そのことが嬉しくて、目に涙が浮かぶ。

ミンスお兄さんはそれだけ言うと、あたしを見ずにそのままストレッチを始めた。
冷たいのだと噂だったあのミンスお兄さんが、ほぼ初対面のあたしのために動いてくれた、と思うと嬉しくて仕方がなくて。

これからもずっと、何があってもミンスお兄さんのことを好きでいられる確信が出来た。

やっぱりあたしは、ミンスお兄さんのことがすごくすごく、大好きだ。
いつかミンスお兄さんの隣に、堂々と立てる日が来ることが出来たら良いのに…。
今のあたしには、それをただひたすら願うことしか出来なかった。



ミンスお兄さんがデビューしたあと。
衝撃を受けるのは…別のお話しで。



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