雨の日の記憶
寝起きから、なんとなく気分が良くなかった。
起きて外を見たら案の定大雨で。
ボクが嫌いな雨のせいで、気分も体調もよろしくない気がした。
それからノロノロと準備をして、マネージャーが運転する車に乗り込む。
ボクとジュンヒョンの間に座り、ジュンヒョンの肩に頭を預けて寝ているなまえを見たら、少しだけ気分が良くなった気がする。
でも、ジュンヒョンもよく肩に頭を乗せられたまま黙って携帯イジれるよね。
ジュンヒョンにちょっとした敬意を抱きながらも、窓の外の景色を眺める。
空は相変わらず大泣きしていて、やっぱりなんだか、雨は好きじゃない。
だけどふと…思い出した。
「(懐かしいなぁ…。)」
あれは、ある雨の日のこと。
BEASTとしてグループもなく、当たり前にデビューもしていなかった練習生の頃。
確かあのときも、今のように大雨だった。
大泣きした空に感謝したのは、きっとあのときが最初で最後だと思う。
*
「…傘がない。」
降水確率40%と告げた朝のニュースの60%を信じて傘を持って来なかったボク。
100%の中の40%なんて少ないもんだ、と思っていたけど、そんなことは無かった。
鞄には折りたたみ傘を入れておいた方が便利だよ、と言っていた家族の言葉を聞き入れていたら良かった、と後悔するけどもう遅い。
何があっても雨の中を走るのは嫌だし、歩くだなんて言語道断。
もともと傘を持つという行為自体が好きじゃないのに…ああ、もう、どうしよう。
練習生が次々と帰って行く中、ボクだけが事務所にぽつんと取り残される。
家族に連絡したって迎えに来るのには時間がかかるし、そもそもこんな時間に電話して、出てくれるかさえも解らない。
「あれ?ヒョンスニヒョン、そんなところで…どうしたんですか?」
「あードンウナ…と、ミンス?」
どうしようかと悩んでいると、帰ろうとしていたドンウン…それからミンスと遭遇する。
ミンスの噂は良いも悪いもいろいろ訊いていたけど、実際にミンスの姿を見たのは少ないし、話したこともない。
"冷たそうな子だなぁ。"
そう思うくらいで、あとは何も思わず人見知りのせいで話し掛けることも出来なかった。
そんなミンスを横付けしているのは、最近ミンスと仲が良いともっぱら有名なドンウンだ。
不思議そうな表情で「どうしたんですか?」と訊いて来るドンウンに、「傘忘れた」と簡潔に質問の答えを返す。
「ああ…。今日、微妙でしたもんね…。迎えとか呼んでるんですか?」
「いや…どうしようかなって迷ってる。」
「……じゃあ、これ使えば?」
「え?」
ドンウンと話しをしていると、不意に会話に混ざって来たミンス。
ミンスと言葉を交わすのは初めてだったから少し驚いたけど、ミンスは平然としたまま。
しかも、傘まで手渡して来た。
ボクの顔も見ないで、ただただ傘をボクに向けて差し出している。
少し顔の角度をズラすと、なんとも言い表し難い表情を浮かべたミンスが見えた。
…なんだ、ミンスって、優しい子なんだね。
冷たそう、だなんて失礼だったかな。
「でもミンス、傘は?」
「良いよ。僕は寮だから近いし、走って帰ってすぐにシャワー浴びたら大丈夫でしょ。」
「ありがとう。それじゃ、一緒に帰ろうよ。寮なら通り道だからさ。」
「は?ちょっと…、っ!ドンウン!助けろ!」
「えー…そう言われても…。ヒョンスニヒョンは僕にも止められないよー。」
ミンスが住んでいるのは地方組用にと事務所が用意した寮らしく、走って帰るつもりらしい。
事務所が用意した寮に住んでいるんなら、ボクの帰宅コースだ。
だったら一緒に帰ろう、と言ってミンスの腕を無理矢理引っ張る。
ミンスの抵抗は最初だけで、あとは諦めたように何かをして来ることはなかった。
結局ボクは、ミンスとドンウンと一緒に帰る。
そしてこの日をキッカケに、少しずつミンスに歩み寄っていた。
…簡単に懐いてはくれなかったけどね。
*
「ヤァ、ヒョンスン。着いたよ。」
いつの間にか現場に到着していたらしく、なまえの声で意識が戻る。
なまえの手には普通よりも大きなサイズの傘が握られていて、嫌そうな表情を浮かべながらもボクを待ってくれていた。
車から降りて、なまえの傘の中に入り込む。
雨のときだけは、ジュンヒョンではなくてボクがなまえのことを独占出来た。
あの日から少しずつ距離が変わって。
デビューしてから、もっと近付いた距離。
距離が近付いた頃からボクの傘は、なまえが差してくれていた。
男女の立場が逆転って言われるけど、これがボクたちなんだから仕方がない。
ボクは雨の日が嫌いだ。
でも、なまえが傘を差してくれるなら…たまには悪くないかもね。
prev next