特別な呼び方




心地良かった。
ただそれだけ。
それが愛だということを、子どもだった僕には理解出来なかったんだ。



「なまえ、ほら。」

「…なに。」

「来いって言ってんの。」



目の前で手を広げ、僕がその胸に飛び込むことを待ち望んでいる馬鹿な男。
どういうことか、くらいは解るのに、素直じゃない僕は突っぱねてばかりで。
かわいさの欠片もない。

だけどそんな僕のことも、かわいい、と言って大切にしてくれる。
そんな彼が、僕はとても好きだった。



「…お風呂。入ってない。汗臭いよ。」

「良いよ別に。気にしない。」

「…あいつら、いつ戻ってくるか解らない。」

「見せ付ければ良いだろ。」



何を言っても訊かないのには、もう慣れた。
だけど出来る限りの抵抗をして、諦めがついたあとにその胸に飛び込む。

抱き締められた胸からは、彼のまとう、良い香りがした。
この匂い、落ち着くから僕は好き。



「おっぱ…、」

「ん?」

「…別に、何も言ってないよ。」

「嘘付け。お前今、オッパって言ったろ。」

「言ってない。」



解らない。
胸がドキドキして、熱が回ってくる。

"愛しい"と思わされてしまう。

勝手に口から出て来たのは、もう日本語よりも慣れてしまったこの国の言葉。
誰にも敬称を付けないとリーダーに宣言したのにも関わらず、勝手に口にしていた。

もう一回呼べよ、なんて言われたけど、恥ずかしくて呼んでやれるものか。
否定するようにグリグリと頭を胸に押し付けてやれば、抱き締める腕に力が篭った。



あとにも先にも。
僕がオッパと無意識で呼んでしまったのは、たったひとり、こいつだけ。



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