▼ 酔い潰れた彼女
僕の大切で、大好きな姉さんはしっかり者。
僕が所属する事務所の一事務員として働く姉さんは、事務所内でも評判のキャリアウーマン。
言われた仕事は卒なくこなし、なんでも完璧に仕上げてしまうのが凄いところ。
きっと、弱点なんて姉さんにはひとつも無いんだろう。
たったひとつしか変わらない年齢差。
だけどそれが、僕からしてみたらひどく鬱陶しいものでしかなかったんだ。
−−−大丈夫だから。
どんなに僕が忙しくても、姉さんは平然としながらそう言う。
同じ仕事とは言えずとも、事務所で働くのだから所属しているアーティスト・タレントの忙しさは把握してる姉さん。
お前はもの解りの良い恋人が居て心底羨ましいよ、なんて兄さんたちは言うけど、僕からしてみたらちょっと独占欲のある兄さんたちの恋人の方がよっぽど羨ましくも思えてしまって仕方がなかった。
いつも大人な姉さんに反して、会えなくて寂しいよ、と子どもっぽくも思ってしまう僕は姉さんには不釣り合いなんじゃないのかと何度も何度も考えたけど。
でもやっぱり、僕は姉さんが好きで、重なった休暇を一緒に過ごしていると姉さんも僕のことが好きなんだって解るから、どうしても愛しくて離れられない。
子どもな僕は、いつでも必死に、大人な姉さんに置いて行かれないよう、大人になろうともがき足掻く。
例えそれが無駄な抵抗だと言われても、それはそれで諦められないのだからこればっかりはもう、仕方が無いだろう。
いつになったら姉さんに追い付けるのか。
そう思っていたとき、姉さんから一本の電話が掛かって来た。
「もしもし、ヌナ?」
『あ、もしもしジョンオプくん?あたし、なまえの同僚なんだけど…。』
「え?」
姉さんからの電話が嬉しくて、胸が跳ねた。
そう思ったら、電話からはあまり聞き覚えのない声が聞こえて来て焦る。
しかも周りはガヤガヤと煩くて、喧騒とした空間に姉さんが居るということはすぐに理解することが出来た。
どうやら今日は同僚の女の子たちと飲み会だったらしくて、珍しく姉さんは酔い潰れてしまったらしい。
お酒に強い姉さんは、例えテキーラを数杯飲んだとしても潰れることは無かった。
そんな姉さんが、普通の飲み会で酔い潰れてしまった、ということが珍しくて…迎えに行くことをもちろん引き受ける。
僕と姉さんとの関係は、メンバーと姉さんの親身な人にしか知られていない、秘密事項。
だけど電話をくれた姉さんの同僚は知っていたみたいだし、多分他の人たちも知っているだろうから行っても問題は無いだろう。
タンクトップにハーフパンツだったのを手早く着替え、上はそのままタンクトップに上着を羽織り、デニムのパンツを履く。
宿舎を出る前、ヨングク兄さんとヒムチャン兄さんに、酔い潰れたらしいのでなまえヌナを迎えに行って来ます、と言うと、ふたりは目を丸くしたあと、送り狼にだけはならないように、なんてこっちが驚くようなことを言ってきた。
さすがに、送り狼、になんて…ならない。
大丈夫です、と強く言ってから、僕は言われた飲み屋に行くためタクシーを拾った。
「ジョンオパ〜…。」
「もう、なまえしっかりして!…あ、ほらジョンオプくん来てくれたよ!」
「ジョンオパ〜!」
えっと、これは、どういう状況なの?
指定された飲み屋に来てみれば、そこには電話をくれたであろう同僚の女性と、確かに酔い潰れているなまえ姉さんが。
声だけでは解らなかったけど、確かこの女性はなまえ姉さんといつも一緒に行動していたんだっけな…。
同僚の女性を襲うようにグダッともたれかかっている姉さんに一瞬戸惑ったけど、僕が来たことに気付いた女性が僕のことを口にすれば姉さんは変わって僕に飛び付いた。
嬉しい、けど、嬉しくないこの状況。
お会計は済んでるから送って行ってもらえるかな?、と頼まれて、僕は姉さんを横抱きにし、飲み屋をあとにした。
あの人もひとりで帰るのかと思ったらちょっと心配だったけど、どこかに電話していたみたいだったし、大丈夫だよね。
ダンスで鍛えていて良かったなー、と思いながら歩みを進めて行く。
あの飲み屋から姉さんの家は、そう離れていないから歩いて送ることにした。
至近距離で感じる、久々の姉さんの匂い。
服に染み付いたタバコの匂いが、またさらに姉さんを大人として僕に現実へと突き付けているような気がしてたまらなかった。
僕はタバコも吸えなければ、姉さんほどお酒も飲めたりはしない。
お前はそのままで良いんだよ、とヒムチャン兄さんには言われたし、タバコやお酒で大人かどうかが決まるとは思ってもいないけれど…。
やっぱり、気にはなってしまう。
「ジョン、オパ…。」
「ヌナ?なまえヌナ、起きたの?」
んん、と唸ってから僕の名前を呟く姉さん。
起きたのかと思って声を掛けてはみるものの、反応は無い。
つまり、寝言…ということだろうか?
姉さんから漂うタバコとアルコールの匂いがキツいことに変わりはない。
だけど、普段よりも幼い仕草・表情が僕のなにかを刺激してか、動機が激しくなる。
寝言で僕の名前を呼ぶ、という言動自体が愛しくてたまらなくて、なんだか心の奥がポカポカと暖かい気持ちに包まれた。
しばらく歩いて到着した、なまえ姉さんの住むマンション。
なまえ姉さんがどこに鍵を入れているかも知っていたから、起こさないでも姉さんを部屋に入れることが出来た。
寝室へ行き、姉さんを完全に横にしないままスーツを脱がせて、ベッドの上に乱雑に置かれていた部屋着を着せる。
姉さんの下着姿に少し欲情しかけたけど、そこはもちろん我慢。
なまえ姉さんは寝るときはブラを外すと言っていたけど、さすがにそこまでするわけにもいかずに、着替え終わった姉さんをベッドにキチンと横にした。
ベッドの上に乱雑に置かれていた部屋着。
少し散らかった姉さんの部屋を見る限り、もしかしたら姉さんは…少し無理をしていたんじゃないかな、なんて思う。
いつも僕が来るときは、綺麗に片付いていたから尚更に。
「…ん、ジョンオパ…、ぁ。」
「ヌナ?起きたの?」
「オピヤ、一緒、寝よ…。」
明日も早いしそろそろ帰ろうかな、と思っていたとき、姉さんがもぞもぞと動きだし、せっかく被せた布団から頭を覗かせる。
またしても僕の名前を呼ぶものだから起きたのかと訊けば、見当違いな言葉が返って来て拍子抜けしてしまった。
今までも一緒に寝ることはあった。
それなりにエッチなこともしたことがあるから抵抗なんてものは無いけど、こうやって姉さんから甘えるように言ってくることは初めてだったから、思わず目を丸くする。
僕が返事をしないまま突っ立っていると気分を害したのか、…寝てくれないなら帰っても良いもん、なんて、拗ねた子どものような口調で話すものだから帰れない。
送り狼、では無いけど、きっと明日兄さんたちにからかわれるんだろうなぁ、なんて思いながら姉さんが寝るベッドに横になる。
でもやっぱり、デニムパンツのままじゃちょっと寝辛くて。
ごそごそと身じろいでいると姉さんが、ジョンオパの服ならクローゼットにある、と教えてくれたので着替えに立った。
ついでに僕たちのグループトークに、明日は事務所で合流します、と送って目覚ましのアラームもセットしておく。
着替えて寝室に戻れば姉さんはすでに眠っているみたいで、寝息が聞こえてくる。
そんな姉さんの横になると、空気で解ったのか無意識なのかなんなのか、姉さんが僕に擦り寄って甘えて来た。
姉さんはやっぱり、起きている様子は無い。
どうして酔い潰れてしまったのかも聞けないままだけど、今日はもう、このままで良いかな、と思ってしまう。
こんな可愛い姉さんが見れたからね。
「おやすみ、なまえ。」
エッチなことをしているとき以外は、滅多にしない呼び捨て。
小さく姉さんの名前を呟きながら額にキスを送れば、姉さんは一層、僕に近付いて来てくれたような気がして愛しかった。
翌日、やっぱり僕は兄さんたち(主にヒムチャン兄さんとデヒョン兄さん)にからかわれまくることとなる。
そしてさらに後日訊いた話だと、姉さんは僕に会えない寂しさからつい、飲みすぎてしまったみたいだった。
良かった、寂しいと思っているのが僕だけじゃなくて…。
僕はまだ子どもかもしれないけど、いつかは絶対に、姉さんを寂しがらせない、立派な大人になってみせるから。
そのときまで…待っててね。
酔い潰れた彼女
その原因は、僕らしい。
(ジョンオパ。)
(どうしたの?ヌナ。)
(…ん、好き。)
(!…僕も、ヌナが大好きだよ。)
今が、一番幸せ。
prev / nextALICE+