突然の電話

それは、突然の出来事だった。



『ジョンオピの馬鹿!!』



突然掛かって来た電話に、突然の暴言とも捉えられる言葉。
僕を馬鹿だと罵ってすぐに切られた電話。
なにもかもが急過ぎて混乱しそうだけど、僕がなにかをしたから、幼馴染みであり姉さんでもあって僕の恋人でもあるなまえ姉さんはお怒りなのだろう。

なにがなんだか解らないけれど、僕はこれから仕事なのでひとまず携帯を置く。
姉さんが本気で怒っているのならこれもなんだか逆効果なような気もするが、仕事となるとどうしようも無い。
気にならない、と言えば嘘になるし。

後ろ髪引かれる思いで、ヨングク兄さんとヒムチャン兄さんを先頭に、挨拶をしながらスタジオへと入っていった。
あぁ、やっぱり気になる。



「ジョンオピヒョン、なんだかすごく、元気無いですね。」

「ジュノン…。僕、オンナゴコロっていうのが解らないんだ…。」

「(ジョンオピヒョンが女心理解するのも変な気はするけど…)どうしたんですか?」

「実はね…。」



ヒムチャン兄さんとヨングク兄さんがペアの撮影をしている最中は、他のメンバーは待機。
デヒョン兄さんとヨンジェ兄さんはふたりでカメラで遊んでいたけど、僕は隅っこにある簡易タイプのパイプ椅子に座って、なまえ姉さんがどうして怒ったのかを知るべく心当たりを自分に問い掛ける。

浮気なんてしたことないし、姉さん曰くの思わせ振りな態度、というものもしているつもりなんて一切無い。
記念日もまだ先だし、誕生日でもないから…やっぱり皆目見当もつかなくて。

はぁ…、と困り果てていたとき、隣にあるもうひとつのパイプ椅子にジュノンがゆっくりと腰をおろして、僕に声を掛けた。
僕に元気が無い、と、ジュノンにでさえバレてしまっていたのか。

心配そうに僕を見つめるジュノン。
ジュノンに先程のことを説明してみたものの、ジュノンもさっぱりなようで不思議そうに首を傾げていた。



「…なまえヌナもジョンオピヒョンに似て、掴めない人ですねぇ…。」

「え、僕掴めるよ?ほら、ね?」

「いや、そうじゃなくて……はぁ。」



なまえ姉さんのことを、掴めない人、と比喩するジュノン。
しかもそれを僕にまで重ねるものだから、今度は僕が不思議に思ってしまった。

ジュノンの腕を引き、ほら、とジュノンの手を僕に掴ませるように誘導すれば、ジュノンは深い溜息を零してしまう。
…もしかして僕、なにか変なことでも言っちゃったのかなぁ…?

なにが悪かったのか、なにが溜息を零す要因になったのか。
もしかしたら、そうやってジュノンを困らせる僕の行動が、なまえ姉さんを怒らせてしまった一つの原因なのかもしれない、と思った僕はジュノンに訊こうとした。
でもタイミング悪く、ヨンジェ兄さんとデヒョン兄さんを飛ばし、僕とジュノンでの撮影の番になってしまったのだ。

あぁ、ついてない。

結局、あれからずっと仕事が立て続けにあったので、ジュノンにはなにも訊けず。
もし喧嘩だったとしたら、グダグダと引き延ばしていると姉さんの性格上、めんどくさい、の一言でバッサリと切り捨て、最悪の場合振られてしまうかもしれない。

そうなると、一番手っ取り早いのはなまえ姉さん本人に直接訊くこと。
明日も仕事はあるし、朝も早くはあるけど…。
引き延ばしてしまうよりかは、何倍も良い。

というわけで、マネージャーに頼んでなまえ姉さんが住むアパートの近くで降ろしてもらう。
時刻は午前2時を目の前にしているけど、果たして姉さんはまだ、起きているだろうか?

受け渡されていた合鍵を使って、僕たちの宿舎よりも数倍簡易なオートロックを解除し、なまえ姉さんの住む部屋へと行く。
姉さんは意外と(と言ったら失礼か)繊細な人だから、小さな物音でも起きてしまう。
だからここも一応、合鍵を使って鍵を開けた。

なるべく静かにドアを開けると、部屋には灯りが点いていて、オマケにこんな時間だというのにテレビまでついている。
しかも、テレビが映していたのは、僕たちの出ていた音楽番組だった。



「…なまえヌナ?」

「うひぃいい!!…って、ジョンオピ!?」



恐る恐る玄関からなまえ姉さんの名前を、なるべく大きな声で口にする。
すると姉さんは驚いたみたいだったけど、すぐに僕の姿を確認して、引きつった顔を安堵の色で染めていた。

うひぃいい!!…って。
なまえ姉さん、変な悲鳴あげるんだね。

パッとテレビを消して、どうしたのジョンオピー、なんて言いながら僕に駆け寄ってくるなまえ姉さんの姿は、いつもとそう変わらない。
普通過ぎる姉さんの態度を少し不思議に思ったけど、なんだかこれはこれで反応に困る。

僕はてっきり、何しに来たのよ!、とでも怒られると思っていたから、なおさら驚いた。
怒り狂った想像の姉さんの姿はどこへやら、なまえ姉さんはちょっとだけ怒ってる素振りを見せながら、来るなら来るって言ってよねー、なんて言っているだけ。



「ヌナ…。僕に、怒ってないの…?」

「へ?ジョンオピに?あたしが?怒ってる?」

「うん。」

「まっさかー。チョン・デヒョンやキム・ヒムチャンに怒ることはあっても、ジョンオピには怒ったりしないよー?」



ずっと引っかかっていた疑問を口にすると、姉さんは目を丸くして驚く。
まるで確認するかのように、おうむ返しの如く訊ねてくるなまえ姉さん。

それに、うん、と頷けば姉さんは慌ててそれを否定した。
ヒムチャン兄さんとデヒョン兄さんには怒るって…、どういうことなんだろう?
まあ、良いか、兄さんたちだし。

取り敢えずはなまえ姉さんが怒ってないのが解ったから、良しとして。
…って、でも、それならどうして突然電話で馬鹿だなんて言って来たんだろう。
いつもの姉さんらしくない、ちょっと子どもっぽい言動が引っかかる。



「じゃあ、あの電話は、どうしたの?」

「へ!?あ、あー…、あれは、そのー…。」

「僕、ヌナを怒らせたと思ったら不安になっちゃって、ジュノンにも心配されたんだよ?」



そこまで言ったら姉さんは降参したらしく、実はね…、と口を開いた。
姉さんが怒ったっぽい電話をくれた真相は、僕でさえも呆れるような理由で。
でもそれも、ちょっと嬉しかったりする。

姉さんがあんな電話をしてきた理由は、簡単。
僕たちが出ていた音楽番組や雑誌をたまたま見ていたら、自分で言うのも恥ずかしいけど…僕がかっこよかったらしくて。

興奮して、好きだと実感してくれて、それで思わず僕に電話してしまったらしい。
それがどうして、"馬鹿"、発言に繋がるのかはよく解らないんだけど。
そんな素直になれないなまえ姉さんが、また可愛らしくて…愛しいと思った。



「なんか…、ごめんね、ジョンオピ…。」

「ううん、大丈夫。ヌナに嫌われたかと思って焦ったけど、嫌われてないなら…。」

「もー、あたしがジョンオピを嫌いになるわけないじゃん!」



しょんぼりとしながら僕に謝る姉さん。
それに対して、嫌われてないなら大丈夫なのだと伝えると、なまえ姉さんは可愛らしい笑顔で僕に抱き着いて来た。
こういうところも、可愛いよね。

ジョンオピー、なんて言いながら僕の胸に頭をぐりぐりと押し付けてくる姉さん。
そんな姉さんの頭を撫でながら、僕って幸せ者なんだなぁ、と、実感した。

姉さん、なまえ姉さん。
僕は姉さんのことが、大好きです。






突然の電話

掛けて来た理由は可愛い理由。



(あーでもキム・ヒムチャン可愛かったな。)

(へ…。)

(嘘嘘!ジョンオピが1番可愛い!)

((可愛い、は、あんまり嬉しくないな…。))

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