わたしはいったい、誰なんだろう。

どうして、ここにいるんだろう。



わたしは何故記憶がないんだろう。







気が付けば、見えるのは汚れを知らないかのように映える…美しい真っ白な天井だけ。
ぱちぱちと目を何度瞬きさせても、何かが変わることはない。

わたしは何故、ここに…こんな場所に居るんだろうか…。
きっとここは病院で、病室で…わたしは身体が痛くて?

そうか、身体が痛いから。
身体中をミイラのように包帯で包められているから、きっと怪我でもして運ばれたんだろう。

でも、どこで怪我を…?
…なにも解らない、知らない、思い出すことが出来ない。



「失礼しま…なまえさん!?」

「え?」



コンコン、とノックをされ、ひとりの看護師が入って来る。
その人はわたしを見るなり目を丸くし、そして慌ててどこかへ行った。
どこへ行っているんだか…。

それより…"なまえ"というのはわたしの名前なのだろうか?
彼女を見る限りではわたしを見ながら言っていたし、多分そうなんだろうけど…。
どうして、解らないんだろう。

しばらく経って来たのは、白衣に身を包んだおじいちゃん先生。
何個か質問されたりしていると、解らないことが多数出て来て…。
わたしが困っている反面、おじいちゃん先生は険しい表情を浮かべた。



「…そうか。」

「…どうしたんですか。」

「キミは記憶障害になっている。つまりは記憶喪失。一般常識以外が理解出来ていない…。」

「記憶、喪失…。」



重々しい空気でおじいちゃん先生が言い放ったのは、記憶障害…わたしが記憶喪失だということ。
それに対してショックを抱くようなことはまったくなくて。
"そっか…記憶喪失なんだ"くらいにしか思えなかった。

元より、執着することがなかった性格なのだろうか。
それは解らないが、自身の記憶が有ろうが無かろうが、そんなものに興味は一切抱くことが出来なかった。

さらに話を訊くと、どうもわたしは一ヶ月近く昏睡状態だったらしい。
そんなにも長い間寝ていたのか、と思うと、なんとなくこの身体の気怠さにも納得が出来た。
まあ、痛みの方が大きいんだけど。

おじいちゃん先生たちが何かを話している間、窓に目を向ける。
風邪が吹いて揺れる草木を見ていると、なんだか心が落ち着いた。



『なまえ、見て、あの綺麗な花。』

『本当だね。まるで−−みたいにとても可愛らしいわ。』


「っ!?」

「先生!なまえさんが!」

「どうした!?」



草木を見て癒されていると思っていると、不意に流れてきた過去のものと思わしき映像。
わたしと…"誰か"が木に生える花を見ながら会話をしている…と言うのに、その"誰か"がわたしにはまったく見えなくて。
その代わりに襲い掛かってきた、激しい頭痛に頭を抱える。

思い出さなきゃいけない。
そうは思うけど、何故だか頭がその記憶を思い返すことを否定しているような気がして、それを肯定するかのように頭痛は止まらなかった。

医師たちが慌てる中、どこか冷静な自分がいる。
このまま失ってしまえば良いものを取り戻そうとしながらも、それを矛盾だと嘲笑うかのように必死に拒む身体が憎く…そして苦しい。

わたしが失ってしまったものの対価は大きい、と言うのか。
それとも、小さくも儚いものだと訴えかけられているのか…解らない。



わたしは、なにを失ったの?






忘却されたもの


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