身体がふわふわと、空に浮いているような…そんな浮遊感を感じる。
目を開けても真っ暗闇。
そんな暗闇に吐き気さえ感じて来たときだった。
目の前に広がる、白い光。
その光に手を伸ばすのに届かなくて歯痒いし、届かなくて良かった、とも安心してしまう自分が居た。
「っ!?」
手が届かなくて安心した、なんて思った直後、その光に吸い込まれるかのように引っ張られていく。
眩しさに耐えられずに目を閉じ、光の刺激がなくなって目を開くと…。
そこには、わたしと…ヨソプさんの姿があった。
ヨソプさんと一緒に居るわたしは、すごく幸せそうにしていて。
わたしもヨソプさんもお互いに見つめ合い、微笑み合っていた。
だけど場面はすぐに変わり、見えたのはヨソプさんにくっ付くひとりの女の子の姿。
その子を見たことなんてないはずなのに、その子を見た瞬間胸が痛め付けられ、激しい黒いもやもやがわたしの胸に覆い被さって来た。
この感情は…。
もしかして、"嫉妬"…?
『ヨソプオッパ、今日は何処に連れて行ってくれるんですか?』
『好きなところで良いよ。』
『じゃあ…あたしのオススメのお店があるので、そこにしましょう!』
親しそうに腕を組み、何処へディナーに行くかを考案するふたり。
女の子は若くて可愛くて、可愛い顔立ちをしているヨソプさんにはお似合いなような気がした。
そしてまた変わる、新たな場面。
そこには偉そうに腕を組んだあの女の子と、不機嫌そうに腰に手を当てて女の子を睨んでいるわたしの姿。
これはいわゆる…。
修羅場、というものなのだろうか。
『あたしはヨソプオッパのことが好きなの。だから…別れてくれる?』
『…どうしてわたしがヨソプと別れなきゃいけないの?…あなたにどうこうと言われる筋合いはないわ。』
『そう。でもヨソプオッパ、あたしと何度もデートして、何度も身体だって重ねているわ。別れなくて惨めになるのは、そっちじゃないの?』
『っ!?………やっぱり…。』
女の子の口から放たれる、衝撃的な言葉の数々に目を見開いて驚いている当時のわたし。
表情は険しいものになり、瞳には嫉妬が浮かび上がっている。
『気になるなら見てみたら?今日もヨソプオッパとデートするから。』
挑発的に投げ付けられた言葉。
その言葉は売り言葉に買い言葉だったのか、わたしは何も言わず、ただその子に背を向けて歩き出した。
…どうしよう。
ここまで勝手にいろんな場面が流れて来たのは良いとして、もう、こんなものを見ていたくはない。
もう止めてほしいのだと、わたしの心が訴える。
だけどそんな訴えは届かず、無情にも景色はどんどん変わっていく。
女の子に言われた通り、ヨソプさんと女の子を尾行するわたし。
ふたりは親し気に食事をし終えたあと、ホテルへと入ってしまった。
わたしの表情に浮かび上がるのは絶望を示した表情で。
何も考えられない、と言わんばかりにふらふらと足取りも悪く、脱力したかのようにパンツのポケットへと手を差し込んだ。
取り出されたものは、今のわたしには見覚えのない携帯。
そして何か操作をしたと思ったら、電話をしているようだった。
『ヒョソナ…。ヨソプ、やっぱり浮気してたみたい…。』
どうやら、わたしの電話の相手はヒョソンらしい。
力なく笑っているわたしは、あの子が言った通りに本当に惨めで。
見ているわたしが…苦しくなった。
『彼女に言われてついて行ったら、ご飯を食べたあとふたりでホテルに入って行く姿、見ちゃっ…っ!?』
そしてふらついた足取りで何処かへと向かっている途中で、信号無視をした車にぶつかってしまう。
電話口からわたしの名前を何度も呼ぶヒョソンの声が、わたしにまで届いて来た。
大きな怪我をしていないのは、今も治りが早いからよく解る。
だけどわたしの身体から流れていく液体は…大量の血液、だった。
…どうしてわたしは、このことを忘れていたんだろう。
いや…忘れていた方が、もしかしたら良かったのかもしれない。
ここまで見てようやく…全部全部、思い出した。
あの子は新人のガールズグループで一番人気の高い女の子で、前々からヨソプにベッタリだったこと。
そしてヨソプも、わたしに割く時間を減らしていたこと。
事故にあった経緯も全部、思い出すことが出来た。
「っ!」
再び襲い掛かってくる頭痛に、思わず頭を抱える。
きっと、すべてを思い出したから記憶の回想から解放されるのだろう。
そう思うと、やっと終われるからなのか安心して。
またしても意識が朦朧とし出した。
思い出して良かったか、と言われたら、良くなかったかもしれない。
マネージャーが言うように、知らない方が幸せ、ということだって有り得ると思う。
だけど、もう良いんだ。
全部思い出した。
思い出せたからこそ、理解した。
…わたしはやっぱり、ジュノンのことが好き。
ヨソプのことに勘付いていたとき、側に居てくれたジュノンのことも。
事故で傷付き、自分を忘れ去っていた酷い女を献身的に見舞いに来てくれていたジュノンのことも、全部ひっくるめて好きなんだ。
(…ジュノン。)
音にはならずに、口だけが動く。
目が覚めたら、このことすべてを伝えなくちゃいけない。
ジュノンと、みんなに。
そして新しいスタートを…踏む。
蘇る記憶
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