好き"だった"。
ヤン・ヨソプのことが。

好き"なんです"。
チェ・ジュノンのことが。



「…ジュノア、退いて。」

「っ、ごめん…なさい…。」



ヨソプに、もう一度やり直しをさせてほしい、と言われた。
だけどもう、わたしにはそんな気なんてさらさらない。

ヨソプはもう、わたしの中では過去の人となってしまったのだから。

ヨソプと一緒に歩んできた時間はとても長いし、辛いことも幸せなことだって確かに存在していた。
だけど今のわたしには、記憶を失っていた頃の自分の気持ちがかなり強く存在している。

そんな自分の気持ち、わたしの手で殺すことは出来ない。
むしろもう、その感情はわたしの中から消えそうにはなかった。

退いて、と言えば悲しそうな表情を浮かべるジュノン。
何かを勘違いしているようにも思えたけど…ごめんね、わたしはこれから、ちゃんとケジメをつけるから。



「ヨソプ。わたしはもう、あなたとやり直そうとは思えないの。」

「…なまえ…。」

「あんな思いはもう2度としたくもないし、今は…あのときと同じ感情でヨソプを愛せる自信がないの。」



意思を持って出て来る言葉。
この言葉には、嘘なんてものは一切含まれていない。

あんなに惨めで、苦しくて、辛い思いなんてしたくはないから。
それになにより…今のわたしじゃ、あの頃のようにヨソプのことを愛せる自信がまったくないの。

自分に嘘を吐くくらいなら。
立ち向かって壊れた方が、まだ清々しいと思える。



「………それは、この子のことが好き、だから…?」

「…どうかしらね。」



ヨソプはジュノンをチラリと見て、わたしに視線を戻しながらジュノンのことが好きだからなのか、と訊ねてきた。
それを曖昧に濁すと、複雑そうに歪んでいくヨソプの表情。



「…じゃあ、仕方ない、よね。ごめんねなまえ…。裏切って。」



ヨソプはそれだけを言うと、お見舞いの品であろう花束を置いてこの病室から出て行った。

ありがとう、ヨソプ。
あなたと過ごした時間、無駄だとは思っていないわ。

ジュノンに視線を向けると視線は重なり、ピクッとジュノンの身体が飛び跳ねる。
何を緊張しているのかは解らないけれど、そんなジュノンがさっきとは変わって可愛く思えた。
さっきのジュノン、かっこよかったんだけどな。



「あ、えと………さっきは、勝手なこと言ってごめんなさい…。」

「ふふ。どうして謝るの?」

「いや、あの…結果はどうであれ、渡せません、なんて言って…。」



流れる沈黙が気まずかったのか、咄嗟に謝って来たジュノン。
何に対して謝っているかなんて予想は出来ていたけど、敢えて訊いてみたら予想通りの言葉が返ってきた。

強気だったり、今みたいに語尾を小さくして弱気だったり。
そんなジュノンのことが、素直に可愛いし愛しいと思う。



「嬉しかったのになぁ。」

「え?」

「わたし、ジュノンがあんなことを言ってくれて嬉しかったの。」



謝らないで、という意味を込めて、嬉しかったのになぁ、と言えばジュノンは不思議そうな…驚いているような表情を浮かべていた。
そんな表情を見て思わず笑いそうになるけど、この可愛い弟をいじめるのはほどほどにしておかないとね。

嬉しかった。
それは何故か、って…きっと、ジュノンも同じ気持ちだと思ったから。

ジュノンが同じ気持ちでない限り、あんなことを咄嗟の行動で行うことは不可能だろう。
だからと、淡い期待が持てた。



「確かに昔のわたしはヨソプを選んでた。そして昔のわたしからしてみたら、ジュノアは弟にしか見えなかったのは確かよ?」



同期として、一緒に何かしらのステージに立つことが多かった。
それに、バラエティーでも共演することだってよくあった。

そうやって知り合い、新人として浴びてきたプレッシャーやわたしたちが売れなかったときの傷も慰めあってここまで生きてこれたんだ。

ヨソプの存在が大きかったからこそ今回のことは悲しくて。
そして、一気に心が離れた。



「でもね、ずっと側に居て…助けてくれて…見守ってくれたのはヨソプじゃなくて、ジュノアだから…。」



記憶を失っていたときだって、いつだって側にいて見守ってくれたのは目の前に居るジュノンで。
ヨソプとの喧嘩や、今回の事件の引き金のときもジュノンはわたしの側に居てくれたから。

本当に大切な人は、普通じゃ気付けないほど近くに居る。
何かしらのアクションがなければ解らないほどの、近い距離。
わたしはそれに、ようやく気付くことが出来たんだ。



「今度こそ、わたしは男を見誤ってはいないはずよ?」



もう、間違ってはいないはず。
練習生の頃から懐いてくれて、側に居てくれたこの子が離れてしまわないようにわたしも努力して、そしてずっと一緒にいれたら良い。



「ジュノア、好きよ。わたしは、あなたのことが好きなの。」

「っ…ボクも、ずっとなまえヌナのことが好きでした…!」



空いた穴も、傷も、全部埋めてくれたら良い。
ううん、埋めるの。

好きだと言えば、ジュノンも好きだと返してくれた。
そしてジュノンに包み込まれ、背中に腕を回す。

きっとジュノンなら大丈夫。
わたしの中に出来た穴や傷も、埋めさせてくれる。
ジュノンの腕から、察知した。

壊れたパズルがひとつずつ、修復しようとしている。






パズルのピース


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