なまえが意識を取り戻して、早くも2ヶ月が経過した。
あと1ヶ月も経てば現場に復帰することが出来るらしい。
だけど………。



「記憶喪失、だもんね…。」

「…そうね。例え活動に戻ったとしても、戸惑いが大きいと思うわ。」



そう、なまえは記憶喪失。
記憶喪失になったのは、医師によると事故のショックらしい。
だけどあたしは、なんとなくだけど違う理由があると思っていた。

その違う理由も、解っている。
その理由は…"恋人"のせい。

事故の前に受けた電話。
それが証拠なのではないか、とあたしの胸を渦巻いていた。

理由はなんにしろ、記憶を失ったなまえが活動に戻るのにもなまえ本人が苦労すると思う。
だって、なまえが記憶しているものに"SECRET"として活動していた間の記憶が無いんだもの。



「…やっぱりあたし、許せない。」

「それはみんな同じ。でもなまえに記憶はないから、"彼"をどうにも責めることは出来ないわよ。」

「そうだよオンニ。わたしだって何も知らずになまえオンニへ贈り物をしてくることが許せないもん…。」



許せない、と呟いた言葉が届いていたのか、みんなが一斉に反応する。
どうやら許せないで居るのは、みんなも同じらしい。
そうだよね、みんなも事情を知っているんだもの…。
だから怒るのも無理はない。

恐らく彼は、なまえが置かれていた状況を知らないはず。
だからソナの言う通り、なまえにお見舞いとしてのプレゼントを贈っているんだろう。

この前から未開封のまま置かれている、小さな小さなプレゼント。
前まではなまえに届けていたけど、この前あたしが見付けてからは事務所に留めさせている。
まあなまえも未開封のまま放置していたから…なんとなく察知して開けられないのだろうか。

あの住所は、以前なまえが書き記していたメモにあったものと間違いはないはず。
本当に、無知とは最低なものだ。



「まあ、切り替えないとね。これから彼らと共演するけど、あんまり態度には出さないよう…。」



ハナがそう言ったときだった。
コンコン、とノックされてあたしたちが居る楽屋の扉が開かれる。

切り替えて、とハナには言われたけど、そんなすぐに切り替えられるほどあたしは器用じゃない。
入って来た人たち…いや、ひとりの人に対して、思わず目付きが鋭くなってしまった。



「こんにちは。」



笑顔で入って来る彼らとは逆に、鋭くなるあたしたちの視線。
彼らはそれに対してあまり反応することはなく、ただ普通に…平然としたまま挨拶をして来た。

何も知らないことは知っている。
他の人たちは関係ないことだって解っているけど…。
やっぱり、無知ということがあたしには許せそうになかった。



「あの…。なまえって、今どんな感じ?元気にしてる?」

「………。」

「直接訊いたら良いとは思うんだけどさ、お見舞いに行けないし代わりのプレゼントに入れた手紙の返事もないから気になって。」



なまえは、あたしと仲が良い。
もちろん他のメンバーとも親しいけど、あたしとは本当に親しかった。

それを知っているからなんだろう。
彼は迷わずあたしの方に来て、なまえの容態について訊いてきた。
ハナが肘で突いて何かを伝えようとしているけど、知らない。

こんなにも人を怨んだことは…今までにあっただろうか。



「教えることはひとつもないわ。」

「え?」

「なに?どうしたんだよ。」

「あんたは彼氏面して…っ、なまえの気持ちを知ろうとしなかった!」



冷たく、教えることはひとつもないのだと言えば、固まる彼。
ただならぬ空気とでも思ったのだろうか、ソナとジウンと軽く会話していた彼らも、あたしたちのところへと集まって来た。

ひとつ言ってしまえば、どんどん言葉は溢れてくる。
ヒョソナ!、とあたしを制止するかのようにハナの声がしたような気はしたけど、それだけであたしの口が止まることは出来なかった。



「お見舞いに来れない?あたしたちでさえ仕事の合間を縫って行ってるのに、彼氏が行けないなんて普通に考えて変よね。」

「っ、それは…。」

「言い訳ならあたしにしないで、あの子に直接言って!…あの子はあんたがして来たこと…全部全部、知ってたんだからっ…!!」



お見舞いに来れないなんて、あり得ることなの?
あの病院はいろいろとお世話になっていたし、なまえを見舞う人なら何時でも受け付けてくれた。
だからあたしたちもBAPもお見舞いに行けたのに。

彼は行こうとしなかっただけ。
なまえの様子は中身に入れていたらしい手紙だけに頼って、直接話をしに行こうとはしなかったんだ。

本当に、なまえも…なまえのことが好きなジュノンも可哀想。
なまえは過去に囚われるかのように何かを思い出しても今の献身的なジュノンと重ねて、そしてジュノンはそれに傷を作ってしまう。
友だちと弟がこんな人に振り回されていると思うと、腹が立った。



「なまえに記憶はないわ。あたしたちのことも無かったし、弟グループであるBAPのことすら。」

「え…。記憶、が…。」

「やったじゃない。このまま知らんぷりしたら、あんたが過去にやったことを知る人がひとり減るのよ?」



なまえに記憶が無い、と言えば硬直するなまえが好き"だった"人。

例え彼になまえへの愛情があろうとも、もうなまえには消えている。
それはジュノンへ向けるなまえの表情を見ていれば解ること。

皮肉を込めて、やったじゃない、と言えば、彼はさらに複雑そうな表情を浮かべた。
何を思っているかは知らないけど、なまえがこうなった原因は一応あなたにもあるのよ。



「なまえはね、事故に遭ったあの日に、あなたが他の女とホテルに行くのを見ていたの。あたしに電話して来たわ。そのあとに…。」



そう。
なまえは事故に遭ったあの日、彼が他の女とホテルに入って行くのをたまたま目撃していたんだ。

泣きながら掛かってきた電話。
泣きじゃくるなまえを慰めようとしたとき、あたしはなまえの甲高い悲鳴を耳にしたんだ。

他のメンバーも居る中、あたしは今までなまえが見たものを口にする。
彼のメンバーは彼がそんなことをしているとは思っていなかったのか、目を丸くして驚いていて…。
ひどく、滑稽な光景だと思った。



「もう2度となまえに会わないで。そしてプレゼントも贈らないでちょうだい。金輪際、なまえに関わらないであげて……ヨソプさん。」



あたしは、ヨソプさんが許せない。






許せないもの


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