最後のウギョル


あの水族館から2週間。
グッバイステージも終えてわたしたちシークレットは落ち着きを取り戻し、わたしの仕事は残すところウギョルのみになった。

テグンは別件の仕事が忙しいらしく、まだ会えていない。
それがちょっと寂しいけど、今日の収録でわたしはウギョルも終える。
そうなればいつでもテグンに会えるようになるから、それが嬉しい。
早く会いたいな。



「それでは、今日はこちらで収録を始めますね。」

「はい。」



スタッフさんに連れて来られたのは、結婚式などで使われる教会。
結婚してるわけじゃないのに、こんなに手を込めるなんて…。
わざわざ教会に連れて来られたことを考えると、今回のウギョルはそんなに不評では無かったらしい。

ヒョンスンオッパは前の仕事が押しているらしく、今回も遅刻。
やっぱりビーストは忙しいみたいだねぇ、という監督さんの言葉を訊いていると、10分ほど遅れてヒョンスンオッパがこの場に到着した。

すみません、と謝るヒョンスンオッパに、大丈夫だよ、と言う監督さん。
この光景をもう見ることがないと思ったら、テグンに会える喜びもあるけれど、少し寂しくも思えた。



「なまえ?どうしたの?」

「オッパ…。」

「浮かない顔してるけど…。あ、もしかしてウギョルが終わるの寂しい?」



スタッフさんたち全員に謝罪を終えたのか、少し心配そうな面持ちでどうしたのか訊いて来るヒョンスンオッパ。
まさか本人を目の前に、ちょっと寂しくなって、なんて言えるわけがない。
それで黙っていたけど、ヒョンスンオッパの冗談めいたテンションで言われた正解に、言葉が詰まってしまう。

思わず、ふい、と顔を逸らしてしまうと、ヒョンスンオッパは何かを悟ったのか、え?、と呟いた。
どんな表情をされているのか、わたしには見えなくて。
もし普通に驚かれていたら恥ずかしかったから、ヒョンスンオッパの表情を見ることは出来なかった。

多少の気まずさを抱いていると、スタッフさんから収録を始めるのだと声を掛けられる。
良かった、と思いながらセットに向かったのは秘密。



「…期待させるようなこと、言わないでほしいよ…。」



影でヒョンスンオッパがそんなことを呟いていたなんて、わたしが知るはずも無かった。

今回のウギョルは、振り返りがメインらしい。
初めて会ったときや遊園地デートなんかを流されて、このときの怯えたなまえは可愛かったなー、なんてヒョンスンオッパから冷やかされた。
ちょっと、恥ずかしいんですけど。

今までのウギョルを観ていると、テグンが疑うのも無理ないな、と思ってしまうくらい雰囲気が…甘かった。
あのいざこざ以降わたしが出す雰囲気は、最初よりも少しさっぱりしているのも解る。
ちょっとあからさま過ぎたかな。

こうして客観視すると、いろんなことも見えてくる。
それになんだろう…普通にテグンと行ってみたかった、やってみたかったお買い物デートや遊園地デート、水族館デートもウギョルという形で違う人とやっていることが、なんとなく嫌だと思ってしまった。
ごめんね、ヒョンスンオッパ。



「あ、ミッションカード…。」

「最後のミッションカードかな。なまえ読む?」

「ううん、ヒョンスニオッパが読んで良いよ。」



水族館デートまで観て、ヒョンスンオッパ子どもみたいだったね、なんて笑い合っているとミッションカードがスタッフさんから手渡された。
ヒョンスンオッパの言う通り、これが最後のミッションカードだろう。

読む?、と訊かれたけど、渡されたのはヒョンスンオッパだし。
ということでヒョンスンオッパに読むように言うと、ヒョンスンオッパはミッションカードを取り出した。



「この教会でお別れになります。お互いの気持ちを告げてキスをしてお別れしましょう。キスの場所はおふたりにお任せします。…だって。」

「お別れ…。なんか、寂しいね…。」



ミッションカードの内容は、お互いの気持ちを告げてキスをしてお別れ、というものだった。
恋愛的感情は無いにしろ、ずっと一緒に収録していたヒョンスンオッパと別れるとなると少し寂しい。

だけど問題がひとつ。
そう、"キス"だ。
これは前もってテグンに言っておかないと、危ないよね。
番組的には、わたしとしてはあんまり好ましく無いけど…唇にした方が盛り上がるだろうし、ヒョンスンオッパもそうするだろうから。

スタッフさんの案内で、これから夫婦になる人たちが愛を違う場所へと連れて行かれる。
ここで別れるって…あんまりよろしくないような気はするけど、キスをする場所としたら綺麗なんだろうな。



「僕は最初、ウギョルって面倒だなぁって思ってた。」



どちらから話せば良いんだろう、と思っていると、ヒョンスンオッパから話をし出した。
それをわたしは黙って訊く。



「でも、なまえはテレビが苦手でクールなのに、僕にいろんなところを見せてくれて、それが嬉しかったしウギョルもすごく楽しめた。僕の恋人になってくれてありがとう。僕はなまえのことが本当に大好きだったよ。」



ヒョンスンオッパはそう言うと、わたしをギュッと抱き締めてくれた。
本当に大好きだったよ、と言うときのヒョンスンオッパの表情が、なんとなくテグンと重なって。
思わず涙が出て来そうになる。

それをグッと押し殺して、ヒョンスンオッパの顔を見上げた。
次は、わたしの番。



「…わたしも最初はウギョルがすごく嫌だった。だけどヒョンスニオッパは少しのことも気を遣ってくれて、放送事故になりそうなことも全部防いでくれてすごく嬉しかったし、わたしもウギョルが楽しかった…。あんまり…話すことも得意じゃないけど、本当にありがとう。オッパが大好きでした。」



ほろり、と頬を伝う涙。
恋愛的感情は無いにしろ、やっぱりこうして普通よりも深い接し方をしていたら、情は湧いてしまう。

背中に回るオッパの腕と同様に、わたしもオッパの背中に腕を回す。
泣かないで、と言いながら、オッパはわたしの髪の毛にキスをした。

ふと顔を上げると、ヒョンスンオッパはにっこりと優しく笑みをわたしに向けて、突然横抱きにしてくる。
え?、と慌てているわたしを無視してヒョンスンオッパは、こんなところで泣いたら神様に怒られちゃう、と言いながら外へと走り出した。

いや、こんな状況で走らないで…!
怖いんですけど…!



「なまえ、僕たちはもう恋人じゃなくなるけど、これからもずっと友だちだし、愛しているから。」



ヒョンスンオッパが立ち止まったのは教会の前。
わたしを横抱きにして、わたしよりも低い位置でそんなことを告げた。

愛しているから。
その言葉はそれこそテグンに言われているのと同等なものを感じてしまい、少し戸惑ってしまった。

だけどヒョンスンオッパはわたしのそんな戸惑いを隠してくれるかのようにわたしをゆっくりと降ろして、これが約束のキスね、と呟いてから額にキスをひとつ落とす。
一瞬驚いたけど、きっとキスに戸惑っていたことを察してくれたんだろう。
最後までこうして気遣ってくれるヒョンスンオッパは、やっぱり優しい。



「わたしも…愛しています。」



ヒョンスンオッパに返すように、わたしもヒョンスンオッパの額にキスをひとつ送った。
するとヒョンスンオッパは満足そうに微笑んで、またわたしを抱き締める。
その腕に対して戸惑うことなく抱きしめ返すと、そのまま収録は終了した。

…うーん、最後がこんな感じで、良かったのかな?
ヒョンスンオッパは終了の言葉を訊いて、ゆっくりと身体を離す。
またいつか仕事でね、と微笑んだヒョンスンオッパは、今まで見てきた中で一番綺麗だった。



ウギョルが終わったから、今日の仕事はもう終わり。
思わず泣いちゃったから落ちたメイクを整えて、マネージャーの車が迎えに来るのを待つ。

マネージャーの車を待って5分ほど。
ポンッと肩に衝動を感じたと思ったらそこにはヒョンスンオッパが居た。



「なまえ、ちょっと良い?」

「あ、うん…。」



マネージャーが来るまでには、早くともあと10分は掛かるだろう。
ちょっと良い?、とヒョンスンオッパに言われて、ヒョンスンオッパと近くのベンチで話すことになった。

楽しかったね、とか、最後に泣くとか反則でしょ、とか。
そんなことをつらつらと話す。

それに相槌を打っていると、急にヒョンスンオッパが真剣な表情になった。
ヒョンスンオッパ?、と声を掛ける前に、ヒョンスンオッパがわたしの言葉と言葉を被せてくる。



「僕、本当になまえが大好きだったんだ。愛しているから、っていうのも嘘とか番組向けのコメントじゃない。」

「え…?」

「僕はなまえが本当に好きです。本当の恋人になりたいくらい。」



ヒョンスンオッパの突然の告白に戸惑ってしまうわたし。
この前のカムバックのも冗談じゃなかったんだよ、と言われて、さらに心臓がバクバクと鳴る。

どう答えたら良いんだろうか。
テグンの存在は秘密だし、かと言って嘘が下手なわたしが、上手い具合に断れるはずもないし…。

どうしよう、と思っていたら、ヒョンスンオッパがわたしの頭を優しく撫でて来た。



「あともうひとつ。黙っていたけど、なまえがレオくんと付き合ってること知ってたんだ。」

「え…っ、あの、それ…っ。」

「知ってて告白してごめんね。でも言いたくて。あ、レオくんとの関係は秘密にしておくし、僕以外は誰も知らないから安心してね。」

「あ、その…。」

「困らせてごめん。これが最後。本当にありがとう。愛してたよ。」



ヒョンスンオッパから告げられたのは衝撃的な一言。
他の人にもバレたら、と思ったけど、僕以外にはバレていないから、というヒョンスンオッパの言葉で安心する。

愛してたよ、というヒョンスンオッパは、なんだか今にも泣きそうで。
一瞬だけ、動揺してしまった。

ヒョンスンオッパを思わず抱き締めそうになったとき、携帯が鳴り出す。
どうやらマネージャーが此処に到着したらしい。
ヒョンスンオッパを置いて行って良いのかな、と思ったけど、迎えが来たなら行っておいで、とヒョンスンオッパに言われて行くことにした。



「ヒョンスニオッパ、ごめんなさい。気持ちには応えられないけど…こんなわたしを好きになってくれて、本当にありがとう。」



最後にちゃんと、断って。
そしてマネージャーの元に向かった。

わたしがヒョンスンオッパに背中を向けてからヒョンスンオッパが泣いていた、ということ。
それはなんとなく、気付いていた。
鼻をすする音が聞こえたから。

ヒョンスンオッパ、ありがとう。
こんな難しいわたしのことを、好きになってくれて。
愛してるって言ってくれて。

わたしもヒョンスンオッパのこと、人としてだけど…愛していました。
またね、オッパ。






(もしもし、テグナ?)

(…なまえ?)

(うん…。ウギョル、終わったよ。)

(そうか…。お疲れ様、なまえ。)

(ありがとう。)

(もう少しで落ち着くから…。)

(うん、会おうね。…会いたい。)

(………俺も、会いたい。)


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