甘い蜜を頂戴
ずっとずっと、忙しかった。
だからずっとずっと、わたしは寂しかったんだ。
でも、寂しいからと言って仕事が減るわけでもない。
苦手なカメラに向けて、ずっと笑顔を浮かべなきゃいけないのは、わたしにはとても辛いことだった。
忙しいのは、わたしだけじゃない。
あっちも忙しいし、こっちも忙しい、すれ違いの日々。
そんなわたしたちを辛うじて繋いでくれるのは、ひとつの電子機器。
ああ、ほら。
この世で最も愛しい彼の声が、携帯から流れ出した。
「ヨボセヨ。」
『…ヨボセヨ。』
無口な彼と、無口なわたし。
そんなふたりが電話でなにを話すんだよ、と前にデヒョニから言われたけれど、わたしたちの会話なんてものはほとんど無く、むしろ無言の方が多い。
だけど、ヨボセヨ、の一言。
それから、たまに交わる会話が、わたしを元気付けているのは間違い無く。
好きだなぁ、と、酷く安心させられるとともに、実感させられる。
今だって、最初のヨボセヨ以外、会話は出て来ない。
だけど彼もわたしもそれで満足しているから、電話を切ることも無いんだ。
『もうちょっとしたら、落ち着く。』
「…うん。わたしも、もうちょっとしたら落ち着く…かな。」
『お互い落ち着いたら…、会おう。』
「うん。」
訊いてるだけだと、わたしたちの会話は素っ気ないものなのかもしれない。
でも、あまり話さない者同士、ここまで会話をするということは、どんなにお互いが頑張っているか。
…いや、恋仲で頑張って会話、というのは少し変な気もするけど…。
でも、こんな小さな、素っ気ないような会話で充分なんだ。
むしろ充分過ぎるほど、幸せや癒しを貰っているような錯覚さえする。
わたしも彼も、まだ仕事は残ってる。
一言二言会話を交わしてから切られた電話には、ツーツー、という無機質な音しか残されていない。
−−−頑張って来るね。
その意味を込めて、手の平よりも大きなその電子機器に口付けた。
(なまえ、そろそろ行くよ。)
(…はい。)
(あら、今日はご機嫌ね。)
(話しましたから。)
(ふふ。それは良かった。)
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