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「――それで旭は死んだのさ」

酒を煽り告げて、前にいる二人を見やる。どう頑張っても似ていない、親子ほどに年が離れた二人は、しかし俺の話を聞いて同じ動作をした。真面目に自分が口にした話を聞いて、続きはないのかと目を輝かせている。

「残念ながら、安室さんに聞いただけなんでね。これ以上のことは知らねえよ」
「…ホォー?」

家に着いて勝手知ったるとでもいうような素振りを見せた安室さんは、俺にリビングに行くよう言って奥へと進んでいった。
取り残された俺と、出迎えてくれた青年は大人しくリビングへと向かい、そこで本を読みふけっていた子供と合流。安室さんが帰ってくるまでの時間をつぶすためにさっきのような話をしたというわけだ。

推理好きな二人には残念だが、この話は推理をするようなものでもない。ただの事実としてあった話だ。
黙りこくった二人を前に手持ち無沙汰になって、目の前に置いてあった酒をグラスに注ぎ入れた。二酸化炭素の抜けきっていないコーラで薄めてから口元に運ぶ。

「あっ」

ドアが開く音がして、大声がリビングに響き渡った。

「あなた、まだ未成年でしょう!飲んじゃだめですよ!」

動きを止めた一瞬で手にしていたグラスが奪われる。鮮やかな手つきで酒を奪ったのは安室さんだった。
安室さんは家に置いていたらしいかわいらしいエプロンを身にまとっていて、左手には人数分のコーヒーが乗ったお盆を持っていた。見る人が見れば変な趣味があるハウスキーパーみたいだなと思った。

「沖矢さんもお酒は控えてください、この人すぐに手を伸ばすので」
「そうしたいのは山々だったんですが、ちょうど僕が飲まないものに手を伸ばしていたので、つい」
「…僕でよければ貰っても?」
「ええ、ぜひ」

呼ばれた青年、沖矢昴はその言葉に快くうなずき、俺が開けたばかりのウイスキーを安室さんに差し出した。子供がこっそりバーボンを下のほうの棚に片していた。
安室さんがコーヒーとグラスを置いた瞬間を狙って手を伸ばす。

「あっ」
「…ぷは、」

一気に飲み干して爽快感を感じてすぐ、頭に物理的な衝撃を受けた。

「飲むなよ馬鹿!」

どうやらコーヒーを運んできたお盆で叩かれたらしかった。角だったら間違いなく死んでいたと思う。
恨みがましく安室さんを睨み付けると、彼は「あと二年の辛抱ですよ」と言い切った。二年は長いと思うんだがどうなんだ。

「アンタは頭が固い、ケチだ」
「は?」
「まあまあ、二人とも落ち着いて。今日はどういったご用件ですか?」

険悪になりかけた俺たちを沖矢昴が軽くいなし、すっかり忘れていた用件を尋ねてくる。
そうだった、と、安室さんから持たされた鞄から一冊の本を取り出してテーブルに乗せた。"旭"からの預かりものだ、と、タイトルが英文のそれを押し出せば、子供は見覚えがなかったらしく首をかしげていた。

「これは…」
「相談に乗ってくれた礼だとさ」

用件はそれだけだった。"旭"が安室さんに託した本を届ける、ただそれだけ。
俺は安室さんがくるからという理由で引きずられてきた無関係の人間で、本来ならこうして二人に出会うこともなかったろうと思う。

安室さんは俺の世話役兼監視役だ。
俺が出かけるのなら安室さんもついてくるし、よほどのことでなければ安室さんの用事にも俺が付き添わなくてはいけない。そうでなければ家で軟禁されていたことだろう。安室さんはそれを望まない。

手を付けないというのも失礼だと思い、熱を持て余したままのコーヒーを一気に煽った。アルコールの吸収を促進させるのはスポーツ飲料だったか、もうよく覚えていないが。
ひらりと挨拶代わりに手を振って立ち上がると、本を見つめていた子供がふと顔を上げて俺のほうを向いた。

「ねえ、お兄さん」
「おじさんでいい。どうした?」
「なんで"旭さん"は、SISから真っ黒な組織に入ったの?」

空気が凍る気配を見せた。
誰にも、本当に誰にも話していないことを、この子供は知っていた。

突き刺すような視線が向けられたことには気づかないフリをした。別にばれてもいいと考えていたし、根掘り葉掘り聞かれれば答えた。聞かなかったのは向こうなのだから。

「さあ?」

子供の戯言としてとるつもりはなかった。子供がなんでそんなことを知っていたのかはわからないが、知っているのであればよほど"旭"のことが気になっていたんだろう。もっとも、俺がこの話をしたのは初めてだったが。
死んでしまった"旭"の本当の気持ちを知ることはない。行動理由なんてもってのほかだ。しかし、きっと予想はできる。

「そこに神様がいるとでも思ったんだろうな」

なあジン。

心の中でその名を呼んで、もう二度と会えないという現実を噛みしめる。
"旭"は書類上では死んでいるが、実際にはまだ鼓動を刻み続けていることを、きっとあいつは知る由もない。それがどうにも残念で歯がゆい。
けれどもう仕方ないのだ、あれは死ぬ道を選んでしまったのだから。

組織に入る前のあの日、死んでしまうと思った"旭"を助けてくれたのはジンだった。
恩を感じて"旭"は組織に入りジンの隣に立った。部下として、戦友として…彼に命を捧げる覚悟をして、そして望んだとおりにジンを庇って"命を落とした"のだ。

そして、俺を助けてくれたのは…――

「もう帰ろうか、バーボン」

自分が予想していたよりも柔らかい声が出た。質問してきた子供も、様子を見守ってきた沖矢昴も動けない状況で、安室さん…バーボンは、ぽかんと呆けた顔をしていたが、それから程なくして自分の分のコーヒーをかっさらった。
飲み終わるまでの数秒の間に、沖矢昴にまた遊びに来ることを告げる。監視が緩くなった時にでもまた酒を酌み交わせたらいい。

「その名で呼ぶなよ、旭」

ゴト、乱雑に置かれたコーヒーカップの隣でベビーフェイスが不敵に笑う。
手にされたブラックニッカが瓶の中でちゃぷりと揺れて、俺はあの日を思い出しつつ笑みを返すのだった。

fin.

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