α

任務は、予定では成功した。
成功したはずだった。

目を閉じると今でもフラッシュバックする光景。人が死んでいく瞬間。崩れ落ちる旭の姿は、自分の心を酷く揺さぶった。
倒れた旭に慌てて駆け寄り、脈を確認した。浮き出た血管から感じる鼓動は酷く微弱なもので、救急車を呼んでも間に合わないかもしれないと、心に焦りが生まれた。それでも希望は捨てたくなかった。

旭の時間稼ぎのせいで逃がしてしまったジンを部下に追わせ、風見に指示を任せて携帯を握った。
飲んだ毒薬の詳しいことはわからない。カプセルものだったから、胃で消化される前に取り出せばなんとかなるだろうか。そんな馬鹿らしい考えさえ浮かんだが即座に打ち消した。毒が回る体に胃腸の手術なんて自殺行為だ。

「旭…!」

震える指でボタンを押す。
組織の新薬、証拠が出ないとされる薬と言っていたか、そんなものを飲んだと普通の病院に訴えられやしない。こっそりとコネクションで得た医者に見せるしかない。

混乱している頭で打った電話番号、祈りにも似た気持ちで携帯を耳に当てた。コールの音がやけに長く感じる。
出る確率は低い。相手は忙しなく患者を診て回るような人間だ。期待と絶望が同時にやってきて気が狂いそうになる。もし誰も出ずにコール音が途切れたら、そのとき旭は間違いなく命を落とす。

まだ医療に精通していない自分がそうとまで言うのだ。旭の容態はかなり悪かった。呼吸も、虫の息という言葉が生ぬるく思えるほど細い。
助かるかもわからない。きっと助からない確率の方が高い。それでも、どうしてもこの電話を切ることは出来なかった。スコッチの密告の件も、最後の言葉の意味も、今はどうでもよくて。
数コールの後、おっとりとした声はこちらに用件を伺ってきて、俺は一も二もなく叫んだ。

「旭を助けて」

まもなく旭を運ぶための担架がやってきて、それから、それからそいつは、


―――
――――
旭と出会った当初、自分はそいつに対して「なんだこいつ」という感想しか抱いていなかった。
だってそうだろう。挨拶をしてこいと蹴り出され、唯一開いてある扉の向こうを覗けば、そこでゆったりと仕事をしているのだ。しかも一人で、当たり前のように無言で。
通る人間のほとんどが萎縮していて、自分も不気味だと思ったのはよく覚えている。

ドアを開けている理由を本人に聞けば「信頼性が増すと思った」と返してきたんだろうが、結局それを直接聞いたことはない。聞く必要もないと、そう思っていた。

旭は意外にもウマが合った。

好きなもの、苦手なもの、任務に関するもの。
様々な話をしたが、旭は本当に普通の人間だった。組織に所属しているとは思えないほどに穏やかで、礼節をわきまえていて相手を尊重してくれる。旭は自分の心をゆっくり溶かしていった。

最初からスリーマンセルで組まされていた自分、ライ、スコッチの中に、時折旭が組み込まれるようになった。
彼は普段は部屋にこもりがちだが、たまに体を動かしたくなるらしい。お守りをしてやれとジンに言われて、それから旭のところへ向かう頻度が増えた。
思えばジンも旭のことを気に入っていたんだろう。からかい混じりに旭へと質問を投げると、ジンとは友人だ、なんて気安くそんなことを言っていたから。

四人で行動しているときは心が穏やかだった。法に触れるギリギリのことをしでかしても、それはただの日常のスパイスみたいだった。
確かにライと自分は犬猿の仲で、顔を合わせるたびに喧嘩ばかりしていたが、それでもなんとなく、このやり取りは、ほっとすることの一つであるかのように思っていたのだ。

最初は、スコッチがいなくなった。
次に、ライがいなくなった。
僕達四人は二人になってしまった。

僕は旭に依存した。
せめてこいつだけは消えてくれるなよと願った。僕の周りの人間はほとんど三途の川を渡ってしまうから。これ以上誰がいなくなるのかを考えると夜も眠れなくなる。
夜に怯える自分は滑稽だと嘲笑した。黒の組織の人間が、まさか夜を嫌うなんて思わないだろう。

ある日、酒に溺れてふわふわとする素振りを見せて、彼を公安に誘った。いつもよりゆったりとしたペースの彼は、それも悪くないな、と、返事を保留にした。
保留と言われながらも、来てくれると思っていた。僕達は親友だったから。組織と警察が相容れないと知っておきながら、僕は友情の上にあぐらをかいた。


旭は毒薬を飲んで死んでしまった。

僕は組織で一人になった。