線香花火


夏も終わりに近付いて、夜は少し肌寒い。
そんな時期に飛び込んできたのは、「余った花火を使いきりたいから遊びにおいで」なんて、取って付けたような理由の誘い文句。
断る理由はなかった。
ラインの差出人である綾さんは最近、長年連れ添った彼女と別れたばかりで、きっと寂しいのだろうから。
わたしはバルコニー(と言えばおしゃれだけれどベランダの方が正しいかもしれない。そんな場所)でしゃがみこみ、線香花火を眺める。
小気味良い音を立てながら細やかに色を散らす線香花火の火種が、ぽたりとバケツの中に落ちた。

「綾さん」
「んー?」

綾さんは隣でウィスキーを飲んでいる。静かな空間では、グラスに浮かぶ氷がぶつかるカラカラとした音が響いた。

「なんで別れちゃったんですか」

弾かれるようにわたしを見る綾さん。
その目元は、薄化粧が施されているのにも関わらず、赤い。
酔いが回る頃を見計らった上での質問だった。

「……気になる?」
「はい」

素直ね、と溜め息混じりに吐き出された。綾さんはグラスを傾けて残りのアルコールを一気に流し込んだ。珍しい。いつもは、こんな飲み方はしない。
わたしには好都合だけど。

「私が、あの子に釣り合わなかったの」
「そんな、お似合いだったのに」

事実、ふたりはバリバリのキャリアウーマンでモデル並みに美人だって評判の、完璧なカップルだった。お似合いすぎて、女同士の恋愛ってことを問題に思わせないくらいだった。
破局を知った周囲はこぞって残念がっていた。

「似合うように、努力したからね。でも彼女は、努力しなくても魅力的なのよ、ずっとずっと上にいて誰からも愛されるような、」

綾さんは、自身の濡れてぽってりとした唇を拭う。見慣れない荒々しい手付きに何故か胸が高鳴った。
そう言えば、レズビアンだとは聞いているけれど、セックスの時受け身になるのか、はたまた逆なのかは、知らない。

「女として負けを感じちゃった」

その言葉は、綾さんから別れを告げた事も同時に教えてくれた。

「わたしは、彼女さんより前から綾さんと付き合いあるでしょ?」
「うん?」
「彼女さんに会う前から、綾さんは魅力的だと思ってたよ。ずっと」
「……そんなお世辞言ってくれるようになったんだね」
「お世辞なんかじゃ、」

 ない。

伝えたかった言葉は、儚げな綾さんの張り付けたような微笑みに制されて、呑み込んでしまった。
わたしは、見えない線引きをされていることに気付く。すると途端に、居堪らない思いが込み上げて、視線を落とした。
そこには、
使ってしまった線香花火の束が、バケツの水にゆらゆらと虚しく浮かんでいた。




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