danger


ガラガラと音を立ててドアを開けると、勉強していたらしい何人かの生徒が顔を上げた。
まあ、すぐにそっぽ向かれちゃうんだけど。

図書室。
本棚とテーブル席が並ぶ独特の空間。
静かにしなきゃいけないって雰囲気。古臭い本の臭い。小難しそうな活字。すべて嫌いだ。
……相変わらず場違い感半端ねえ。

自分でゆーのもなんだけど、私はおとなしい方の人間じゃなくて。学食で友人とギャーギャー騒ぐのが楽しいと思ってるタイプ。逆に、単独行動は寂しくなるから苦手だ。
休み時間に図書室に籠ってる奴等なんて、ネクラなガリ勉か、はたまた静かな場所で眠りたい体たらくか。自分とは系統正反対のやつらばっかでつまんない。
そんな私が、此処に通う理由はただひとつ。

カウンターで分厚い本を読んでいる図書委員。江島弥生。
同じクラスで、誰かと話してるとこは見たことない。
重めの黒髪に、化粧っけのない薄い顔。規定通りのスカート丈。どれをとっても陰気臭いしモテないだろうなって感じ。
私のグループでアイツは笑われていた。
絡み難くね?って。

『でもさー、江島さんの変な噂聞いたことあるよ』
『噂?』
『そうそう。信じらんないけど……』

友達が話したその噂は、私の興味をそそるものだった。





「授業始まっちゃいますよ、加藤さん」

は、と我に返る。
どうやら私は窓際の席でケータイ触りながら寝ちゃってたらしい。
ケータイは思いきりテーブルの上にぽーんと投げ出されてて。
没 収 さ れ る フ ラ グ 。
恐る恐る傍らに立つ人影を見上げると、センセーじゃなかった。
むしろ、私が此処に通う理由の。

「……江島さん、私の名前しってんの?」
「同じクラスじゃないですか」

江島さんは少し呆れた様子で言った。女の子らしい、か細くて高めの、可愛い声だった。
しかし脚、ほっそいな。
寝惚けた頭で間抜けなことを考える。
いま図書館に残っているのは私たちだけらしい。

「学校はケータイ持ち込み禁止です。では」

ぼーっとしたまま動かない私に業を煮やしたのか。江島さんは呆気なく踵を返して離れていこうとしたから、
反射的に腕を掴んで引き留めていた。

「なんですか」

他人をバカにした、冷たい瞳。
彼女は黒縁の眼鏡で誤魔化されてはいるけれど意外とつり目がちで、勝ち気に見えた。

「ちょっと噂で聞いたんだけど。江島さん、あそこにピアスあけてるってホント?」
「あそこ、って」
「アソコ」

直接的な表現を口にした途端、
江島さんは驚愕を露に、大きく肩を震わせて、目尻を赤らめた。

(こんなくだらないネタで動揺してくれるなんて!)

なんて気分が良い事だろう。
正直、私だってこの話を信じちゃいない。
こんな根暗が性器にピアスとかあり得ないもん。根も葉もない噂に決まってる。
サイテーって、一発平手打ち食らうかもしれないけど。からかえたらなんでも良かった。
一人ぼっちで平気なふりをしてる優等生に、赤っ恥をかかせたかった。

それだけだった。
はず、が。

いつの間にか、眼鏡越しに濡れた眼差しを向けられている。

「ホントですよ」

ヤバイ。
腕を捕らえていたのは此方側だったのに。
気づけば私の指先が、江島さんの唇に甘く食まれている。
ちゅ、と湿ったリップ音が響いた。
あざとい上目遣いのまま。爪の間まで丁寧に舐める、赤い舌。
くすぐったいような、緩やかな快感に襲われる。

脳内では、警告が鳴り止まない。
今すぐ彼女を振り払え。
これ以上踏み込んだら、危険だ。

「……なんて、言ったらどうします?加藤さん」

私は、
こんな色香を纏う江島弥生なんて、知らない―――。




キーンコーンカーンコーン。
頭上では授業開始のチャイムが鳴り響いていた。
図書室で非日常を味わっている私たちを、置き去りにして。




ALICE+