仕合わせな負け犬


ピンポーン、とチャイムが鳴った。時刻は一時十六分。立派な深夜だった。
私は風呂上がりで、キャミソールとショートパンツというラフな格好で玄関へと向かった。覗き穴も何も見ずに、ドアノブを捻る。
この時間にフリーの女の家に来るような非常識な人間は、安易に想像できたからだ。

「久しぶり」

当たり前のようにニコリと微笑浮かべた彼女ーーリオは、数年前掲示板の割切りで知り合って一夜を過ごした相手だ。

「いま何時だと思ってんの」

私が口だけで文句を唱える間に、彼女は華奢な体で玄関の狭い隙間を掻い潜り、部屋の中へと無理やり入ってきた。そして私の胸元に「これ、プレゼント」と紙袋をいくつか押し付けて来る。
サマンサ、ヴィトン、グッチ、ヴィヴィアン、4℃の紙袋である。私はどれどれと中身を探った。

「あ、これ私が狙ってたやつ」

どれも新作のバックやアクセサリーだった。

「でしょ。好きそうだと思ってさ」
「ありがとう」

遠慮なくもらうことにした。
さっそく、バックを肩にかけて玄関の全身ミラーの前でポージングしてみる。ぶ、と笑い声が聞こえた。
ツッコミはいらない。我ながら思ってたところだ。この格好にハイブランドはないな、と。

彼女は深夜の下ネタが多いバラエティー番組を見て腹を抱えて笑っていた。
私は二つのティーカップにハーブティーを注いで、テーブルに並べる。

「それでこれ、どうしたの」
「んんーとねえ、葵ちゃんと、美菜ちゃんと、百合ちゃんと、はるちゃんと、ひめかちゃんにもらった」

よくもまあツラツラ名前が出てくるものだと感心した。
リオは、女たらしだ。出会いはビアンバーだとか、掲示板だとか、ナンパとか様々らしいけれど。常に女の子を口説いて、高いブランドものを貢がせている。
そして、その貢物はいつも私に回ってきた。使わないからあげる、と。
彼女は、別にブランドものが欲しいわけではないらしかった。
目的はただ一つ。
『レズビアンに復讐したいーー』
リオはぞっとするような声で話した。

「私、中三のときレイプされたんだよね、女に。処女だったのに指三本で喪失した。そんなサイテーなことってある?」

世の中、男が女に暴行、はよく問題視されているけれど。性欲がある以上、同性相手に強姦も、あり得る話だ。
確かにリオは変にモテるのも頷ける、レズビアンに好まれそうな風貌をしていた。ショートヘアで、華奢で、服装は中性的。ナチュラルメイクは完璧だった。
私も彼女の一番好きなところは其のルックスだった。セックスも下手ではなかった、ような気がするけど、昔の事で覚えていない。なんせ、一回限りだ。
ちなみに私は、リオからブランドものをもらったことはあっても、あげたことは無かった。
強いて言えば、夜にハーブティーと寝床を与えるくらいだった。

「私は復讐の対象じゃないの?」
「だって貴女バイでしょ、レズビアンじゃない」
「それだけ?」
「うん」
「いつか刺されるよ」
「刺されて死んでも、貴女が葬式に来てくれたらいい」
「かわいそうな子」

本気で憐れんでリオの髪を撫でると、泣きそうな顔をして笑った。


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