多分昔から好きだった
夏の終わりは、いつも非情だ。
審判の声と歓声。塊になって勝利を喜ぶ相手チームを、呆然とした表情で見つめるチームメイトたち。
整列にやってきた沢村は、目からぽろぽろ涙を零していた。汚ねーな、鼻水は拭けよ。
空を見上げた。気持ちとは裏腹に、空は憎らしいほど透き通っている。
そんなに泣くなよ、お前には来年があるだろ。
*****
甲子園から東京に戻る新幹線が、もう横浜にさしかかるという頃、スマホに一件の通知がとどいた。地元の人間で、多分唯一くらいまともに連絡を取っている、幼馴染の女。
慰めや同情の言葉のない『おつかれ』のシンプルな一言のLINEに、おうと返す。すぐに既読がついた。
『今週末あたりとかって帰省する?もしするなら、土曜日付き合ってよ』
頭の中で今後の予定を反芻した。確か3年って、甲子園終わってからはちょっと長めに帰省する先輩多かったよな。今後の進路も親と相談しねーとだし…
『多分帰る。』
『じゃあ土曜の18時に駅ね。』
了解のスタンプを送って、新幹線下車の準備をした。
青道まで帰ってきて、部屋でひとりベッドに寝転がる。こういう時に限って騒がしい沢村はいなくて、多分浅田が気を遣って連れ出してくれているんだろう。
目を瞑った。ゲームセットの瞬間を思い出す。
悔しかったはずなのに、涙は出てこなかった。
*****
電車に揺られていると、次第に懐かしい景色が広がってきた。ゆっくり帰るのはいつも正月だけだったから、夏の地元は一体何年ぶりだろうか。まるで時が止まったかのように変わらない地元の姿に、つまんねー場所だと心の中で一人ごちる。
母一人子一人(ついでに祖父一人)の環境で親元を離れて、家族が心配でないとは言わない。が、今後も野球を続けていくことを考えると地元に戻ってくるってのはやっぱナシだな、と自分を納得させた。幸い、ジジイもババアも元気だし、応援もしてくれてるし。
地元の駅に降り立った。足は当然のように道を間違えずに自宅へと動いていくが、この地元の風景に覚える懐かしさも、次第に薄れていくのだろうか。
帰宅してから、そうだ今日はあいつに呼び出されていたんだと思い出した。時計を見ると17時半を指している。やべ。
夕飯いらね、と言いながら出かける準備をした。ほぼ腐れ縁のあいつに会うだけなのだ、お洒落をして行くような関係ではない。財布とスマホをポケットに突っ込んで、そのまま家を出た。
珍しく、地元の駅が混在している。ヨーヨーや金魚を持った子どもやカップルが目に付いた。駅の反対側には出店が並び、賑やかな雰囲気を醸し出している。
もしかして、と駅舎に貼ってあるチラシを見ると、今日は地元の花火大会の日だった。なるほど、これに来たがってたのか。
あたりを見渡すが、あいつはまだ来ていない。18時っつったのにおせーな!!来たらタイキックだ、と憤慨しながらスマホを弄っていたら、名前を呼ばれた。
「洋ちゃん、来たなら声かけてくれたらいいのに。」
よく知った声に、おせーぞと言いながら顔を上げた。途端に、動けなくなってしまう。目の前にいた女は、数年前まで毎日みていたのとほぼ変わらない顔なのにどこか違う雰囲気を醸し出していた。
「?結構前からいたけど…気付かなかった?」
怪訝そうな顔をした幼馴染をまじまじと見る。白地に赤い花柄の浴衣は、そいつの白い肌によく似合っていた。見慣れた顔だと思っていたが、よく見ると目元はなんかキラキラしてるし唇もツヤツヤしている。
見惚れてしまった動揺を隠して、さらに声を荒げた。
「きっ気付くかよ!浴衣着てんならそう言っとけ!」
「ごめんごめん。ねぇ、私焼きそば食べたい。」
行こう、と引かれた手が柔らかくて焦る。
なんで今更、こいつにドキドキなんかしてるんだ。こんな、ただの幼馴染に。
2人並んで歩きながら、そっと横目で眺めた。久しぶりに会った彼女は、くるくると表情を変えながら楽しそうに話している。まつ毛は意外と長いし、髪も綺麗に纏められていた。何より、ツヤっとした柔らかそうな唇から目が離せない。
「ねぇ、聞いてる?」
「え、あぁ…」
不意に、ずいと顔を近づけられた。頬を膨らませて、むくれた表情をしている。つい少しのけぞりながら答えると、呆れた顔で笑った。
「もう、しょうがないなぁ。それでね…」
尚も話し続ける彼女から少し目を逸らそうと視線をずらすと、白い華奢なうなじが目に入った。瞬間、顔を真逆の方に動かす。
「洋ちゃん?どうしたの?」
「き、金魚すくい!やるぞ!」
なんとか誤魔化そうと、適当に目に入った金魚すくいの屋台に向かう。
「洋ちゃん寮なのに金魚飼うの?」
冷静にツッコミを入れられて動きが止まった。変な洋ちゃん、と笑う姿を見て、今まで抱いたことがなかった気持ちが首をもたげるのを感じた。
これは、やばい。
こいつと安易に会う約束をしたことを、今日のこのことやってきたことを今更後悔した。見知った幼馴染がこんな女になっているとは思わなかった。そして、いとも簡単に惚れてしまうことになるとも。
でも俺は大学にいっても野球漬けなわけで、そうするとなかなか会えないわけで……
「そういえば、洋ちゃん大学はどこ行くの?」
問われて、自分の進学予定の大学を答えた。すると、彼女の目が輝く。
「私もその大学にいくつもりなの!この間、推薦の合格発表がきたんだよ。」
大学は一緒だね、と微笑む彼女に、頭を抱えた。
苦難はまだ続くようだ。