君との距離の測り方

久しぶりに春市が帰ってきてるっていうのは、ママが春市ママから聞いて初めて知った。幼馴染なのに教えてくれないなんて陰険だ。反抗期だ!
学校の冬季講習からの帰りに、小湊家へ寄り道する。中学生の頃はしょっちゅう遊びに来ていたけれど、高校で春市と離れてからは来ていない。当たり前だけど。
ぴんぽん、とチャイムを鳴らすと、春市ママが出た。いらっしゃい、しばらく見ない間に美人さんになっちゃって、いえいえ春市ママもお変わりなくお綺麗で、なんて一通りの社交辞令を交わす。

「春市、帰ってきてるって聞いたんですけど…」
「あらぁ、ごめんなさいね。今ロードワークに行っちゃって…よかったら上がって待ってて?」

お言葉に甘えてお邪魔することにした。久しぶりの小湊家は隅々まで掃除が行き届いていて、相変わらず居心地の良い空間だ。お紅茶でいい?と問いかけてくる春市ママにお気遣いなく、と返す。ちらりとキッチンを見ると、なにかを作ってる最中だった。

「ごめんなさい、晩御飯の支度中でしたか?」
「ううん、おやつにケーキを焼いてるところなのよ。春ちゃんが帰ってくるの、去年のお正月以来だからつい張り切っちゃって…」

うふふ、と笑う春市ママは本当に女子力が高い。ダイニングに座って、春市ママとおしゃべりをした。学校のこと、恋愛のこと、受験のこと。

年が明けたら私たちは高校三年生になる。受験まっしぐらだ。今日も冬季講習だったと言うと、年の暮れにもかかわらず制服で現れた理由に納得した様子だ。春ちゃんもね、と嬉しそうに息子の話をする春市ママによれば、春市は青道の野球部で好成績を残しつつも学校の成績はそこそこ良いらしい。いつも弛まぬ努力をする幼馴染が眩しく、少し遠い人のように思えた。
昔は内気で引っ込み思案で、いじめられがちだった春市が。亮ちゃんと私にいつも庇われていた春市は、自分の居場所を見つけて、そこで輝いている。

子どもの頃はいつも彼の手を引く側だった私は、今はフツーの学校生活を送っている。高校に入ってから彼氏がいたことがないわけじゃないけど、受験を理由に別れてしまった。
でも本当は受験は言い訳でしかなくて、こっそり見に行った青道の試合で懸命に白球を追いかける春市の姿と彼氏を比べてしまって、勝手に幻滅したのだ。酷い話である。彼氏側も別れた三週間後には新しい女の子と付き合い始めていたので、その程度の付き合いだったのだけれど。
ガチャリとドアが開く音がした。ただいま、と帰宅を告げる声が聞こえて、春市がリビングに入ってくる。

「玄関に知らない靴あったけど、誰かお客…」

そこまで言ってから、私を見つけた彼の動きが止まった。春市の口が、私の名前の動きをする。

「春市ったら、帰ってるなら教えてくれたらいいのに。」
「う、うん、ごめん。それで、何か用事あった?」

春市は少し動揺した様子で一旦キッチンへ行って冷蔵庫を開けてから、ダイニングへやってきた。わたしの斜向かいの席に座ると、持ってきた麦茶をごくごくと喉を鳴らして飲む。女の子みたいに可愛いのに、仕草や突き出た喉仏はやっぱり男の子のもので、どきりと一拍跳ねた心臓の音には気付かないフリをした。
「ほら、中学生の頃貸した漫画覚えてる?あれ見当たらなくて、春市の部屋にあったりしないかなと思って。」
「え?うちにあったかなー…ちょっと探してくるよ。」
「じゃあ私も久しぶりにお部屋お邪魔しちゃおーっと。」

若干渋い顔をする春市は無視して、彼の部屋へ上がり込んだ。几帳面な彼らしい片付いた部屋を懐かしみながら、ベッドにうつぶせに飛び込んだ。

「ちょっと、女の子がはしたないよ。」
「いいじゃんー、冬季講習疲れたんだもん。」

春市のお気に入りだったサメの抱き枕に顔を埋める。部屋の主がこの部屋で眠る日はほとんどないけれど、微かに春市の匂いがした。

「思ってたんだけど、スカート短くない?脚冷えるよ。」
「これくらいフツーでしょ。」

寝返りを打って、お腹の上でサメを抱きしめた。その体勢のまま春市を見ると、今日初めて目が合う。

「あのね、彼氏がいる女の子が男の部屋でそんな格好しちゃダメ。」
「今いないもーん。それに、春市だし。」

べーっ、と舌を出した。ふぅん、別れたんだ。と呟くと、春市はこちらに近付いてきた。押し倒す形で私に覆い被さる。そのまま唇を押し当てられた。
びっくりして少しぽかんと間抜けに開いた口から、春市の舌が入ってきた。 何度も角度を変えながら、口腔内を荒らしていく。唇が離れたタイミングで漏れた声が、自分でも聞いたことがないほど甘ったるくて思わず赤面した。
春市は満足そうに笑うと、こつりと額をあわせた。

「こんな無防備な格好してそんな目で見つめられたら、止まんないんだけど。オレも男だって分かってる?」

そんな目って何、と声を絞り出した。

「オレの事好きって目。」

もう逃がすつもりないから、と言うと、最後にわざとリップ音を鳴らしてキスをしてからベッドを降りた。
階下から、ケーキが焼けたと呼ぶ春市ママの声が聞こえた。さっきの甘い声とは全く違う、末息子の声で返事をする。行くよ、と差し出された手をおずおずと掴むと、ぐいと引っ張られた。そのままリビングへ向かう。昔は、私よりも小さい彼の手を引いていたのに。
あ、そうそう。と言いながら、リビングに入る直前に彼は何かを思い出したように足を止める。

「今度から、試合見にくる時はちゃんと連絡してよ。この間来てた時、相手スタンドにいたでしょ。」

驚いて春市を見つめた。試合を見に行ったことがあるなんて、誰にも言ったことないのに。なんで知ってるんだろう。

「何でもわかるよ。十年以上ずっと見てるんだから。」

ほら、その顔どうにかしないと母さんに突っ込まれるよ。余裕そうな顔で、春市は先にリビングに戻っていった。頬に手を当てると、かなりの熱を持っている。ぱたぱたと手で扇いでみたが、静まる様子はない。

いったい、どんな顔で戻ればいいんだろう。






←home