かがやくベガ

恋は人を変える、というのはどうやら本当のことらしい。
いつも俺の影に隠れて小さくなっていた名前が、少しずつ色々なことに積極的になっていくようになった。
授業中、当てられてもうまく答えられないほどの引っ込み思案だったのに、頑張って少し大きな声で答えられるようになった。簡単な問題でも応用問題でも関係なく正解の答えを出す名前に、クラスの奴らは次第に評価を変えていった。それから、なんと中学のチア部に途中入部した。あんなにとろくさいのに、人見知りなのに、チア部なんてたぶんあいつと真逆の人種なのに、なんの冗談かと最初は驚いたが、意外にも長続きした。いや、意外ではない。俺に比べればとろいし牛歩の歩みだけれど、名前は諦めが悪く、粘り強く努力ができるタイプだった。擦りむき傷が増えるたび、少しずつあいつの表情が、取り巻く視線が変わっていくのがよくわかった。目立たないけれど頭の良かった名前は、教室でもそこそこ目立つ存在になっていった。

チア部に入って忙しくなったのに、学校が休みの日曜日に成宮さんのチームと練習試合があると知ると、名前は必ず付いてきた。食い入るように見つめる視線が熱い。もっとも、成宮さんをそんな目線で見つめる女子はたくさんいるのだけれど。それでも、あいつの目線だけは他の野次馬の女と比べてとりわけひたむきで、うっかりそのひたむきさに成宮さんがころっと引っかかる可能性だってあってーーー

その心配だけは杞憂のまま中一が終わり、中二になった。俺はスライダーを投げられるようになったし、身長も伸びた。ボールのコントロールだって、かなりよくなった。相変わらず成宮さんの投球はえげつないけれど、少なくとも同じ代では関東No.1だと思う。
名前の身長は、伸びなかった。昔はほとんど同じ位置だった目線が、少しずつ下向きになっていく。少しずつチア部の全体練習に入れるようになって、小柄なあいつは一番上にいることが多かった。1年生の頃はぺったんこだったチアの衣装が、ちょっとだけ山なりになった。
成宮さんとの練習試合の日のシニアの練習帰り道、見学にきた名前と並んで一緒に歩いて帰る。その度に盗み見る横顔が、少しずつ明るく、綺麗になっていった。もうほとんど、知らない女の子のような気がした。

こんなに変わっても、名前は成宮さんに話しかけたことがない。ファンらしい女の子たちがきゃあきゃあと歓声をあげながら話しかけたり差し入れを渡したりするのを、じっと見つめるだけなのだ。行けばいいじゃん、もしかしたら成宮さんの目に留まってうまくいくかもしれないじゃないか、と背中を押してやりたい気持ちと、行って玉砕するか、或いはそのまま静かに諦めてくれればいいのにと思う気持ちが相反しあって、矛盾を抱えていた。
成宮さんは、当たり前だけど俺たちより1年早く、稲実に推薦をもらっていると風の噂で聞いた。あの代の有力な選手たちは、例えば丸亀シニアの白河さんとか城南シニアの神谷さんとか、わりとみんなが稲実に行くらしい。江戸川シニア御幸さんは青道に行くとか。稲実に誘われたけど蹴ったらしいとか聞いたのは、本当なんだろうか。どうでもいいけど、西東京激戦でヤバそう。どうぞ好きに潰しあってくれ。

かくいう俺は、東東京の帝東高校に声をかけてもらっていた。推薦確実、というわけではないけれど、この先問題さえ起こさなければ決まるだろう。東東京の強豪校だし、不足はない。
そういえば、名前は進学先はどうするのだろう。うちの学校は高校ないから受験になる。帝東はコースによるけれど、スポーツ科以外の偏差値はどこもなかなか高い。だけど、あいつは頭もいいから、入試突破に問題はないだろう。チア部、結構レベル高かったはずだし。誘ったら、来るだろうか。

「ねぇ、太陽」

ふわり、と笑った。成宮さんの話をするときは、いつもこの笑い方をする。可愛いのに、ムカつく。

「太陽は、成宮さんがどこの学校行くか知ってる?」
「稲実って聞いてるけど。」
「イナジツ?」
「稲城実業。」

あぁ、と得心がいった顔をした。うーん、と考えこむ。

「稲実かぁ…結構偏差値高いよね…。いけるかなぁ…。」
「いけるかなぁ、っておまえ、」

この先は聞きたくないような、聞いてはいけないような気がした。

「せっかくだから、成宮さんと同じ学校行きたいなって思ったの。」

そしたら、チアで応援できるしね!
拳を空に突き上げるポーズをする名前なんて、数年前に誰が想像できただろうか。
辞めとけよ、帝東にしとけよ。帝東なら、合格圏内だろ。そんな言葉が喉元まで出てきたけれど、「受験勉強頑張らなくちゃ」と張り切る名前を前にして、そんなことが言えるはずもないのだった。






←home