バレンタインデーキッス



 「ん〜…いい匂いする…」

 今日は2月14日、バレンタイン。毎日忙しくしてる傑くんのリクエストでガトーショコラを作る事になり、いつもより早起きしてキッチンに立っていた。
 甘いものが得意ではない傑くんの為に用意したのはビターチョコ。ボウルの中で溶かされたチョコを指で掬い1口舐める。ほんのりとした甘さとカカオの風味が鼻から抜け、濃厚な味わいが口の中に広がる。
 これなら傑くんも食べれそうだ。

 別のボウルで作ったメレンゲを少量ずつ入れ混ぜていく。気泡を潰さないように、レシピにそう書かれていたのを思い出し慌てて切るようにゴムベラを動かす。生地をケーキの型に流し込みトン、トンと2回ほど落とすとプツッと表面に小さな穴が空き空気が抜けたのが分かる。
 このひと手間が大事らしい。

 予め温めておいたオーブンに型を入れ、タイマーを20分にセット。スタートボタンを押し低い音を立てオーブンが動き出したのを確認して使った調理器具を片付けていく。チョコレートを溶かしたボウルはお湯を入れて暫く放置しておこう。
 そんな事をしてるとパタパタとスリッパの音が聞こえ振り向く前に後ろから抱きしめられる。顔だけ後ろに向けるとそこには寝起きの傑くんがいた。

 「傑くん、おはよう」
 「ん…おはよ。朝から何してるんだい?」
 「今日バレンタインだからガトーショコラ作ってたの」
 「あー…今日か、バレンタイン。すっかり忘れてたよ」

 リビングに飾ってあるカレンダーを見てなるほど、と頷く。

 「リクエスト応えてくれたんだ?」
 「もちろん!」
 「楽しみだなぁ…焼き上がりまであとどれくらい?」
 「まだ15分くらいは掛かるかなー?」

 オーブンを覗き込む顔は興味津々といった様子でくすりと笑みが溢れる。うん、頑張ってよかった。
 今までお菓子作りは数える程しか経験が無かった。料理なら目分量でも何とかなるけど、お菓子作りはそうもいかず、最初は焼きすぎたりして失敗の連続だった。それでも傑くんが喜んでくれるなら…その一心で何度も練習を重ねた。

 …おかげでちょっと太っちゃったのは内緒だけどね。

 「じゃあ、わたし片付けちゃうから座って待ってて?」
 「んー…もう少しこうしてていいかい?君の邪魔はしないから」
 「いいけど…疲れてない?昨日も遅くまで任務だったでしょ?」
 「だからこそだよ。私の疲れは名前に触れてるだけで癒されるからね」
 「そうなの?」
 「最も、君を可愛がってる時が1番の癒しだけどね」

 お腹に回っていた手がスっと下に降り下腹部を撫でられる。その手には明確な意志がこもっていてさらに下に伸ばそうとするからペちっと叩く。
 手をひらひらと振りながら「痛いなぁ」と言う割には表情は解けていていつものかっこいい傑くんは鳴りを潜めている。

 「もぉ!イタズラする子にはあげないよ?」
 「ふふっ、すまない。大人しくしてるよ」

 再度お腹に腕がまわり離れる気は無いようだ。
 正直、動きずらさは否めない。けど、朝から好きな人とくっつけるのは嬉しかったりする。
 気分が良くなりふふん、と鼻歌を歌ってると傑くんがブロックチョコが入った袋を持ち上げた。

 「これは?余ったチョコかい?」
 「うん、間違えて1つだけミルクチョコレート買っちゃって…。そのままでも食べれるからおやつにしようかなーって思って」
 「へぇ…。これ、私も食べていいかい?」
 「いいけど…結構甘いよ?大丈夫?」
 「大丈夫、問題ないよ」

 袋を開けチョコを1つ摘むとわたしの口元に差し出される。意図がわからず首を傾げると耳元に唇が触れる。鼓膜に響くような声で「口、開けてごらん」と囁き薄く開いた唇をこじ開ける様に押し込まれた。

 「ちょ、…傑く、んんーっ!!」

 いきなり何、と顔を上げると顎をすくわれ上から唇が降ってくる。直ぐにぬるりと舌が差し込まれ口の中を自由に動くそれは熱を持ったようにあつい。
 コロコロと口の中で転がしながら絡め取られる舌先はビリビリ痺れ広がる甘さに頭がくらっとする。

 顔を上向きに固定されてるせいか、溶けたチョコが次々と喉の奥まで降りてくる。なんとか飲み込むも酸素すら奪われるようなキスに段々呼吸がしずらくなり、反抗の意を込めて胸板を叩いても彼は楽しげに目元を細めるだけだった。

 「っぷ…っはぁ…もぉ、…いきなりっ…なに?」
 「ふふ、すまない。ちょっと確かめたい事があってね」
 「確かめたい事…?」
 「そう、昔からチョコレートには媚薬効果があるって言われててね…」

 顎に手を添え親指で下唇をなぞられる。指先は乾燥でかさついていて少し、くすぐったい。

 「でも今のじゃ分からなかったから、」

 ――もう少し付き合ってくれないかい?

 2個目の甘い塊が唇に当たる。酸素が届ききってない頭で素直に頷いたわたしはそれを口に含む。口角に笑みを浮かべた傑くんの顔が近付いてきてその太い首に腕を回して2回目のキスを受け入れる。

 チョコレートより何倍もあまい時間はガトーショコラが焼き上がっても続いた。


※2022/02/14 Twitter掲載


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