アルコール度数5%の告白



 師走を一気に駆け抜けた年末のある日。街中はクリスマスから年末年始モードに切り替わり、飲食店には仕事納めを迎えたサラリーマンや友人との飲み会を楽しむ人々でいつも以上に賑わっていた。
 同期から飲み納めをしよう、との誘いを受け行きつけの居酒屋に足を踏み入れたがここも酔っ払いの巣窟になっているようだった。四方八方から笑い声や喋り声が聞こえ盛り上がりに応じて声量が上がっていく。扉で仕切れる個室を予約して正解だった。
 席に着くなりビールと枝豆にだし巻き、焼き鳥といつものメニューを頼み、ジョッキをかち合わせ乾杯したのを合図に近況報告から話し始めた。

◇◇◇◇

 「悟の好きなところ?」
 「そ、昔は絶対ありえないって言ってたのにどういった心境の変化があったのかって思って」
 「今更?付き合ってもう5年は経ってるよ?」
 「そうだけど、聞いた事なかったからな」

 2杯目のビールに口を付けた所でそんな質問をされた。
 目の前の彼女──家入硝子はつまみには殆ど手を付けず先程から酒を煽っている。硝子とは同期であり唯一の女子同士という事もあって高専時代から仲が良かった。

 「好きな所か…」

 枝豆を口に放り込んで脳裏に彼の姿を思い浮かべる。190を超える身長に透き通るような白髪、空のような蒼色の瞳にモデル顔負けの整った顔立ちをした男。街を歩けばすれ違った人皆が振り返ると言っても過言ではない、そんな男が私の恋人でもある五条悟だった。

 彼も同期で友人としての付き合い自体は高専からだが、当時は術式がザコ、弱っちいとバカにされ続けた。だから彼から「好きだ」と告白された時は驚いたしドッキリだと思って一度は断った。

 「何回告られたんだっけ?10回?」
 「悟曰く18回だって。最後は根気負けしたところもあるけど…」
 「でも好きになったから付き合うことにしたんだろ?」

 だし巻きを一口サイズにして口に運ぶ硝子の姿はアンニュイな雰囲気も相まって同い年なのに見ててドキドキする。

 最初の告白から3週間後に2回目の告白を受けそれ以降、化粧品の定期配送如く一定期間を開けながら告白され続けた。因みに回数は6回を超えたあたりから数えるのを止めた。
 人間は不思議なもので意としてない人間から自分に好意が向いてると認識すると、その人の事を急激に意識しだすらしい。私も見事にその術中にハマり、気付いたら彼の姿を見ると目で追ったり不意に触れる手に胸が高鳴ったりと段々惹かれてるのは自分でも分かっていた。

 そして通算18回目の告白。その日は私の誕生日で、3本の真っ白なバラを花束にして渡してきた悟はいつも以上に真剣な表情だった。

──「来年もその先の誕生日も僕に祝わせて?」

 その言葉に頷いて花束を受け取ると長い腕に抱きしめられ、嬉しそうに微笑む彼と口付けを交わしたのが私たちの始まりだ。

◇◇◇◇

 「で?」
 「あぁ…好きな所だっけ?まあ、顔はいいよね。性格はアレだけど」
 「自分の彼氏なのに言うね」
 「そこは根付いてるものもあるからね〜。あとは意外と優しいし、教壇に立つようになってしっかりしてきたし実力が確かな分、先駆者としての説得力…みたいなものもあるよね。あとは…」
 「あとは?」
 「…いや、これはいい。ちょっと恥ずかしいし」
 「そこまで言ったなら言いなよ、逆に気になる」

 いつの間にか3杯目のビールが注文されていて目の前にドンっとジョッキが置かれる。顎で飲めと促す硝子の口元は少しだけニヤついててこの状況を楽しんでいるのは一目瞭然だった。お酒の場では硝子には敵わないため大人しくビールを半分ほど煽る。
 頭がふわふわとし今日はいつもより酔いの回りが早いように感じた。最近寝不足だったのもあるかもしれないが。

 「引かないで、ほしいんだけど…」
 「うん」
 「…におい」
 「におい?」
 「うん。悟の匂いが、なんかすっごい落ち着くっていうか…しっくりくるって言うか…」
 「あー…なるほど」

 私の言葉に硝子は納得した様に頷く。高専を卒業後、術師として活動するまでの間に数か月だけ付き合ってた人がいた。学生の頃は恋だの愛だの言ってる暇もなく初めての彼氏がその人だった。とにかく優しい人で皆に写真を見せた時も硝子や傑からは「絶対に逃すな」と念を押されるほどいい人だった。
 性格もいい、デートに行く時もこちらに合わせるだけでなく自分の意見も言ってくれるような人で心の底からイイ人だなぁ…と思っていた。でも、付き合った当初からずーっと何か違和感があった。結局、術師として活動を再開したあと連絡を取れる回数が激減してしまい、そのまま自然消滅してしまったが。

 それから悟に告白され付き合うようになって違和感の正体が判明した。
 それは”匂い”だった。元彼の体臭が、っていうわけでなく、なんとな〜くこの匂い違うなって心のどこかで思っていたのが原因だったらしい。

 「香水使ってるわけじゃないのに、すごくいい匂いがして…その匂いがすき、かな…」
 「へぇー…匂い、ね」

 自分で話しながらだんだん顔に熱が籠っていくのがわかる。頭の中がふわーっとして今日は本当に酔うのがはやい。
 熱い顔を両手で覆いそのままテーブルに伏せる。目の前にいるのが硝子でよかった、悟に見られたら「可愛い〜♡僕の事大好きじゃん♡」とか言って揶揄われるに違いないから。

 「おーい、こんな所で寝るなよ」
 「ねないよー…」

 寝るわけじゃない、自分を少し落ちつかせるだけと言い聞かせて目を閉じた。瞼の裏には今朝任務に出かける彼にせがまれてキスした時の嬉しそうな顔が浮かぶ。

 …会いたいなぁ。

 ぼんやりとそんな事を考えていたら少しずつ意識が遠のいていく。やばい、寝ちゃう…。

 「――ッ!」

 意識が途切れる直前、彼の声が聞こえた気がした。



◇◇◇◇




 深く沈んだ意識が引っ張り上げられるような感覚に目を覚ます。瞼を開けた先の景色は見慣れた天井と少し甘さを含んだルームフレグランスの香りが鼻腔を擽る。
 覚醒しきらないぼーっとした頭で天井を眺めていると寝室の扉が開いてペットボトルを持った悟が入ってきた。

 「あ、おはよ〜。よく眠ってたね」
 「さと、る…?」
 「そうだよー名前の悟くんだよ〜」

 朝からニコニコとした笑みを浮かべる彼はベッドに腰掛け持っていた水を差し出す。体を起こしてそれを受け取るとズキンとした痛みが走り見事に二日酔いになっていた。水を一口飲んで息を吐くとあれ…と疑問が湧いてきた。
 昨日は硝子と飲んでて、いつもより酔いが回っちゃって…その後どうやって帰ってきたんだ?そもそも悟も泊りの任務って言ってたような…?

 「大丈夫?頭痛い?」
 「うん、少しだけ…。ねえ、昨日の任務って泊りって言ってなかった?」
 「その予定だったけどお前に会いたくてぱぱーっと片付けてきたよ」
 「そう、なんだ…。あ、でも私家にいなかったよね?硝子と飲んでて…」
 「うん、こっち戻ってくる途中に硝子から現在地送られてきて伊地知に向かわせたら寝落ち寸前のお前がいたからそのままお持ち帰りしたって訳。も〜店入ったら酔っ払いの男ばっかで心配したよ?でも個室選んだのは偉かったね」

 ぎゅっと抱かれよしよしと頭を撫でられると胸の奥がくすぐったくなる。会いたいと思っていた人が同じように思ってくれていた事が嬉しくて顔を埋め大好きな匂いを胸いっぱいに吸い込む。
 やっぱりこの匂い、落ち着く…。飽きもせずスンスンと嗅いでいると頭上から笑い声が降ってくる。声につられて顔をあげると思ったより近い所に顔が迫っていて「あ…」と声が出る間もなく彼の唇で塞がれた。

 触れるだけの口付けが次第に深さを増しうまく息が出来なくなり、分厚い胸板を叩くとリップ音を残して唇が離れていった。

 「もぉ…!まだ朝なのに!」
 「夜ならいいってこと?」
 「…ッ、そういう事じゃなくて!」
 「照れるなよ。夜に沢山してあげるから、ね」

 にやりと笑う悟に枕を投げつけたら見事に顔面ヒットした。

 私と一緒にいるときは無限を解いてくれる。それも彼のすきな所の1つだ。



 ※2021/12/29 Twitter掲載
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