憧れの紙一重




 梅雨空が過ぎ去り猛暑日が続いている7月上旬。夏は始まったばかりだと言うのに既に暑さでバテ気味だ。加えてこの時期は呪霊があちこちで大量に発生。休み?なにそれ美味しいの?状態になりながら全国各地へ飛ばされ只ひたすら討伐任務にあたる毎日を過ごしていた。

 「つっ……かれたぁ〜…」

 フラフラになりながら高専に戻ったのはテッペンを少し越えた頃。報告書を提出し今から家まで帰る気にもなれず今日は高専に泊まる事にした。なけなしの体力でシャワーを浴びベッドに倒れ込む。
 明日は久々の休みだ…たっぷり寝よう…と何気なくスマホを見てある事に気付いた。

──7月4日 午前2時10分

 「…7月…4日?………っは!!」

 うっそ、やらかした!!と勢いそのまま飛び起きると安いベッドがギシッと悲鳴を上げる。
なんで?数日前までちゃんと覚えてたのに…!

 「七海さんの誕生日…終わっちゃった…」

名字名前。忙しさのあまり最推し(七海さん)の誕生日を忘れる大失態を犯しました。








 「ほんっと〜に申し訳ございません!!」
 「大丈夫ですから、顔をあげてください」

 あれから七海さんに謝ろうとしたが時間は帳よりも深い闇が広がる真夜中。急用でもない限り連絡するのはさすがに非常識すぎるな、と留まり慌ててプレゼントを探した。

 今までも誕生日プレゼントは毎年欠かさず渡していた。最初はどんな物を渡したら喜んでくれるか分からなかったが、嫌な顔をすること無く受け取ってくれて「何かお礼をさせてください」と食事をご馳走になる事もあった。

 優しくて紳士で気遣いができる。大人オブ大人な七海さんは昔から私の憧れだ。
 にも関わらずそんな人の生まれた日を忙しかったとはいえ忘れるなんて…。

 「お世話になってる七海さんのお誕生日を忘れるなんて…!不覚です!お詫びのしようがありません!いっそひと思いに…!」
 「私をなんだと思ってるんですか」
 「憧れの先輩であり永遠の最推しです!」

 声高らかに宣言すると呆れたようにため息を吐きだす。一つ一つの仕草に品の良さと少しの色気が滲み出ていて今日も推しがかっこいい…と考えてるとレンズ越しに目が合った気がしてドキッとした。
 早まる鼓動を落ち着かせるように深呼吸をする。

 「あと、もう1つ七海さんに謝らなきゃいけない事がありまして…」
 「なんですか?」
 「実は…プレゼントまだ用意出来てないんです。すみません!」
 「…ですからお気になさらず」
 「そう言う訳には…!推しには貢いでナンボなんですよ!!」

 どうしても渡したいわたしとそれを断る七海さんとの押し問答が続くと先に降参したのは意外にも七海さんだった。

 「わかりました。…では、こうしましょう」

 七海さんはサングラスを外し私の手を取った。無骨でひと回り以上大きな手はじわりと熱を持っていて、顔を上げると数える程しか見た事のない碧眼と視線が絡み目が離せない。

 「な、なみ、さん…?」

 たどたどしく名前を呼ぶと大きな背中を少し丸め顔を覗き込まれる。間近で見る七海さんは余りにも綺麗で思わず後ずさりするが壁に退路を阻まれ更に距離を詰められ恥ずかしさで顔に熱が集中する。

 「あ、の、…七海さん…!ちょ、ちょっと、近いです…!」
 「すみません。ですがこの方が貴女の顔がよく見える」

 反応を楽しんでるのか口元にゆるりとした笑みを浮かべ「プレゼントは用意出来ていない、と言ってましたね?」と小首を傾げた。

 「では今日1日、貴女の時間をください。プレゼントはそれがいいです」
 「え…?は、はい!そんな事でいいならいくらでも!!掃除から買い物の用命まで何でもやります!」

 今日1日七海さんとご一緒できる!?何それ、むしろこっちがプレゼント貰ってない!?と湧き上がる興奮を抑えながらそう言うと七海さんは眉間にシワを寄せ「ここまで鈍いとは…」とまたため息をついた。
 …鈍いとは?

 「まあ、いいでしょう。行きますよ」
 「あ!あの、七海さん、手…!」
 「あぁ、失礼しました。こちらの方がお好みですか」

 手を取ったまま歩きだそうとする七海さんに声をかけると手を握り直される。しかも指を絡めて。

 待って、これ恋人繋ぎでは?わたしと?七海さんが?なんで?1人混乱してると1歩先を歩いていた大きな背中が立ち止まり振り返る。

 「そういえば、まだ貴女から大事な事を聞いていませんが」

 いつもの凛とした表情とはうってかわり、照れが混じってるような何とも言えない顔を見せる七海さん。こんな顔もするんだ…と思わず見とれていると「名字さん?」と声をかけられはっと我に返る。
 そうだ、まだ大事な事伝えてなかったんだった。

 「七海さん!!」
 「はい」
 「お誕生日、おめでとうございます!」
 「ありがとうございます」

 嬉しさを滲ませた笑みに吊られて笑うと繋がれた手にぎゅっ、と力が入った気がした。

※2022/07/03 Twitter掲載
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