人をダメにする×××




 「傑さーん、そろそろ変わってもらえませんか?」
 「んー…?あと5分だけ…」
 「それもう3回は聞いたよ?」

 だらーんと長い足を伸ばし鍛え上げられた体を脱力させ、普段からは想像がつかない程だらけきってる傑。
 彼が今座ってるのは一度使うとその魅力に取り込まれ立ち上がるのが困難になる所謂"人をダメにするクッション"と呼ばれるもの。下手な呪物より身体と精神にいい意味で影響を及ぼすそれは、年末年始休み返上で任務をこなしたご褒美として買ったものだった。
 細かいビーズで形成されるクッションに体を預けるとぐっと沈み込み、体が包み込まれる。もちもちした肌触りが癖になりもうここから出たくない、本気でそう思わせるこのクッションは正に人を"ダメ"にする。

 だからこそ、特級術師として日々任務に明け暮れる傑にも癒されて欲しい!と思い「私はいいよ」と遠慮する彼を無理やり沈めた迄はよかったが…。

 「もう虜になってるじゃん…」
 「今まで生きてきた中で3本の指に入るくらいの柔らかさだね」
 「ランキングにまで入ってるし」

 どうせ使うならガタイのいい傑でも使える様にと一片の長さが170cm近くある大きいサイズを選んだ。
 わたしが座ると足を伸ばしても全身がすっぽりと覆われるが、流石に彼の体が覆われる事は無い。それでも満足感は十分らしく、席を譲ってから30分近くその場を動こうとしなかった。

 柔軟さを確かめる様にむにむにっとシーツを摘む表情は多幸感に満ちている。そんな顔を見ると買ってよかったと思う反面、こちらに一切構わずクッションとイチャつく彼にムッとする。
 無機質なものに嫉妬するなんて初めての経験だ。

 「ねぇ〜もう5分経ったよ?……ちょっとは構ってよ」

 リクライニング状態で横になってる体を揺らしぼそりと呟くとパッとこちらを向きニコリとした笑みを浮かべる。

 「すまない、独り占めはだめだったね。退くから手を貸してくれないかい?」
 「手?うん、いいけど…」

 動けば動くほど沈むこのクッションは1人で立ち上がるにはコツが必要で、誰かに引き上げて貰うのが一番手っ取り早い。と言っても体格差のありすぎる彼をここから立ち上がらせるのは至難の業だなぁ…と考えながら差し出された手を取る。

 「引っ張るよー?よいしょ…──うわっ!」

 足を踏ん張り手を引っ張るともっと強い力で引き返されバランスを崩す。そのまま傑に覆い被さるような形で倒れてしまい顔の横に片手を着く。2人分の体重を受けたクッションは更にぐーっと沈み込み退くにも、いつの間にか片手で腰を支えられ身動きが取れない。
 顔を上げると目を細めニヤニヤと笑う彼と目が合う。
 これ、絶対わざとやったよね?

 「おや、これはお誘いを受けてるのかな?」
 「ちが…っ!傑が引っ張ったんでしょ!」

 何とかして動こうとすると彼に抱き寄せられる。
 顔を埋める羽目になった胸板は柔らかさなんて微塵もないのに、妙にしっくりきてしまうのは長い付き合いの中で幾度もその胸に抱かれてきたからだろうか。
 直に感じる温もりに包まれ一気に抵抗する気力が無くなる。

 パタリと動かなくなったわたしを見てふっと笑うと片手を繋ぎ空いてる片手で頬を撫でられる。

 「どうだい?そこら辺のクッションより私の方がいいと思わないかい?」
 「温もりは最高。後はもうちょっと柔らかさが欲しい」
 「それは君の担当だろ?こことかココとか…こことか…全部柔らかいね」
 「ちょっと…!セクハラ禁止!」

 頬、二の腕、太腿とだんだん手を下げていくいたずらな手をぺちっと叩くと「痛いなぁ…」と態とらしく手を振る。その手を頭に乗せぽんぽんと撫でられると更に強く抱きしめられる。

 もちもちでふかふかなクッションは癒されるしダメにもなる。でも、この暖かくて優しいクッションの方がもっとわたしの事をダメにしてくるみたいだ。

 眠気すら誘う温もりに包まれながら、これも悪くないなと思ったのは内緒の話。




2022/1/10 Twitter掲載



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