記憶に刻んで




 目を覚ますと頭を締め付けるような痛みに額を押さえる。何度も経験した事がある痛みの原因は自分でもよく分かっていて「飲みすぎた……」と漏れ出た声はいつも以上に枯れていた。
 痛みに耐えながら身体を起こすと隣に眠っている男が視界に入りぎょっとする。よくよく見れば自分が寝ていたのはどこかのホテルの一室で肌触りのいいシーツを恐る恐る捲ってみる。
 
 ――服、着てない。
 
 眼下に広がる自分の裸体に理解が追いつかず、捲ったせいで隣の男がどうなってるかも確認できてしまった。
 男も洋服はもちろん下着すら身に付けていなかった。

 「これ……やっちゃった?」

 妙に怠い身体にベッドの下に脱ぎ捨てられた衣服、ゴミ箱をチラリと見ると封が切られた正方形のパウチと丸められたティッシュが捨てられていてそのどれを取っても昨晩ここで何があったのか想像はつく。
 隣で寝ている男が誰でどういう経緯でこうなったのか、ぼんやりと霞がかかった頭で昨日の記憶を辿ってみる。
 




 昨日は友達に誘われ都内のあるクラブに行った。
 入る前に渡されたのは黒いレオタードに尻尾が付いた所謂バニー服。ハロウィンでもないのになぜ?と問いかけると8月21日がバニーの日らしく、今週は女の子限定でバニー服を着て行くと入場料が無料になるとの事。
 
 元々コスプレや露出の高い服を着ることに抵抗が無かったから無料?ラッキー!と行ったはいいが、次から次へと酒を奢られ早い段階で酔いが回っていったのは覚えてる。少し飲みすぎたかな、と店の隅っこで休憩していたら誰かに声をかけられて……、それ以降の記憶は全く思い出せなかった。

 「ん……」
 「……っ!!」
 「……あぁ、おはよう。起きてたんだ」
 「おはよう、ございます……」

 男が身動いで瞼を開ける。切れ長なその目は琥珀色に輝きわたしを視界に捉えるとゆるりと笑みを見せ掠れた声で呟く。
 気だるそうに身体を起こすとシーツがパサリと落ち、目に入った肌色に思わず見蕩れる。鍛え上げられた上半身は美術品のように美しく、長い黒髪がサラリと肩を撫で妙に色っぽい。

 ぶっちゃけどストライクだ。

「身体、大丈夫かい?」
 
 前髪をかき上げ整った顔が近付きドキッとする。わたしの身体の横に手を付き腰に手を添え労わるように撫でられ肌がぴくんっと跳ねる。
 
 「大、丈夫です。……あの、昨日、ってもしかして」
 「……あー、覚えてない?」
 「クラブで遊んでたのは覚えてるんですけど、途中からは……」
 「まぁ、結構飲まされてたみたいだからね」

 話を聞いてみると昨日、店の隅っこで蹲っていたわたしを介護するという名目でトイレに連れ込もうとしていた男がいて、それを助けてくれたのがこの男だったらしい。普通ならそこで終わりそうなんだがその後に続いた言葉に顔を青ざめた。

 「助けたはいいが、その後離れたくないって君が言い出してね。友達も居たんだろう?その子に渡そうと思ったんだがやだやだって駄々こねて」
 「う、そ……」
 「だいぶ酔ってたしとりあえず近くのホテルで休ませようとここに来たんだが部屋に入るなり……ね?」

 色っぽく笑った男に顎を掬われ指先が下唇をなぞる。無骨で少しカサカサとした感覚に昨日の事が断片的に思い出された。
 
 そうだ、わたしはこの人と部屋に入ってすぐ自分からキスしたんだ、と。その後2人でベットになだれ込んで、それから……。

 「私も男だから、可愛い子にお誘いを受けたら乗らない訳にはいかないだろう?」
 「あ、の、なんかごめんなさい……!」
 「謝ることないよ。お酒が入ってれば誰でも開放的になる事はあるさ。でも残念だな、あんなに情熱的に求めてくれたのに一切覚えてないなんて」
 「それは、その!」

 眉を下げ悲しそうな顔を見せる男に何とか言い訳をしようとするが今のところ悪いのはわたしだ。正直めちゃくちゃタイプだが名前すら知らない初対面の人。そんな人に迷惑をかけて半ば襲うような真似をして嗾けたのはわたし自身だし、酒に酔っていたとはいえ反論の余地はない。ホテル代だけでも出して帰るくらいはしないと。

 「だから、仕切り直しをしようと思うんだがどうだい?」
 「……へ?仕切り直し?」
 「そう」

 ぐるぐると思考を巡らせている所に降ってきた言葉に目を丸める。仕切り直し?とは?と考えているといきなり視界が回りアイボリー色の天井を背にした男の顔を見上げる形になる。
 カーテンのように垂れ下がった黒髪が肩口に触れ擽ったい。ゆるりと口角をあげ片耳に髪をかけると首筋に顔を埋め吸い付く。肌にちくりと小さな痛みが走り背中が粟立つ。

 「ぁっ、の……ちょっ、と……!」
 「ん……逃げないで、大人しくしてて、名前ちゃん」
 「な、んで名前……!?」
 「君が教えてくれたじゃないか。……という事は私の名前も忘れてそうだね。あんなに何度も呼んでくれたのに寂しいなぁ」

 言葉とは裏腹にニヤリとした笑みを浮かべ人差し指でトン、と下腹部を叩くと指を動かす。適当に撫でるわけではなく何か……文字のようなものを書いてる?

 「……す?」
 「そう、その後は?」

 スー……トントン……さっきとは違う動きを読み取ろうと痛む頭を働かせる。

 「ぐ?」

 そこまで感じ取ると頭の片隅にある情景が思い出される。それは紛れもなく自分と目の前の男がベッドの上でまぐわってる姿で太い首にしがみつき頻りに男のものであろう名前を呼んでいた。

 「……すぐ、る」
 「そう、よく思い出せたね。」

 嬉しそうに笑った男――すぐるはわたしの両手を頭上でひとまとめにすると薄くい唇を耳元に寄せ甘い声で囁いた。


「私の名前は夏油傑。今から君を抱く男だ。よく覚えておくんだよ」




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