Let's share Kiss




 机に向かってペンを走らせているとぐぅ……っとお腹の虫が悲鳴をあげる。顔を上げ教室の時計に目を向けると時刻は既に夕方の5時半を回っていた。11月にもなると既に日が暮れている時間で、窓の外は暗闇に包まれガラスには蛍光灯の光が反射していた。

「お腹すいたなぁ……」

 お昼食べたの何時だっけ、と考えながらおやつが無いかとカバンを取ろうとすると指先につるり、としたものが触れた。そうだ、これがあったんだった。

 任務終わりに立ち寄ったコンビニでさぁ、買ってくださいと言わんばかりに陳列されていたお菓子。手作り感満載なポップには《今日はポッキーの日!!》と表記されており、そういえば若手女優がエレクトロな音楽に乗ってダンスしてるCMを何度も見た気がするな、と思いながら3箱ほど購入していたのだ。
 
 報告書も半分ほど書けたし一休みしようと袋を覗き込む。どれにしようか迷ったがやっぱりコレかな、と赤い箱を取り出した。切り取り線に沿ってペリペリっと箱を開け白い内袋の封を切る。辺りに漂う甘いチョコレートの香りは小腹が空いたお腹を刺激し、またぐぅー……っと小さな唸り声をあげた。

 プレッツェルにチョコレートがコーティングされそれは子供の頃からお馴染みとなっているチョコレート菓子。赤い箱のものが1番有名だが、イチゴ味や砕いたアーモンドをチョコで包んだもの、コンビニ限定の少しお高い物もあり、最近ではより細い"極細"といったものが出たりとバリエーション豊富だ。

 「うんま……」

 チョコレート部分を口に咥え軽く齧るとポキッと音を立てる。サクサクとした食感に口の中に広がる甘みはもう一口、もう一口と止まらなくなる。気付けば1本食べきってしまい、当たり前のように2本目を取り出しまた齧った。

 「やあ、美味しそうなの食べてるね」

 ガラガラっと教室の扉が開くと巨大な黒い塊――元い、夏油が入ってきた。片手をあげた先には白いプリントが揺れている。ポッキーを咥えたまま言葉にした「おつかれ」は上手く発音出来なかった。

 「うん?なんて?」
 「ごめんごめん。お疲れ様、任務終わり?」
 「そうだよ、名前もかい?」
 「うん。今報告書書いていたんだ〜」

 トントン、と報告書をシャーペンで叩くと「そっか」と優しく笑い隣の椅子を引く。ギギっと重みのある木製の机を引きずり、私が使っている机にくっつけると椅子を動かし真横に腰掛けてきた。

 「え……?」
 「ん?どうしたんだい?」

 近すぎる距離感に戸惑いの声をあげるわたしとは対照的に夏油は不思議そうに小首を傾げる。

 「別にこれくらいいいだろう?私達の仲なんだから」
 「そうだけど……」

 身体の右側がら仄かに感じる温もりに胸がドキッと高鳴る。彼の言う"私達の仲"――それはわたし達が恋人同士だという事を指していた。
 
 茹だるような暑さが懐かしい8月、初めて夏油から告白された。ただの友達としか見てなかった人からの告白に1度は断ったものの、人間とは単純なもので自分に好意を向けられていると知ると無意識にその人を追ってしまう。気遣い抜群、一緒にいて気が楽だった夏油はいつの間にかずっとわたしの視界の中に留まっていた。
 
 そのうち自分も夏油に惹かれていると気付いたがフッてしまった手前いまさらわたしも好きなんて言えずにいた所、再び夏油に告白され晴れてお付き合いする事になったのがつい1か月前の話だ。

 「ポッキーか。子供の頃よく食べてたな」
 「よかったら食べる?まだ開けたばっかだから沢山残ってるし」
 「じゃあ少し貰おうかな」

 無骨な指が細いプレッツェルを摘みあげ大きな口の中に飲み込まれていく。こういう時五条とかなら3本くらい一気に持っていくんだろうな、とぼんやり考える。

 「うま……。久々に食べると美味しいね」

 3口ほどで食べ終えるとチラリと袋に視線を落とし「……もう少し貰っていいかい?」と伺うように下がる眉尻。もちろん、と袋ごと夏油の方に向けポッキーを分け合いっ子しながら再び報告書にペンを走らせた。


 



 静かな教室にカリカリと文字を綴る音が響く。ながら作業をしていたせいか、自分が取ったポッキーが最後の1本だと気付いたのは夏油の残念そうな声が聞こえた後だった。

 「あ……」
 「ん?……あ、もう無くなっちゃった?新しいの開けよっか?」

 箱の中に残っていた袋を取り出し封を開ける。そう言えば違う味もあったな、そっちの方がいいかな?と考えていると「いや、いいよ」と声が聞こえた。
 
 「それ、貰うから」
 「それ……?」

 それって、どれ?頭にはてなマークが浮かび3cmほど残ったポッキーを咥えながら夏油の顔を見上げると予想よりずっと近くに寄っていた瞳と視線が絡み目が逸らせなくなる。
 さっきまでとは違う熱を持った瞳に頬がぶわっと熱くなり、思わず身体を後ろに引くと腰に片手が回り抱き寄せられる。

 「げ、と……」

 か細い声で名前を呟くと琥珀色の目が弓形にしなり頬を撫で顔が近付く。反射的にぎゅっと目を閉じると後頭部を押さえ残ったポッキーを齧るように唇が重なった。

 「ん、……っふ」
 
 1度重なった唇は何度も触れては離れるを繰り返す。
 付き合ってから何度かキスをした事はあるが、それはお互いの唇がほんの少し触れるだけな軽いもの。夏油にとっては物足りないと思うが、わたしは好きな人とキスを交わしているって事実だけで頭の中がいっぱいいっぱいになりそこから先へ進む事は無かった。

 だから、今触れてる唇の柔らかさと熱さは初めての感覚で心臓が破裂しそうなほどドキドキして仕方ない。行き場を失った両腕を背中に回し制服を掴むとフッと小さく笑われ更に口付けが深まっていく。

 どう呼吸していいか分からずだんだん息苦しくなってくると広い背中を軽く叩くと、伸ばされた舌が唇の溝をなぞりプレッツェルを絡めとって離れていった。

 「っぷ、はぁ……!」
 「ふふ、可愛い顔してる。そんな顔されたらもっと、欲しくなってしまうな」
 「も、っと……?」
 「そう、もっと」
 
 意地悪な笑みを浮かべた夏油は袋からポッキーを取り出すとチョコレートの部分をわたしの唇に押し当てる。少し唇を開け咥えると満足気に目を細める。夏油は反対側を咥えると見つめあったままサクッ、サクッ……と齧りだした。





 その日の夜、わたし達の関係性が一歩進んだのはまた別のお話。


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