星に睦む
最近のドラッグストアは随分と様変わりしたなと思う。薬に化粧品、日用品だけでなく生鮮商品などが充実している店も増え、わざわざスーパーまではしごせずとも事足りてしまう。
お陰で今日はシャンプーのストックしか買わないぞと決意した筈なのに、気付けばカゴの中にはお菓子や飲み物がいくつも入っていた。
カゴを揺らしながら売り場を見て回るとレトロ感漂う駄菓子の文字を見つけた。小さな箱に入ったガムにピンクや黄色のマーブルチョコ、タバコを模したシガレットチョコは近所にいたヤンチャなお兄ちゃんが咥えてたのを思い出す。見覚えのあるパッケージを一つ一つ見ていくと棚の一番下に陳列されていた駄菓子に声を上げた。
「あ、これ懐かしい〜子供の頃よく食べてたなあ」
赤い袋にゴールドの文字がデザインされたお菓子を手に取るとわたしの隣に白髪の男がしゃがみ込んできた。
「なにそれ?……ふぅん、ビッ〇チョコねえ」
白髪の男――悟はわたしが手に取ったお菓子をまじまじと眺め「は?」と声を上げる。
「ねえ、これってグラムの金額?」
「そんな訳ないでしょ、1本の値段だよ」
「うっそだ」
「本当だって」
そんなやり取りをしているとふと学生時代を思いだす。ある日の任務帰り、立ち寄ったコンビニのお菓子コーナーの前で全く同じ会話をしていた。
子供の頃から駄菓子に触れてこなかった悟は1つ数十円で買える食べ物が珍しかったみたようで、最初は値段の安さに疑いの目を持っていたが帰りの車内で食べたうま〇棒の味に衝撃を受けていた。それ以降、時間を見つけては袋いっぱいに駄菓子を買い込み皆でパーティーをしていたっけか。
懐かしい思い出に浸りながらビッ〇チョコをいくつかカゴに入れ冷凍食品売り場へ移動する。冷凍野菜をカゴに放り込み、視線を落とすとひんやりと冷えたオープンショーケースに並ぶアイスの数々が。最近暑くなってきたし本格的にアイス始めをしてもいいかもしれない。
「さとる〜アイス食べる……って、あれ?」
後ろを振り向くとついさっきまで一緒にお菓子を選んでいたはずの悟が忽然と消えていた。あれだけ目立つ図体をしているにも関わらず、気配すら残さず消えてしまうのは職業病の一種だろうか。
ひとまずアイスは後にして悟を探そうと踵を返した。
閉店時間も近い店内は買い物客も少なく落ち着いたBGMが流れている。ペタペタとサンダルを鳴らしながら歩いているとサプリメントが並ぶコーナーの奥に見慣れた姿を見つけた。大きな身体を小さく丸め、何かを見ている横顔は真剣そのもの。目の前に特級が現れようがいつだって余裕な悟がそんな顔をしているのが珍しく、その場でしばらく見つめていると不意に上げられた青い瞳がわたしを捉えた。
悟は小さく手を振ると「(おいで)」と手招きをされ近づく。確かこの例の奥には髭剃りや男性向けの商品が並んでいた気がするが……。
「どうしたの?何か買う?」
「名前はどれがいい?今日はオマエの好きなやつ買おっかな〜って思って」
ニヤリと笑みを浮かべる悟の奥には様々な箱が陳列されていた。赤や黒色のパッケージには”まるで付けていないような感覚♡”や”極うす”など大人でも口にするのが恥ずかしいアレのコーナーだった。
思わず立ち止まるとぐいっと手を引かれ逃がさないと言わんばかりに腰を引き寄せられる。
「ね、どれがいい?」
「どれって言われても、よくわかんないし……」
「え〜?いつも使ってるじゃん。昨日だって3箱空けたでしょ?♡」
「い、言わなくていいから!」
楽しげに口元を緩める悟の手は服の上からウエストラインをなぞり、Tシャツの隙間から中に侵入しようとしてきた。
「ちょっと、こんな所でダメ」
「ふは、顔真っ赤。かわい〜ね」
「もお、からかわないで」
「揶揄ってないよ。結構真剣に聞いてるつもりなんだけど」
「その割には顔にやけすぎ」
真剣、なんて言いつつサングラス越しの目は悪戯っ子のように細められ脇腹を指で突かれる。
目の前に広がる商品に目を向けるが、やはりこの中から自分で選ぶなんて出来るわけない。それでも悟の視線に耐えきれず目を背けたまま適当に選んだ箱を手に取った。
「も、こ……これでいいから」
「へえ……名前って実はこういうの好きなんだ?」
含みを持った言い方に手に取った箱を見て目を見開いた。虹色のド派手なパッケージにはでかでかと”最強凹凸で連続絶頂”の文字が並び「へえ〜ふうん……」と悟の声色は更に楽しさを増す。
「こういうので擦られたいんだ?名前ちゃんってばえっち〜♡」
「いや、ちが……!」
「照れるなよ。でも残念ながらこれは買いませーん」
そう言うとわたしの手から箱を取り棚に戻し、その隣に並ぶシンプルな黒い箱をカゴに入れた。
「一応ゴムにもサイズがあるからさ。僕はこれじゃないとダメなんだよ」
ちゃんと覚えておいてね?と指さされたアルファベットに唾を飲み込む。XL。
確かに悟のは他人より大きいとは思っていたが、実際にその2文字を認識してしまうとお前もそれを受け入れているんだぞと現実を突きつけられどうにもならない気持ちに襲われる。そんなわたしをよそ目に悟はぽいぽいと箱をカゴに放り込んでいく。
「ちょ、何個買うつもりなの!?」
「何個って全部?」
「買いすぎでしょうが!」
「どうせすぐ無くなるんだからよくない?」
「すぐって、!」
悪びれる様子もなく当たり前のように言う悟に頭を抱える。もう好きにして、と言うと「じゃ、あとアイス買って帰ろっか!」と手を引かれその場を後にした。
「……在庫まで出してもらうとか聞いてない」
夜空に星が光る帰り道、アイスをギュッと握り吸い上げる。片手で食べれる、所謂飲むアイスはまだ時期が早いのか中々溶けてくれない。苦戦していると「はい、こっちだいぶ柔らかくなったよ」とバニラ味のアイスを差し出され自分の持っていたチョコレート味と交換した。
「いや〜レジのおばちゃんニッコニコで出してきたのウケたね」
蛍の光が流れる中レジで会計しようとした時、悟が「おばちゃん、これ在庫ってある?あるなら全部ちょうだい」と言い出したのだ。驚いて何言ってるの!?と止める前に『あらあら。ちょっと確認するから待っててね』とインカムで他の店員とやり取りをし、1分も経たない内にカゴの中には箱が増えていた。
「あのおばちゃん、絶対僕たちがこの後セックスするって思ってるよね〜」
「もうあのお店行けない……」
「なんで?家から一番近いから便利じゃん」
「だからこそ!」
きっとあの店の店員の間ではXLカップルってあだ名が付けられてるに違いない。むり、恥ずかしすぎる。
「あ、そうだ。名前が欲しがってたやつ買っといたよ」
なにやらスマホを操作するとほら、と画面を見せてきた。煌々と光を放つスマホの画面には”お買い上げありがとうございます”と表示され、配達予定日は明日になっていた。
「なに買ったの?」
「だから、名前が欲しいって言ってたやつだって」
足を止め後ろから抱きしめるように包み込まれるとスマホをタップして商品ページに飛ぶと見覚えのある虹色が。しかもパッケージの派手さに負けじと主張するXLの文字に顔が再び熱っていく。
「このサイズだとネットでしか買えないんだって」
「は、え、ほんとに買ったの……?」
「そう、買っちゃった♡だから今日はこっち使って、明日はコレ届いたら使ってみようか♡」
「えっ、あっ……」
後ろから顎を持ち上げられもう片方の手は下腹部に降りていき手のひらで撫でまさわれる。服の上からでも感じる熱にぞわりと背中が粟立つ。
「たくさん、気持ちよくしてあげるから楽しみにしててね」
顔を近付けコソコソと内緒話のように囁くとそのまま唇を塞がれる。
触れては離れ、また触れて。誰かに見られたら、なんてお構いなしに降ってくるキスにアイスで冷えた唇は温度を上げ、舌を絡めようとする悟の胸を押し返すと静かな夜道にビニール袋が揺れる音が響いていた。
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