モーニングコーヒーより熱い
(不純のち、純情シリーズ。付き合ってから迎える何度目かの朝のお話)
枕元で響くアラームで目を覚ました。ぼやけた視界が次第にクリアになっていき、自分の家とは少し違う天井にも随分と見慣れてきたなと思う。
アラームを止め欠伸を溢しながらぐーっと腕を伸ばすと剥き出しになった腕がヒヤリと冷え鳥肌が立った。ついこの間まで暑さで起きていたのに今朝は少し肌寒い。天気予報では今年の残暑は厳しいと言われているが、季節は着実に進んでいるようだった。
「……あれ?」
温もりを求めて寝返りをうつとそこに彼の姿は無くもぬけの殻になっていた。
先に起きているのかな?とまだ眠気が残る目をなんとかこじ開けて身体を起こす。ベッドの下に足を下ろしスリッパに足をかけ彼がいるであろうリビングへ向かった。
「傑くん、おはよう」
「おや、おはよう。もう起きたのかい」
リビングに続く扉を開けると愛しい彼がコーヒーメーカーの前に立っていた。自慢の髪の毛を後ろで一つに纏め爽やかな朝に負けないくらいの笑顔で抱き寄せられる。
額からこめかみ、鼻先、頬と順番に唇が落とされ最後に触れるだけのキスをされる。おはようの挨拶をするといつもとは違う雰囲気を感じ小首を傾げた。
「えっと……どこか出掛けるの?」
今日は土曜日。いつもの傑くんなら寝巻き姿なのに今日はパリッと糊付けされたワイシャツにグレー地にストライプが入ったスラックス姿だった。
わたしの問いに朗らかな笑顔から表情が変わり、申し訳なさそうに「実は……」と口を開いた。
「会社から急に呼び出しをくらって。少しだけ出勤しなければいけなくなってしまったんだ」
「そうなんですね」
はぁ、とため息をつきわたしの肩に顔が埋まる。
「せっかくの休みなのに申し訳ない」
「お仕事ならしょうがないですよ、気にしないで?」
広い背中に腕を回しよしよしと撫でる。今日は天気もいいからお外でデートしたいなとか考えていたがそれはまた次回に持ち越しになりそうだ。
「じゃあ、わたしも準備しなきゃなぁ」
「準備?なんの?」
「なんのって……」
帰る準備、と言うとバッと顔を上げ肩を掴まれ、めい一杯広がる切れ長な瞳には驚きの色が浮かんでいていた。
「え、帰る?……なんで?」
「なんでって、傑くん今からお仕事なんですよね?」
「そうだが……すまない、そんなに怒らせてしまうとは」
しゅん、と肩を落とし何度も謝ってくる傑くんに慌てて首を横にふる。
「違う違う!わたし全く怒ってないですよ?ただ、傑くんお仕事でいないのに居座るのどうなのかなって思って……」
「だから今日は帰ると?」
彼の問いかけに首を縦に振って答えると「そういう事か」と納得してくれたようだった。いくら恋人同士とはいえ家主不在の家でゴロゴロと寛ぐわけにはいかない。
親しき仲にも礼儀あり、だ。
「そうか、君はこのまま帰ってしまうのか」
そっかそっか、と呟きながら徐々に距離を縮めらる。思わず半歩後ろに下がると背中がキッチンのシンクに当たり、わたしの身体を挟むように縁に両手を置くと下から顔を覗き込まれた。
「す、ぐるくん……?」
「本当に、帰ってしまうのかい?」
そう問いかけてくる彼の表情は留守番を言い渡された子犬のように寂しげでぎゅっと胸が締め付けられる。
「えっと、」
「君が家で待っててくれるって思ったら今日の仕事すぐに片付けられそうなんだけどなあ」
「……待ってていいんですか?」
「もちろん。少しの間寂しい思いをさせてしまうが、君が嫌じゃなければここで待っててほしいな。……ダメかい?」
耳元で響く声色に背中が震える。そんなお願いをされたら断れるわけない。ダメじゃない、と首を横に振ると嬉しそうに笑みを浮かべ抱きしめられた。
「お仕事頑張ってね、ちゃんと待ってますから」
「ありがとう」
顔を上げお互いの視線が絡むと触れるだけのキスを交わす。照れくささから笑みが溢れその後も軽いキスを何度か交わしているうちに傑くんの出勤時間が近付いてきた。玄関までの数メートルを手を繋いで歩いていく。
革靴を履く後ろ姿に"一緒に住んでいたら毎日お見送り出来るのかな"なんて事を考えていると傑くんは「そうだ」とこちらを振り向いた。
「もう一つお願い事していいかい?」
「なんですか?」
「仕事が終わったら休日出勤になってしまった私へのご褒美が欲しいなと思って」
「ご褒美?」
「そう。まあ、愛しい彼女が家に居てくれてるってだけでも充分ご褒美なんだけどね」
「わかりました、考えておきます!」
ご褒美かあ、何にしようかな。やはりベタに料理とか?そこまで得意ではないけど前作ったパスタとか美味しいって言ってくれたしまた作ってみようかな。
「私も考えておくからね」
「……私も?」
「そう。いい子で待っていてくれる君への
ゆるりと口角をあげ少し深めのキスが降ってくる。腰からお尻へ降りた手は膨らみを一撫ですると唇と同時に離れていく。
「今夜、楽しみにしてて」
楽しげに笑みを浮かべる傑くんの瞳の奥で欲の種火がゆらりと揺れている。なんとなく言葉の意図を理解してしまったわたしはみるみると熱を帯びる顔で傑くんの背中を見送った。
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