不純に抱かれて





 
 それを見たのは偶然だった。
 
 大学入学からあっという間に1年が過ぎ、4月から念願の一人暮らしを始めた。慣れない家事に苦戦しながらも新生活を楽しんでいた頃、SNSを見ていた時あるツイートを見つけたのが最初だった。
 
 何を調べていたかは忘れてしまったが、不意にわたしのタイムラインに流れてきたある動画。誰かがリツイートしたものらしく、普段なら気にもとめないが自動再生された内容に思わずスマホを落としかけた。
 
 それは可愛い動物が戯れてる姿や連日ニュースを騒がせている迷惑動画などではなく、ビジネスホテルらしき部屋の大きな窓辺で肌を大胆に露出した男女が映っているものだった。
 
 「な、にこれ……」
 
 幸いマナーモードにしていたため音声は聞こえなかったが、2人の動きをみるにどっからどう見てもそういう事をしてるのは一目瞭然。
 誰がこんな動画を……!っと慌ててタイムラインを更新するとその動画は消えていた。

 
 
 ◇◇◇◇


 
 衝撃のリツイート事件から数日、私はあの日見た映像が頭から離れなくなっていた。年齢=彼氏いない歴を絶賛更新中なわたし。もちろん経験は無いしえっちなビデオすら見た事ない。そんなわたしにとってその動画が初めてみた人がまぐわう姿だった。
 
 ふしだらと思いつつ他にも見てみたいと好奇心が湧き気付けばサブアカを作り記憶に残ってるキーワードで検索をかけていた。
 そしてついに見つけたあの動画。今回はイヤフォンを付けて再生ボタンを押す。一人暮らしだから誰かが聞いている訳ではないが、何となくだ。

 「わっ……!」
 
 再生ボタンを押すとイヤフォンから流れる女性の喘ぎ声と水っぽい音。
 そしてその合間に聞こえる男性の短い息遣い。動画は30秒ほどだったがわたしにとっては十分すぎる時間で終わった後は放心状態になっていた。
 
 すごかった……女の人もそうだけど、男の人の吐息や時折聞こえる囁き声の色っぽさに初めて"体が疼く"というものを経験した。それからツイート主の男性——スグルさんをフォローし動画にいいねボタンを押した。




 そんな出会いから1ヶ月後、わたしは電車に揺られていた。イヤフォンから流れてくるのは発売されたばかりの推しグループの新曲。それを聞きながらスマホの画面を付けては消してを繰り返す。
 
 朝から、と言うより3日ほど前からこんな状態が続いていて自分でも落ち着きがないのがよく分かる。
 
 《スグルさんからメッセージが届きました》

 バイブ音と共に画面に表示された通知に指先がピクっと動きSNSを開いてDMを開く。

 ——今駅前に着いたよ、東口の時計の前にいる。
 ——仕事帰りだからスーツですまない。
 ——間違えて他の人に声掛けないようにね。笑

 メッセージと共に黒マスクを付けブラックストライプのスーツを着た男性の自撮り写真が送られてきた。
 耳元には黒いピアスが光りパッと見ヤクザとかそっち方面の人だと勘違いしそうになる。

 気をつけます。笑——
 わたしももうすぐ駅に着きます!——

 メッセージを送ってスマホを鞄に仕舞う。
 そう、私は今からあのスグルさんと会う事になったのだ。

 
 
 何故いちフォロワーだったわたしが彼と会うことになったのか。発端はとあるツイートを見た事がきっかけだった。スグルさんのツイートを見るのが日課になっていたある日、新しい投稿がされていた事に気付いた。
 動画と共にツイートされていた内容はある女の子の初体験を貰ったこと、そしてその女の子はわたしと同い年だったことだ。
 
 動画は1分ほどの長さでベッドの上で密着し女の子の耳元で優しく囁くスグルさん。その様はまるで恋人同士のようにも見え自分もこんな風にされたい、自分も初めてを貰って欲しいと強く思い勢いそのままDMを送っていた。まぁ、反応があるとは思っていなかったが……。

 ——こんばんは、初めまして。私でよければ是非会いたいな。
 
 1時間後、まさかの返信に今度は本当にスマホを落とした。その後はサクサクと話が進み日程と待ち合わせ場所を決めついに迎えた今日。流れるように到着した電車から降りおろしたてのワンピースに身を包んで待ち合わせ場所へ向かった。

 
 時間は金曜の夕方、オフィス街が近いこともあり多くのサラリーマンやOLが行き交う。
 人の波を避けながら歩いていくと時計前には待ち合わせをしてるであろう人々がいて、その中でも一際目立つ黒マスクを付けた男性が立っていた。
 片手をポケットに入れ少し俯きながらスマホを操作しているのが分かる。DMで送ってもらった写真を再度確認、間違いないあの人だ。

 「はぁ……緊張する」

 胸に手を置き深呼吸をしてから歩み寄る。
 わたしの存在に気付き顔をあげると一房だけ下ろしている前髪が揺れ彼は目元にニコリとした笑みを浮かべた。

 「ナマエちゃん……かな?」
 「……あっ、はい!えっと、スグルさんですか?」
 「そうだよ、初めまして」

 初めて会ったスグルさんは想像以上に大きかった。動画に映っていた女の子はみんな小柄に見えたからそういう子が好きなのかなと思っていたが、これだけ体が大きければみんな小さく見るのも納得だ。

 「……ナマエちゃん?」
 「あっ、ごめんなさい。凄く身長高いなーって思って……」
 「あぁ、すまないね、ビックリさせたかな?」
 
 スグルさんのあまりの大きさに驚いてると眉尻をさげて笑い「よく言われるんだよ」と頬をかいていた。

 「じゃあ立ち話も何だし……早速行こうか」
 「は、い!」
 「大丈夫、緊張することないさ」

 スっと目を細め流れるようにわたしの腰に手を回し引き寄せられる。一連の動作が自然すぎて慣れているんだな…と感心する反面、急に接近した事により緊張感は増した。
 
 わたしはこの後この人に抱かれる。自分から願い出た事だがやはり少しだけ……怖い。どういう事をするのか、どんな事をされるのか全く知らない訳ではないが未知の世界に変わりない。
 
 でもDMのやり取りでスグルさんが女の子を丁寧に扱ってくれるのは感じ取れた。だからこの人に全て委ねてみよう、そう思いながら歩き出した。



 ◇◇◇◇

 
 
 「あの……ここは?」
 「ん?焼き鳥屋だよ。私のお気に入りの店なんだ」
 「はぁ……」

 駅前を離れそのままホテル街に向かうのかと思いきや連れてこられたのは小洒落た雰囲気の焼き鳥専門店。店に入ると案内されたのは半個室のカップルシートで隣合うように席に着いた。

 「お洒落なお店ですね、初めて来ました」
 「ここの落ち着いた雰囲気が好きでね、仕事帰りにたまに寄ったりするんだよ」
 「そうなんですね、居酒屋とかしか行ったことないんでこういうお店知らなかったです」
 「学生さんならそうだよね。好きな物あるといいけど……なんでも注文していいよ」

 メニューを開き寄り添ってくるスグルさん。お店の雰囲気がいいのは勿論だが、ふわりと香ってくる香水にさっきからドキドキがとまらない。

 「お酒は飲めるかい?」
 「一応飲めるんですけど、飲むとすぐ眠くなっちゃうので……」
 「そっか、じゃあノンアルにしようか。……今日は寝ちゃったら困るからね」
 「……っ!」
 
 耳元で囁かれる声色に思わず体が硬直する。いつもイヤフォン越しに聞いていた声はシーツの擦れる音や雑音が混じっていたが、今は隔てるものがなくクリアだ。
 わたしの反応に満足げな顔を見せると「食べ物は私のおすすめでいいかい?」とテーブルに備え付けられたタブレットを叩いた。


 運ばれてきた料理はどれも美味しかった。お腹も少し膨れたからか落ち着いて話が出来るようになり、素性をあまり出さない程度に世間話や他愛もない事を話しては笑い合う。
 
 意外だったのはスグルさんにかれこれ5年近く彼女がいない事。本当かどうかは分からないが「不特定多数の女の子と会う彼氏は嫌だろう?」と自虐的に笑う姿にそれは確かに……と頷く。
 これだけかっこいいんだから言い寄ってくる女性は多いだろうし、選び放題なはずなのに今は特定の人を作る気は無いらしい。
 
 「でもちょっと勿体ないですね」
 「勿体ない?」
 「スグルさんならモデル級の美女でも付き合えそうなのに」
 「じゃあナマエちゃんが私の彼女になってくれるかい?」
 「……スグルさんが裏垢男子卒業したら考えますね」
 
 どきっとしたがこれも一種のリップサービスだろう。ちょっとした嫌味で言い返すと「だいぶ緊張ほぐれたみたいだね」と安心したように微笑んだ。
 
 そうしているとふとした瞬間、会話が途切れスグルさんの空気が変わった。
 
 「ナマエちゃん」
 「はい」
 「この後……まぁ、ホテルに行くんだが……いいのかい?本当に」
 「???」
 「こんな事、私が言うのも変だけど……初めての経験は大切にしてほしいんだ。女の子は特に」

 スグルさんはわたしの左手を包み込むように握り顔を覗き込む。

 「適当な人と初体験を済ませて後悔してる子も知ってる。私とナマエちゃんは数時間前にあったばかりだし、お互いなにも知らない。帰るなら今しかないが……後悔しないかい?」

 すり…っと左手の甲を撫でながら真剣な眼差しで向けられる問いかけに言葉を飲み込む。確かにSNSで出会った人とそういう事をするのは間違ってるかもしれない。この先どこかで今日の事を後悔する日がくるかもしれない。でも……

 「後悔しないとは言いきれないですけど……それでもスグルさんに貰ってほしいんです」
 「そっか、わかった。……じゃあ、行こうか」

 今回きり、たった1回だけでいい。自分が決めた人に抱かれて、そしたらまたたくさんいるフォロワーの1人に戻ればいいだけだから。



 差し出された手のひらに自分の手を重ねネオン輝く不純で溢れた街に足を踏み入れた。




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