聖なる夜にとけてゆく





 今度の日曜空いてる?とLIMEが飛び込んできたのは課題と戦っていたある日の夜だった。最近は些細な事でもメッセージを交わすようになり、前より少し……ほんの少しだけスグルさんと仲良くなれた気がする。
 特に考えもせず空いてます!と返信した後カレンダーに予定を入れようとしてハッとした。今度の日曜って……。

「クリスマスイブじゃん……!」







 まさかのお誘いからその日を迎えるのはあっという間だった。
 いつもより少し乗客が多い電車に乗り、いつもの待ち合わせ場所に向かう。初めてここを訪れた時はまだ本格的な夏が始まる前だったのに、気付けば季節は進み半年が経とうとしていた。
 
 ひょんな事からスグルさんの事を知り1年の中で最も街が輝いている時に2人で会う事になるなんてきっと半年前のわたしは想像すらしていないだろう。なんなら今でも信じられないくらいだし。


「緊張するなぁ……」

 呟いた言葉は白い息となって吐き出された。
 時刻は17時20分、待ち合わせの時間まであと10分ある。クリスマスデート……と言っていいのか分からなが、今日という日にスグルさんに会えるのが嬉しくて予定より早く着いてしまった。
 
 すっかり日が暮れ街中のイルミネーションが輝きだす中、冷えていく指先を擦り合わせ息を吹きかける。いつも使っている手袋は今日に限って玄関先に置いてきてしまい、わたしも浮かれてるんだなぁと心の中で苦笑いした。

 『ごめーん!待った?』
 『もぉ〜遅いよ!早く行こう!』

 待ち合わせしていたであろうカップルが手を繋ぎその場を離れていった。よく見れば周りは家族連れやカップルばかりで、みんな幸せそうな顔をしているなぁと眺めていると「ナマエちゃん」と名前を呼ばれた。

 「あ、スグルさん!」
 「すまない、少し早めに来たつもりだったんだが……もしかして待たせてしまったかい?」
 「いえ、わたしも今来たところなので大丈夫です」
 「……ほんとに?」

 冷えて強ばった表情筋をなんとか動かし笑ってみせると大きな手のひらで頬を包みこまれた。そのまま手を降ろし右手を握られると顔を覗き込まれドキッと胸が高鳴る。

 「その割には、少し手が冷えてる気がするけど」
 「えっと、その……ちょっとだけ、待ってました」
 「それなら連絡してくれればよかったのに。指先だってこんなに冷たくなって……」
 「スグルさ……っ!」

 握られた手を引き上げられ白くなった指先に息を吹きかけられ変な声を上げそうになる。きゅっと唇を噛み締めるとスグルさんはイタズラっぽく笑い指先に顔を近付ける。
 柔らかくて温かいものが触れた瞬間、冷たかった指先はどんどん熱を帯びていき、もう一度触れようとするスグルさんの肩を軽く押し返した。

 「ちょ、ちょっとスグルさん!何やってるんですか!」
 「何って、ナマエちゃんの手が冷たいから温めてあげようかと思って」
 「だからって!こんな、人も見てるところで……!」
 「じゃあ後で2人きりになった時にしようか?」
 「いや、そうじゃなくて……!」

 周りからの視線を感じ段々声が小さくなっていくわたしと楽しげに笑い声をあげるスグルさん。恥ずかしくなり俯くと「すまない、意地悪しすぎたね」と指を絡めて手を繋がれた。

 「じゃあ、行こうか」

 握られた手はスグルさんのポケットの中に導かれ指先で遊ぶように手の甲を撫でられる。通りに駐車していた車に戻る頃には冷えた手も元の体温を取り戻していた。







 車に揺られて辿り着いたのは小さな駐車場だった。車から降り「こっちだよ」と手を引かれながら着いていく。どんどん道が細くなり少し不安になっていると突然、ひっそりとした通りに緑が生い茂る場所が出てきた。
 落ち着いた電飾で彩られた緑のアーチを潜りテラス席を通り抜ける。その先にあったのは小洒落たダイニングレストランだった。

 『いらっしゃいませ』
 「予約していたゲトウです」
 『ゲトウ様、お待ちしておりました。お席へご案内致します』
 「(ゲトウ様?)」

 聞きなれない名前にキョトンとしていると品のあるフリルのブラウスに黒のギャルソンエプロンを付けた店員さんと目が合った。店員さんは穏やかな笑みを浮かべ軽く会釈すると『こちらへどうぞ』とゆったりした足取りで歩き出す。店内は落ち着いた淡いライトで照らされ数席あるカウンターを抜けると奥に半個室部屋がある構造だった。

 初めてスグルさんと会った日に連れて行ってもらった焼き鳥やさんも素敵だったけど、より大人な空間にドキドキする。

 『お席はこちらになります』
 
 案内されたのはソファーに隣合って座る所謂カップルシートと呼ばれるものだった。これもまたあの焼き鳥屋さんを思い出し胸の奥がきゅんとする。

 「そっち狭くないかい?もう少しこっちにおいで」
 「わっ……!」

 並んで座ると予想以上の近さに思わず端に寄ったが腰を抱かれ引き寄せられてしまった。薄暗い中でもどんな表情をしているか分かる程の距離に心臓が飛び出そうになりぎゅっと自分の服を掴む。なんとか気をまぎわらせようと店内を見渡し口を開いた。

 「スグルさんって本当にお洒落なお店知ってますよね」
 「社会人やってると付き合いとかもあるから情報は持ってるかもしれないね。でもこの店に来るのは今日が初めてだよ」
 「そうなんですか?」
 「ああ、どうしてもナマエちゃんと来たくて」
 「……どうして?」

 聞こえてきた言葉に顔を見上げるとスグルさんは緩やかに口角をあげていた。覗き込むように顔が近付き反射的に目を閉じると耳元で「……どうしてだろうね?」と囁かれ肩が跳ねる。

 「質問に、質問で返さないでくださいよ!」
 「ははっ、すまない。ただ今日はナマエちゃんに会いたくて美味しいご飯食べさせてあげたいって思っただけだよ。だから遠慮せず好きな物食べて」
 「ありがとう、ございます」

 色欲の篭った声色から一転していつも通りのスグルさんに戻るとメニューを開き頭を突き合わせて覗き込む。あの日も最初から最後までスグルさんに転がされていたな、と思い今日は何だか出会った日の事を追体験しているような気分になっていた。



 パスタにピザ、シャキシャキしたレタスをたっぷり使ったシーザーサラダに生ハム。注文した料理はどれも美味しく2人でペロリと平らげてしまった。お腹も膨れ多幸感にひたっていると『失礼します』とさっき案内してくれた店員さんがテーブルにやってきた。

 『食後のデザートをお持ち致しました』

 真っ白な皿に乗せられたショートケーキ。正方形に切り取られ白い波の上に乗った真っ赤な苺が存在感を放っていて、スポンジと生クリーム、イチゴのムースで作られた層は乱れることなく直線を描き正直食べるのがもったいないと思ってしまう。

 「食べれられそうかい?」
 「デザートは別腹なので!」
 「そっかそっか」

 くすくす笑い『それではごゆっくりお過ごしください』と店員さんを見送るとある事を思い出した。

 「あの、スグルさん」
 「なんだい?」
 「お店に入った時に聞こえたんですけどゲトウってもしかして……」
 「?ああ、あれは私の名前だよ」

 やっぱり。
 スグルさんと出会ってから半年経つが彼の本当の名前は聞いた事がなかった。お互いSNSで使ってる名前で呼びあっていたし知るキッカケも無かったからだ。

 「そういえばそういう話はしたこと無かったね」
 「聞き慣れなかったんでちょっとびっくりしちゃって。ゲトウさん……どんな字なんだろ」
 「あー……紙とペン……は無いな。ちょっと手、貸してくれるかい?」

 不思議に思いつつ左の手のひらを見せるとそっと包まれ指先が触れる。

 「夏に……油って書いて夏油。因みに下の名前は……こう書くんだ」
 「……?すぐれる?……えっ、まさかスグルさんって本名なんですか!?」
 「そうだよ。偽名だと思ってた?」
 「響きがかっこよすぎてそうかと……」
 「随分嬉しい事言ってくれるね」

 思わず口から出た言葉にスグルさんは「響きがかっこいいは初めて言われたよ」と照れくさそうに頬をかいていた。

「ナマエちゃんは?私も君の本当の名前、知りたいな」
「えっと、……じゃあ手貸してくれますか?」

 どうぞ、と差し出された右手に触れ手のひらを指先でなぞって行く。誰かに名前を教えるのにこんなにドキドキするのはこれまでも、そしてこれからも無いだろう。

 「…………これで苗字名前って読みます」
 「へぇ、可愛くて君にぴったりだ」
 「……初めて言われました」

 人は名前を褒められるとむず痒く不思議な感覚に襲われる事を今日知った。じわじわと侵食する小っ恥ずかしさに背中を向けるようにフォークで1口サイズにしたケーキをパクリと食べる。

「苗字、名前ちゃん」
 
 口の中に広がる生クリームより何十倍も糖度の高い声色で名前を呼ばれ胸が高鳴る。腰に回された腕に力が入りチラリと上を見るとうっそりと目を細め、水飴のように蕩けた甘い表情に思わず息を飲む。
 
 ――どうしてそんな顔をするんだろう。そんな顔見せられたら嫌でも勘違いしてしまいそうになるのに。

 「また1つ、君の事を知れて嬉しいよ」
 「……わたしもです」

 薄暗い中近付いてくる体温に目を閉じる。普段ならこんな所でこんな事絶対しないのに、やっぱり今日のわたしは少しばかり浮かれているようだった。





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