これはきっと、親友の初恋


※五条目線。ナマエちゃんは出てきません。









 知り合ってから今日に至るまで随分と長い時間を過ごしてきたが、親友がこんな姿になっているのは初めて見たかもしれない。

 「傑〜?ガラケーじゃねえんだから、通知来てない以上メッセージ来ないよ」
 「わかってう……」
 「呂律死んでるけど?」

 サラリーマンが集う大衆居酒屋、その一番奥の席でビールジョッキ片手にテーブルに突っ伏しスマホの画面をしげしげと見つめる男。そいつは普段スーツに身を包み、昔から伸ばしている黒髪を纏め胡散臭い笑顔を振りまいている僕の親友だ。
 初めて見た時はなんだこの変な前髪って思ってたけど、話ていく内に妙に気が合いいつの間にかつるむ様になっていた。進学先は違ったが、社会人になった今もこうやって飲んだり遊んだりしている仲ではある。

 付き合いが長いからこそ知り得る情報は他の人より多いと自覚していて趣味•特技は格闘技、嫌いなものは無く何でも食べるけど特に蕎麦が好き。けど女の子の好みには特に拘りが無くそれを象徴するかのように歴代の彼女はみんな系統がバラバラ。

 強いて言えばおっぱいが大きい子が多かったくらいか。

 付き合ってすぐに別れを繰り返していたあの頃はその時楽しければいいって感じだったんだと思う。僕もそうだったし。
 だからこそ、今目の前にいる男は自分が知っている男なのかと疑ってしまうのも仕方なかった。

 「それにしても、お前がこんな風になるなんてね」

 テーブルに頬杖を付きアプリをひたすらスワイプし続づける親友の頭頂部をぼんやりと眺める。

 昔から目立ちやすい見た目をしている事もあり、2人で出掛けているとよく女の子から声を掛けられていた。いわゆる、逆ナンってやつ。
 10代後半なんて性欲の塊ともいえる時期だったから、よっぽどの地雷じゃない限り僕も傑も女の子と遊びまくっていた。
 
 彼女がいても居なくてもお構いなしだった僕らは2人で1人の子を……なんてのもよくあって、ちょっと前までは傑がやってる裏垢にアポ取ってきた子と3人仲良く遊んでいた事もある。そんな裏垢も最近はまったく更新されていないようだが。

 そんな傑が少し前……具体的に言えば去年の秋ごろから様子が変わってきた。
 
 あれは僕が買い物に付き合ってほしいと頼んだ日。うっかり前日に女の子と盛り上がっちゃって見事に寝坊をかました日だった。
 待ち合わせ時間を大幅に過ぎ、指定の場所に行ったが傑の姿は既になく電話を掛けたら……。

 ――『大事な用が入ったから忙しいんだ』
 ――『大事な用ってそりゃ……』
 ――『今からとても可愛い子とデートなんだ、待たせてるから切るよ』

 その時の傑の声は今まで聞いた事無いくらい柔らかさを含んだものだった。なんだよ、1人だけ抜け抜け駆けしてと思っていたが、どうやら今まさに連絡を待っている相手がその時の女の子らしい。
 
 来るもの拒まず、去るもの追わずな傑を夢中にさせる子に興味しかないのに何度聞いても名前はおろか写真すら見せてくれない。知っている情報としては裏垢経由でアポを取ってきた大学生。傑曰く年相応の可愛らしさと時折見せる妖艶な表情が堪らないとか。
 
 ここ最近は会うたびにその子の話が出てくる辺りよっぽどお気に入りなんだろうと察しが付く。聞けばクリスマスもちゃっかり一緒に過ごし年明けには車で少し遠くの神社へ初詣も行ったとか。いや、それもう付き合ってるって言ってもいいレベルだろと思ってたが絶賛アプローチ中だって言うから驚いた。
 
 ヤる事はヤってるし、そんなに好きならさっさと告白してしまえばいいのに。彼女も居ながらあれだけ遊んでいた男は以外にも本命童貞のようだった。

 「あっ!……ッチ、なんだニュースアプリか」

 ピロン、と通知を知らせる音に一瞬顔を上げたがすぐに聞こえた舌打ちに思わず吹き出す。因みにこれは2回目でさっきは上司から明日中に会議の資料を作ってくれというメッセージが届いていたらしい。

 「必死すぎだって」
 「うるさいな。3日も返信が無いんだ、心配して当然だろう!?」
 「あー……なんだっけ、試験前?って言ってたんでしょ?勉強で忙しい〜とかで返せてないだけだって」
 「それならいいんだが……」

 傑は弱々しい声で呟くとのそり、と体を起こしジョッキに残った金色の液体を飲み干す。
 
 「第一、セフレからのメッセージは平気で放置するやつが返信来なくて心配とかよく言うよ」
 「……彼女は特別なんだ」
 「特別ねぇ……」

 すみません、と店員にビールのおかわりを注文する傑の目は据わり気味で、眉間を親指で撫でながらため息を1つ吐き出す。

 「初めて会った時、ガチガチに緊張している彼女を見て本当に大丈夫なのかと心配したが思っていたより相性が良くて。またこの子に会いたいと思ったんだ」
 「へえ、珍しい」
 「だからその後、彼女を見かけた時に衝動的に声を掛けてしまって。今までそんな事しなかったし、しようとも思わなかったのに」

 あ〜ピアス買って渡したって話か。どんな可愛い子からの誕生日アピールでもプレゼントなんて渡さない傑が?って驚いたのを今でも覚えている。
 
 「困惑しているのは分かっていたが、それを逆手にとって無理やりにでも会う口実を作り続けていたんだ。彼女以外に会おうと思えば会える子なんていくらでもいるのに、そんな気分になれなくて。ふとした瞬間、頭に浮かぶのは彼女の顔ばかりで、そんな自分にも違和感はずっと感じていた。まあ、今思えばその頃から惹かれていたからだとは思うが……」

 運ばれてきたビールをグビっと煽りため息を吐き出す姿はこの上なく情けなく見えるが、僕の親友をこんなにもへべれけにしてしまう女の子はやっぱり気になる。まあこの状態でも絶対に教えてくれないと思うが。

 「何回か会うようになって自分に懐いてきてるのは分かっていたし、私が拒絶しない限りは離れていく事もないだろうと思っていた」
 「へぇ、そりゃ大層な自信で」
 「それがそうじゃないかもしれないと気づいた時にあぁ、私はあの子の事が好きなんだと自覚したらそれまでの抱えていた感情や違和感に納得がいって。それからはまあ……こんな様だ」
 
 目じりを下げ自虐的に笑みを浮かべる傑は再びスマホに視線を落とす。チラリと見えた画面には通知マークが付いたトークが幾つかあったが、一番上に設定されているトークルームには依然として通知マークは付いていない。
 
 それでも四角い画面を見つめる表情は見た事ないくらい柔らかく、そんな顔になってしまうほど誰かに惚れ込んでいる親友に羨ましさすら感じた。
  
 正直、今日ここに来るまではあと一歩が踏み出せないでいる親友に女の子の1人や2人でも宛がってあげようかと思っていたが、どうもそれは無駄足になりそうだ。

 「そんなに好きなら告白したらいいのに。別に嫌われてる訳じゃなさそうだしさ〜」
 「それはそうだが……多分、無理だ」
 「なんで?」
 「初めて会った日に、話の流れで私の彼女になってくれるかい?って言ったんだ。……あぁ、その時はもちろん冗談だったが。その時『スグルさんが裏垢男子卒業したら考えます』って言ってて。当時は特に深く考えていなかったが、今もそう思っているなら恋愛対象ですらない可能性もあるだろう?それならまだ身体だけでも繋がりを持てる方がいい」
 「じゃあ消したら?アカウントごと」

 炭酸が抜けてきているメロンソーダーをちゅうっと吸いながら呟いた言葉に「……え?」っと傑が固まった。

 「え?じゃなくてさ。その子の事が好きで、でも告白するのにそれが引っ掛かってるならその不安要素を取り除けばいいだけでしょ。そもそも最近動かしてないんでしょ?まあ、フラれた時用に残しておいて女の子捕まえるのに使うってなら好きにすればいいと思うけど」
 「そんな事するわけないだろう!」
 「じゃあアカウント削除けって〜い!ほらほら!こういうのは思い立った時にチャチャっとやっちゃうのがいいから!はい、早くアプリ開いて〜!ついでに他の女の子の連絡先も消しちゃおっか!」
 「それはもうやってある」
 「まじで?因みに今傑の連絡先に入ってる女の子って何人くらいいるの?」
 「仕事関係を除けば彼女一人だけだ」
 
 ……本気ガチで好きじゃん。てか一途すぎてウケる。
 
 他人の恋愛事情とかこれっぽっちも興味ないけど、遊び人がこれほど誰かに固執してうじうじしている様は面白い。今なら女の子たちがいくつになっても恋バナで盛り上がれる理由が分かる気がしてきた。

 「設定開いて〜……あ、あったあった。ここ押したら裏垢男子スグルくんは見事卒業を迎えます!おめでと〜!って事でさっさと押して!はいっ、3……2……1!」
 「なんで君の方がそんなに楽しそうなんだ……」
 
 そう言いながらも傑は案外素直に"退会しますか?"の下に並ぶ2文字を押しスグルのアカウントはこの世から呆気なく消去された。システム上一定期間は退会取り消しが可能らしいけど、まあ復活することはないだろう。

 スマホの画面には新たにアカウントを作成できるページが表示されておりそれを見る傑の表情には安堵感が浮かんでいた。

 「じゃ、あとは告白して玉砕するだけだね」
 「フラれる前提で話進めるのやめてくれないかい?」

 ただでさえ細い目を更に細めくしゃっと笑う姿に遠い昔の青い日々を思い出す。あの頃は愛だの恋だのよくわかっていなかった僕たちも大人になっていたんだなと感慨にふけながら夜は過ぎていった。


 その後、親友と親友のお気に入りの子がどうなったか。その結末を聞いたのはそれから数週間後の話。





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