純情を抱いて




 夢のようなクリスマスから1ヶ月ちょっと、華やかなイルミネーションで輝いていた街並みはすっかり日常を取り戻していた。楽しかった冬休みは瞬きをする間に終わり、期末テストに向け勉強モードに入っていたらあっという間に1月が過ぎ去っていた。
 
 試験を終え長い春休みに入ってすぐの2月2日。今日は待ちに待った金曜日だ。
 
 スグルさんに会うのは年明けに誘われた初詣以来。
 久々すぎる再会が楽しみすぎてここ数日間ソワソワしているのは自分でも分かっていた。昨日もボディスクラブで肌をつるつるにして保湿効果のある入浴剤を入れたお風呂に浸かり、いつもよりちょっといいフェイスパックを使いながらボディークリームを念入りに塗り込み。
 まるで初デートの前夜のように浮き足立っていた。

 「今日はずっとニヤけちゃいそう……」

 鏡に映る自分の顔はいつも以上に緩みきっている。頬をムニっと上に押し上げてみるが堪えきれない嬉しさに口角がぴくぴくと動いてしまうのは許してほしい。
 
 せっかくだしたまには違うメイクや髪型に挑戦してみようと思い立ちスマホを手に取る。アプリを開き自分がフォローしている中からお目当てのアカウントを探すため指先でスワイプしていく。基本、見る専なわたしのアカウントは美容系からアパレル、節約レシピや人生の推しでもある悠仁くんと気になったもの、好きなものをフォローしていた。

 「んーと……って……あれ?」

 縦に並ぶアイコンの違和感に首を傾げる。上下に指先を動かしていると違和感の正体に気付いた。

 「スグルさんのアカウント……消えてる?」

 黒いマスクを付け顔の一部を切り取ったアイコンが目印だった彼の名前がフォロー一覧から消えていた。バグか何かで見えないだけかと思い名前や覚えているワードで検索をかけてみたが一向にヒットしない。

 「え、……えっ、なんで……?」

 内容が内容だからBANでもされた?と思ったがそれにしては今さらすぎる。定期的に会うようになってから見る事は減っていたが、こうもいきなり消えてしまうと不安に掻き立てられる。

 「……もしかして、彼女が出来た、とか?」

 無意識に口から出た言葉に胸の奥が掴まれるように痛む。もし、そうだとしたら優しいスグルさんの事だから彼女を不安にさせない為に築き上げてきたものを手放す事に躊躇なんてしないだろう。彼女じゃなくても好きな人だったら?誠実に向き合う為に全てをリセットする事だってあり得る。
 
 もしかしたら今日、わたしも彼の中からリセットされてしまうのだろうか。そうなった時、わたしはちゃんと笑って彼の幸せを願えるのだろうか。






 
 胸のざわつきを抱いたままいつもの待ち合わせ場所に行くと道端に見覚えのある車が停まっていた。わたしの姿を見つけると車から降りてきたスグルさんは「今日はちょっとドライブに付き合ってほしい」と言い腰に手が添えられる。たった数メートルを歩きながら今夜は冷えるね、と引き寄せられコート越しでも温もりが伝わってくる。
 いつもなら心の奥まで暖めてくれる温もりも、今日が最後になるかもしれないと考えるとまた胸の奥がじくりと痛む。
 それでもせっかく会えたんだ、盛り下がるような空気にはしたくない。どうせならその時まで1秒でも長く幸せな気持ちに浸っていたいと思いながら開けられた助手席に乗り込んだ。

 車に揺られること1時間。心地よい振動が止まりふと顔をあげると目の前の信号は赤になっていた。

 「今日はよく信号に引っかかるなぁ……」
 「そう言われればそうかも……。ありますよね、そういう日って」
 「そうだね、今日はそういう日かな」

 小さい笑い声が聞こえると糸を切ったように会話が途切れてしまう。今日はずっとこんな感じで会話を交わしてもすぐに沈黙が広がる。車内にはシックでおしゃれな洋楽が流れているのに居心地の悪さを感じてしまう。
 
 「……ナマエちゃん、もしかして今日体調悪い?」
 「……えっ?」
 
 右隣から掛けられた声に一瞬反応が遅れた。慌てて目を向けるとハンドルに手をかけたスグルさんが心配そうな表情を浮かべわたしの顔色を窺っていた。
 
 「いや、なんかいつもより元気なさそうだから。試験終わりだし疲れてる?また無理してないかい?」
 「大丈夫ですよ!とっても元気です!」

 両手を握り小さくガッツポーズをして見せると「ならいいんだが」と彼の目が三日月を描く。

 「スグルさんこそ、今日お仕事だったのに疲れてないですか?」
 「大丈夫だよ、君の顔を見たら全て吹っ飛んでいったから」

 伸ばされた左手が髪の毛に触れ耳に掛けられる。指先が耳の縁を掠め肩が跳ねると、スグルさんはくすりと笑い「あと30分くらいで着くから」とハンドルを握りなおしてアクセルを踏み込んだ。

 ヘッドライトが眩しい幹線道路を抜け車は静まり返った道を進んでいく。ポツン、ポツンと街灯が並ぶ山道を少し昇っていくと広々とした駐車場が見えてきた。

 「……わぁ!」

 駐車場の奥の方まで行くと目の前の光景に思わず声をあげた。フロントガラスから見えるのは小さな光を散りばめた煌びやかな夜景であまりの綺麗さに目を奪われる。

 「この前行ったところは少し歩かないと見えないけど、ここは車の中からでもよく見えるんだ。今の時期にピッタリだろう?」
 「はい!すごーい……綺麗……」
 「喜んでもらえて嬉しいよ」

 スグルさんは緩やかに笑みを浮かべると背もたれを少し倒し長い脚を伸ばす。大きな車なだけに車内も広いが身長が高い彼には少しだけ窮屈そうに膝が曲がっていた。

 「ナマエちゃんってもう春休み入っているんだっけ?」
 「はい、昨日から」
 「大学生の春休みって結構長いよね。なにか予定あるのかい?」
 「今月末に友達と旅行行こうって話はしてますけど、それ以外は特に」
 「そうなんだ。今しか出来ないことも沢山あるだろうから楽しんで」
 「ありがとうございます。スグルさんにもお土産かって……」

 そこまで言って言葉を飲み込む。これじゃまるで、これからも変わらず会えると思い込んでいる言い方じゃないか。期待なんてしちゃいけない、わたし達の関係性は切ろうと思えば簡単に切れてしまうんだから。

 「ナマエちゃん?」
 「あっ、いえ、なんでもないです!」

 あはは、と笑った声は自分が思うより乾いていた。不自然に思われないか心配だったが、気にする素振りもなく彼の視線は目の前の夜景に向けられる。再び訪れた沈黙に何か話題を……と頭を悩ませているとスグルさんが口を開いた。

 「少しだけ、私の話聞いてくれるかい?君じゃなきゃ話せない事なんだが」
 「はい……?」
 「実は最近……と言うほど最近でもないんだが、好きな子が出来たんだ」

 好きな子、と言われて心臓が掴まれるような痛みを覚えた。そしてやっぱりそうなんだとざわめきが確信に変わり、痛みを堪えるようにひざ掛けをぎゅっと掴む。嫌われているとは思っていなかったが、やっぱり彼の特別にはなれないんだと自分の幼さに下唇を噛み締める。

 「その子は私より年下でとても優しくて笑顔が可愛い子なんだ。去年の夏に知り合って。最初は特別好意を抱いて訳でも無かったんだが、その子の事を知っていくうちに自分自身に違和感を感じるようになっていたんだ」
 「違和感?」
 「ふとした時にその子の顔が頭の中に浮かんだり、今まで他の子には絶対しなかった事をするようになったり……」

 真っ直ぐ前を向きながら話を続けるスグルさんの表情は柔らかい。今まさに彼の頭の中を占めているのはその好きな女の子なんだろうと容易に想像がつく。

 「そんな時、ある事をキッカケに自分の抱いていた感情に気付いて自覚したんだ。その瞬間全てに納得がいった。ああ……私は好きなんだと」
 「それで……?」
 「それからは、私なりに好意を伝えていたつもりなんだ。特別な日にデートへ誘ってみたりもしたけど、当の本人はそれに気づいてくれていないみたいでね」
 「あー……ちゃんと言わないと分からないってタイプの子かもしれないですね」
 「正にそうだね。少しばかり鈍感な子だから言葉で、行動で示さないと、と思って」
 「……だから、裏垢も消したんですか?」
 「うん?ああ……そうだよ。出会った日にそう言っていたからね」

 「だから……」と上体を起こしたスグルさんがこちらを見つめてきた。だから?その後に続く言葉が想像出来てしまい、向き合いたくないのに自然と彼の顔を見あげてしまう。

 「終わりにしたいんだ、今の関係を」

 静かに語られた言葉が頭の中を駆け巡る。予想していたからかその言葉は案外簡単に処理され分かりました、と小さく頷く。鼻の奥を突く痛みに泣くな、と必死に言い聞かせ無理やりな笑顔を作ってみせる。

 「その子のためにもその方が絶対いいと思います!今まで色んな所連れて行ってくれて……色んなこと……教えてくれて……ありがとう、ございました……っ」

 だめだと思ったのに、溢れてきたもので視界が歪み慌てて顔を背ける。こんな所で泣いたらスグルさんを困らせるだけなのに。最後くらいめんどくさい女だと思われず終わりたかったのに。

 「……やっぱり、君にはきちんと言葉にして伝えないとだめみたいだね」

 スグルさんは独り言のようにそう呟くとわたしの肩を優しく叩いた。柔らかな声色で「こっち見て」と囁かれ恐る恐る後ろを振り向くと大きな手の平に頬を包み込まれた。

 「今話してた子、誰の事か分かるかい?」

 目線を合わせるように軽く顔を持ち上げられ、瞼の下に添えた親指の腹がスリ……っと肌を掠める。

 「好きだよ」
 「……え、……へっ、?」
 「好きなんだ、名前ちゃんの事が」

 優しく微笑みながら紡がれる言葉が身体の奥まで浸透していく気がする。すき。スグルさんが、わたしの事を……。

 「それは嬉し涙?それとも違う涙?」
 「あの、これは……っ、その……っ」

 気付けばボロボロと涙が溢れていた。目元を拭う指先が温かくて優しくて、また涙が溢れてくる。
 
 ぐずぐずと鼻を鳴らすわたしに「困らせてしまったかな?」と眉尻を下げるスグルさん。違うんです、と首を横に振り涙でぐちゃぐちゃになっているであろう顔をあげる。

 「ス、グルさん……」
 「なんだい?」
 
 わたしも、ちゃんと言わなきゃ。ずっと胸の奥底に押し込み続けていた気持ちを、想いを。

 「わたし……、」
 「うん」
 「わたしも、スグルさんの事が……好きで、っ」

 自分の気持ちを言い切る前に突然腕を引かれ抱きしめられた。お腹の辺りに肘掛けが当たって少し体勢が辛いけど、そんな事どうでもいいくらい全身にじわじわと暖かいものが広がっていく。
 
 「私の、彼女になってくれるかい?」
 「っ……ふっ、……ぅんっ……」

 こつん、と額を合わせ見つめてくる琥珀色の瞳に何度も頷く。嬉しそうに笑みを浮かべるスグル……傑さんの背中に腕を回し肩に顔を埋めると、頭を抱えるようにぎゅうっと強く抱きしめられた。




 想いを伝え合い静かな車内で暫く抱き締めあったあと「そろそろ移動しようか」と逞しい腕が離れていった。涙はすっかり引いていたが離れていく温もりが恋しくて傑さんの服を軽く引っ張る。

 「こら、あんまり可愛い事しない」
 「ごめんなさい……」
 「甘えてくれるのは嬉しいけど、これでも結構必死で我慢しているんだからあまり煽らないでくれ」
 「我慢……?」

 一体何を?と顔をあげると視線が絡み合う。薄暗い中でも表情が分かるほどの距離に胸がドキッと高鳴り咄嗟に顔を背けるとくすくす笑われた。
 
 「久しぶりに会って、恋人同士になれて今とても幸せだ。けど私もそこまで出来た大人じゃないから、可愛い彼女を早く自分の家に連れて帰りたいとも思ってる。まあ……簡単に言えば早く君を抱きたい」
 「……っ、!」

 背中に回された手のひらが背筋をなぞり耳元で吐息交じりに囁かれ肩が震える。

 「もちろん、名前ちゃんが嫌なら今日はただお泊まりするだけでもいいけど」
 「嫌じゃ、ないです……」
 「よかった。じゃあ、家に戻るまでいい子にしてるんだよ」

 後頭部に手を添え近付いた唇が前髪に軽く触れる。そこは口にしてくれないんだ……と思わず唇を尖らすと「こっちは帰ってから、ね」とわたしの唇を親指で軽く撫でるとハンドルを握りエンジンをかけた。





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