03







 浅瀬を漂っていた意識が浮上し目を覚ました。カーテンからは1本の光が差し込んでいて眩しい。
 今日は確か土曜日、少し朝寝坊しても問題ない日だ。

 「ふぁ……」

 欠伸をしつつ寝返りを打つと薄ら開いた視界を真っ黒な壁に支配された。わたしの部屋ってこんなに壁黒かったっけ?と疑問が湧き上がる。

 重い瞼をこじ開けよくよく見ると黒い壁は皺が寄っていて柔らかそうな布地に見える。しかも何故か暖かい。頭に浮かぶのははてなマークばかりで、なんとなしに壁に手を伸ばした瞬間ぐいっと引き寄せられた。

 「おはよう」
 「っ!お、はようございます……」

 頭上から降ってきた声色に肩が跳ね、顔を上げると既に目を覚ましていた傑さんと目が合った。
 そうだ、思い出した。昨日はドライブに行って夜景の見える場所で告白されて……そのまま傑さんのお家にお泊まりしたんだった。

 「よく眠ってたね。身体、大丈夫かい?」

 抱き寄せた手のひらが腰を撫でゾワゾワと肌が粟立つ。労る手つきなのに妙に色っぽさを感じるのは数時間前まで甘い言葉を囁き至る所へ快感を教え込まれていたからだろう。
 じわり、と滲みそうな欲望を必死に抑えて頷くと安心したように笑みを浮かべる。

 「よかった。少しがっつきすぎてしまったかなって心配していたんだ」

 あれで少しなのか、と昨日の事を思い出す。
 あの後、体制を変えては何度も絶頂まで導かれ正直後半の記憶は朧気だ。それでも唇を重ねては囁かれる愛の言葉だけはしっかり覚えている。その数々を思い返すとむず痒くなり、目の前の胸板に顔を埋めたらぎゅうっと抱き締められた。

 「はぁ……まさかこんな幸せな誕生日を迎えるとは思ってなかった」

 聞こえてきた独り言は心底幸せそう。そっかそっか、それは何より……って、
 
 「……たん、じょうび?」
 「ん?ああ、私今日誕生日なんだ」

 ギギギ、っと古いロボットみたいに顔を見上げると傑さんは何か変なこと言った?とでも言いたげな表情をしていた。

 「誕生日、今日?」
 「そう、今日」
 「〜〜っ!なんでもっと早く教えてくれないんですか!」
 「なんでって……聞かれなかったから?」

 そうだけど!いや、そういう事じゃなくて!と地団駄を踏みたくなるわたしを可笑しそうに笑い「まあまあ、落ち着いて」と背中をぽん、っと撫でられる。

 「もっと早く言ってくれたらプレゼント用意したのに……」
 「プレゼント?それならもう、貰っただろう?」
 「え?わたしまだ、……ッ」

 何もあげてないですよ、と言いかけた所で覆いかぶさってきた傑さんに唇を奪われる。
 唇を啄み舌先で隙間をなぞられれば勝手に口が開き、差し込まれた舌が口の中を愛撫し鼻から甘い吐息が抜けていく。しばらく舌を絡め合うとリップ音を立てて唇が離れていった。

 「名前ちゃんが私を選んでくれた事が私にとって最高の誕生日プレゼントなんだ。だから、それで十分さ」

 ……そんな事言われたら、何も言い返せなくなる。
 それでも初めて迎える恋人の誕生日は何かしてたげたいと思うわけで。

 「でも、やっぱりちゃんとお祝いもしたいです」
 「うーん、そうだな。……じゃあ、私のお願い聞いてくれるかい?2つほどあるんだが」
 「……!はい!あ、でもあんまりお金とか持ってないのであれ買って欲しいとかならちょっと相談させてもらえると……」
 「ふふ、可愛い彼女に集るわけないだろう?凄く簡単で、名前ちゃんでもすぐに出来ると思うから」

 わたしでもすぐ出来る?何だろう、と考えているとコツン、と額が合わさる。

 「まず1つ目は敬語とさん付け禁止。嫌ってわけじゃないが、やっと恋人同士になれたんだ、もっと君を近くに感じたい」
 「えっ!だ、だって傑さ、「傑」……傑、くんだってわたしの名前呼ぶとき……」
 「名前」
 「……〜ッ!ずるい!」
 「ははっ、まあこれはゆっくり慣れてくれればいいさ」

 わたしが乗り越えられない壁を彼は易々と越えてきた。悔しい、と思う反面そういえば出会った時からずっとこんな風だったなと思ったしこの先もきっとそうなんだろう。

 「あともう1つのお願い事は?」
 「ああ、あともう1つは……」
 「??……えっ、ひゃっ!」

 にやり、と笑みを見せわたしの身体を引き寄せると傑さんの上に乗せられた。鍛えられた胸板はぶ厚いのに柔らかみもあってトクトク、と鼓動が伝わってくる。

 「あ、あの、わたし重いから……!」
 「羽みたいに軽いから平気さ。それより、あともう1つの願いだが……」

 伸びた手が頬を包み遊ぶように親指が肌を撫でる。穏やかだった表情が真剣なものに変わりドキッと胸が高鳴る。

 「来年も再来年も、その先も……こんな風に私の誕生日を一緒に過ごしてほしい。もちろん、名前の誕生日も私に祝わせてほしいし、名前と色んな景色を見に行きたいと思ってる。だから……ずっと、傍に居てくれるかい?」

 真っ直ぐ、でもどこか不安げな瞳がわたしを射抜く。そんなの返事は1つしかないに決まってるのに。

 傑さんの肩に手を置いて精一杯首を伸ばす。来年はプレゼントを用意してケーキと美味しいご飯でパーティーもしようと心に誓う。そして、今年以上に幸せな誕生日を一緒に過ごせますように、と祈りを込めて自分の唇を押し付けた。




 不純な気持ちを抱えて始まったわたし達は今日、純情を手に入れた。






 fin



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