夜のほとぼり
あんなに長いと思っていた春休みも気付けば残り僅かになっていた。長い休みを謳歌しているわたしと違い、会社勤めの傑くんはここ数週間とにかく忙しかったらしい。寝る前に交わした電話口からは『まあ、社会人の宿命だから仕方ないよ』と少し疲れた声色が漏れていた。なんでも普段は殆どする事が無い残業に休日出勤が続いていたとか。
大人って大変なんだな、と思いつつ自分も社会人になれば経験するであろう繁忙期を終えた傑くんと今日、漸く会うことが出来た。
久々に顔を見てびっくりしたのはキリリとした目元の下に薄ら浮かび上がるくま。出会ってからそんな顔を見たことが無かったため心配になったが『ただの寝不足だから大丈夫』と笑みを浮かべる傑くんにホッと胸をなでおろした。元々彼の家に泊まる予定をしていた今日はそういう事をするんだろうなと思っていたが、予想以上にお疲れな傑くんに邪な考えは捨てる。美味しいもの食べてゆっくりお風呂に入って一緒に眠りにつく、それだけで充分だと思っていた。
――思っていた、のに。
「ん、っ……ふッ」
一緒にご飯を食べて別々にお風呂に入り、ベッドに横になりおやすみと言い合うと触れるだけのキスが降ってきた。久しぶりの感触が嬉しくて、傑くんにも喜んでもらえれば嬉しいなくらいの気持ちでわたしからも唇を重ねたらどうやら彼のスイッチを押してしまったようだった。
包み込むように抱きしめていた腕に力が入り、逃がさないと言うように後頭部に手を添え角度を変えながらキスの嵐が降ってくる。
寝室にリップ音が響きスウェットの中に手が差し込まれるとツーっと背中を撫で指先が下着に掛かる。男らしい指先は意外にも器用で、簡単にホックを外すと背中をまさぐりだした。
「ちょっと、傑くん、」
「うん?なんだい?」
「なにしてるの?」
「なにって……可愛い彼女を抱きしめているだけだが、それがどうしたんだい?」
ん?と、とぼけたように小首を傾げているがその瞳は確実に欲を含んでいて楽しげに弓を描いている。抱きしめられたまま寝返りをうつと傑さんの上に乗せられ腰を引き寄せられた。
太もも辺りにグリっと何かが押し付けられ、覚えのある熱に慌てて退こうとベッドに手を付くと「だーめ」と耳元で囁かれる。甘い声に身体の力が抜けそうになるが何とか腕に力を入れ傑くんの肩を軽く押し返す。
「すぐる、く……ちょっと、ダメですってば」
「どうして?」
「だって仕事で疲れてますよね?」
「そうだね、睡眠時間も削っていたからそれなりに疲れてるよ」
「じゃあ……!」
今日はちゃんと寝てください、そう言うわたしを見上げる傑くんの手は止まらず腰からお尻にかけ移動すると柔い肉を撫でだす。裾から差し込まれる熱に今日は少し暖かいからとショートパンツの部屋着を持ってきてしまった事を今さら後悔する。
「とても疲れてるから、名前に癒してほしいんだが……だめかい?」
身体を撫でながらうっとりとした表情でお伺いを立てる傑くんに掻き立てられそうになる。頭の中ではダメだと思っていても、撫でる手が頭の中を真っ白にするくらい気持ちよくしてくれる事を知っている身体はじわり、じわりと熱を帯びていく。
「す、ぐる……く、」
「ね?だめかい?」
男らしい指先がショーツの隙間から侵入してくる。肌をくすぐり耳元で囁かれたら断る事なんてできるはずがなくて。
抵抗していた腕の力を抜きコツン、とお互いの額を合わせ見つめる。
「……1回だけ、ですよ?」
ぽつり、と呟いた返事に傑くんは嬉しそうに笑みを浮かべ抱き寄せられたまま2人でシーツの海に埋もれていった。
上がった呼吸を整えながら天井をぼんやり眺める。恋人によってぐずぐずに溶かされた身体には力が入らず、乱れたシーツを爪先で引っ掛けるのが精一杯だ。
淡いダウンライトで照らされた室内にはついさっきまで重ねていた欲が色濃く残り、吐き出す吐息は熱くまだまだ余韻を引きずりそうだった。
「大丈夫?」
ベッドが軋むと同時に掛けられた声に視線を動かす。大きな背中に掛かる長い黒髪が汗で張り付いていて思わず目を奪われる。
わたしの視線に気付いた傑くんはふっ、と小さく笑い手を伸ばしてきた。反射的に目を閉じると切ったばかりの前髪を撫でられ「可愛い」と呟き唇に柔らかいものが触れる。生ぬるく心地いい温度に心を擽られるのにそれはすぐに離れていった。
再び目を開けると手のひらでわたしの頬を包み込みじっと見つめてくる琥珀色に気恥しさが襲い顔が熱くなっていくのを感じる。
「ふふっ、顔真っ赤だよ」
「だって……」
「目もうるうるしてて……そんな顔されたら堪らないな」
冷蔵庫から取ってきたミネラルウォーターをサイドテーブルに置く。わたしの身体を覆い隠すようにベッドに乗り上げ両手をシーツに押し付けると首筋に顔を埋めてきた。
「も、お……まだするんですか?」
「ん……だめ?」
「1回だけって言ったのに……」
「仕方ないだろう?名前が可愛すぎて1回や2回じゃ止まらないんだ」
「そこは止めてよ、っ」
熱を持った舌が肌を舐め上げピクっと肩が跳ねる。もう無理って叫びたいのに、身体の奥から湧き上がってくるものはまだまだ彼を求めている証拠だ。
少し汗ばんだ身体がのしかかり互いの身体が吸い付くように密着する。首筋から顎に向かってキスされながら押し付けられる熱に今日2度目の「1回、だけですよ」と呟くわたしの声は唇で塞がれた。
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