夜華に染む君




 傑くんの家にお泊まりしたある日、一緒にコンビニへ行った帰り道を歩いていると街の掲示板に張り出されたポスターが目に入った。浴衣姿の女性の後ろ姿と夜空を色取る華やかな花火の写真に思わず足を止めると「来週、すぐそこの神社であるみたいだよ」と教えてくれた。
 規模はそこまで大きくないが祭りのフィナーレを飾る花火が有名らしく、駅からのアクセスの良さも相まって毎年多くの人が訪れているらしい。
 花火かぁ、去年は友達と行こうと言っていたが結局行けなかったんだよなと考えていると「行くかい?」とお誘いを受け二つ返事で頷いた。



 そして迎えた今日。初めての夏祭りデートの為に新調した浴衣に悪戦苦闘しながら着付けをし、メイクをして髪の毛もSNSで見つけた動画を真似しながら整えた。
 姿見の前でくるりと一回転し変な所がないかなど確認していると家のインターフォンが鳴った。モニターに映った姿に口角が上がり「開いてるからどうぞー」と声をかけるとすぐにガチャっと扉が開いた。

「こら、名前。鍵は閉めておかないと……」

 玄関から聞こえる声の元に駆け寄ると言いかけていた言葉がだんだん尻窄みになっていく。パチパチと瞬きした目が上から下、そしてまた上へと動き、袖を少しあげて「どう……ですか?」と小首を傾げると片手で顔を覆いため息を一つ吐き出す。
 その反応に似合ってなかったのかと不安になっていると「おいで」と呼ばれ一歩近付くと浴衣が着崩れないように優しく抱きしめられた。

 「はあ……今日祭り行くの辞めようか」
 「え!これダメでしたか……?」
 「そうじゃなくて」

 腕の力が緩み顔を見上げるとコツン、と額が合わさる。

 「浴衣、とてもよく似合ってる。可愛い。だがこんなに可愛い君を他の男に見られると思うと面白くなくて」
 「でも浴衣着てる女の子たくさん居ると思いますよ?」
 「それはそうだけど。……まあ、男のみっともない独占欲みたいなものだから気にしないでくれ」

 くすりと笑い抱きしめられていた腕が解ける。差し出された手は行こうかの合図。大きな手のひらに自分の手を重ね下駄をつっかけて家を後にした。

 



 
 ――カラン、コロン

 慣れない下駄を鳴らし賑やかな祭囃子に耳を傾けながら屋台が並ぶ道を歩いていく。真夏日だった今日は日が沈んでも熱い空気が漂い、人混みの熱気も合わさってじわりと汗が滲む。

 「大丈夫かい?」
 「はい、大丈夫です」
 「食べたい物とか見たいところあったら言うんだよ」

 神社に到着するまで握られていた手はわたしの肩を抱き、行き交う人とぶつからない様にという気遣いが感じ取れてそんな優しさにいつもキュンとさせられる。
 むず痒い気持ちを抱えながら歩いていると楽しげな子供たちの声聞こえてきた。

 「あ、ヨーヨー釣り……」

 パシャっと落ちた水飛沫がライトに反射し、悔しがる子どもに『オマケだぞ』と屋台のおじさんが新しいこよりを渡していた。

 「やりたい?」
 「やりたい、です」

 こくり、と頷くと笑みを浮かべ「いいよ」と言う彼の服をきゅっと掴み店の方へ歩き出した。
何年かぶりに挑戦したヨーヨーすくいは非常に難易度が上がっていた。水面に浮かぶカラフルな風船、その中でも一際目を引いたのは黒地にゴールドラインがデザインされたもの。何となく傑くんぽくて2回目の挑戦で漸くゲットする事ができた。

 そうこうしている内に花火の時間が迫ってきていた。屋台で焼きそばとたこ焼き、飲み物を買い「穴場があるから案内するよ」と言う傑くんに連れられ通りから外れ小道に入っていく。
 賑やかな場所から一転、辿り着いたのは人気のない神社の境内の一角だった。提灯の灯りだけが頼りなそこには小さなベンチがあり葉っぱを払ってくれた場所に腰掛ける。

 「ここから見えるんですか?」
 「あぁ、前と上げる場所が変わってなければ見えるはずだよ」
 「……もしかして、女の子と来たことあります?」

 まるで何度か来た事がある様な言い方にチラリと顔を覗き込む。そんな事聞いたって意味ないのは分かってるのに、たまに見える彼の過去の恋愛にどうしても嫉妬してしまう自分がいる。

 「あー……女の子ではあるが、名前が不安がるような相手じゃないよ。高校からの友人だし、何よりその時は他の友人や後輩たちもいたからね」

 今度皆んなにナマエのこと紹介するからと、頭を撫でられ小さく頷く。傑くんのお友達……どんな人たちなんだろうか。

 「さ、お腹空いただろう?食べようか。どっち食べたい?」
 「じゃあ……たこ焼きで」

 容器の蓋を開け立ち込めるソースの香りに空腹が刺激される。小ぶりなたこ焼きを爪楊枝で落とさないように持ち上げいただきます、と呟いてからパクッと口に入れた。

 「ぁ、つ……!!」
 「え、大丈夫かい!?」

鼻に芳ばしい香りが抜けたと思ったら中からトロリと出てきた生地が思ったより熱く舌先を火傷してしまった。傑くんは慌てて飲み物を差し出しカップに入ったオレンジジュースを一口飲む。
 熱いものが喉元を過ぎ一息つくと火傷した場所が痛みだす。

 「いひゃい……」
 「もう少し冷ましてからの方がよかったね。大丈夫?ちょっと見せて」

 心配そうな表情を浮かべる彼に控えめに口を開け舌先を見せる。暗がりで見えづらいのか顎を持ち上げられ顔が近づきその距離の近さに別の意味でじわりと汗が滲む。

 「そんなにひどくは無さそうだし、数日で治ると思うよ。ヒリヒリする?」
 「ひゃい……」
 「そっか」

 顎から頬を包み込むように手のひらが動きじーっと見つめられる。好きな人の前で舌を出してる自分の姿が急に滑稽に思えてきて引っ込めると「だめ」と制される。もう一度舌を出すと満足気に笑い舌ごと飲み込むように唇が重なった。

 「ん、っ……!」

 ぬるりと舌先を絡め取られ背中がぞわりと粟立つ。外なのに、誰かに見られたら……と考える一方でそのキスの気持ちよさを知っているわたしは彼の服を掴んで耐える事しかできない。唾液を混ぜながらしばらく舌を絡め、唇が離れる頃にはピリピリした痛みで目の前が潤んでいた。

 「っはぁ……はぁ……っ」
 「ふふ、外なのにそんないやらしい顔して」
 「だ、って……」

 貴方のせいでしょ、と言いたいのに言葉はまた彼の唇によって塞がれていく。後頭部を支え角度を変えては重なる熱に夢中になっていると遠くの方で花火の上がる音と観客の歓声が聞こえ始めた。
 
 ヒュ〜……――ドンッ、ドンッ……

 薄ら目を開けるとうっそりと目を細める傑くんの顔が次々と打ち上がる花火の光に照らされどうしようもなくドキドキしてくる。だけどこのままだとこの場で流されそうになると思い彼の胸を軽く押し返した。

 「んっ、すぐるく……、花火……」
 「あぁ、綺麗だね」

 目線で遠くの空を指しても傑くんの目はこちらに向いたまま変わらず、お互いの唇が触れそうな程まで顔が近付くと甘い声で名前を呼ばれた。

 「ね、ナマエ」
 「な、に?」
 「花火、最後まで見るかい?それとも帰りの混雑を避けるために早めに帰る?」

 スリ……っとわたしの頬を撫で問いかけてくる琥珀色の瞳はギラリとした欲を孕んでいる。そんな顔をされたら断る事なんて出来ないのに。


 緩い三日月を描く唇に自分のを軽く押し付けるとお互いの手を取って立ち上がった。



 

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