底なし恋沼





 一生忘れる事のできない日から気づけば1週間経っていた。スグルさんのアカウントには今日も女性と身体を重ねている動画がアップされていて、投稿してまも無いのに既にイイネが3桁を超えそうだ。
 
 今回の人は裏垢女子界隈の中では有名人らしくリピーターさんだとか。大きな胸にキュッと締まったウエスト同性から見ても憧れるスタイルで彼の上で艶めかしく動いている。

 「はぁ……スグルさん、すごかったなぁ」

 スマホを伏せてベッドに横たわる。いつだったか誰かが彼の事を一度ハマったら抜け出せない、底なし沼みたいな人と例えていた。
 大袈裟な事を書く人だなと思っていたが、あの日の事はいつまで経っても忘れられない。寧ろ日が経つ事にもう一度会いたい、もう一度触れてほしいと思うようになっている辺りわたしも片足くらいは突っ込んでる気がする。

 たった1回、それが終わったらただのフォロワーに戻ると決めた癖にあの数時間で芽生えてしまった燻りは感情に変わりつつある。こんなにも早く会ってしまったことを後悔するなんて自分でも驚いた。

 「忘れなきゃなぁ……」

 天井を眺めながらポツリと呟く。大人でスマートで優しくて、そんな彼とどうこうなれるとは思ってないし何より彼女を作るつもりはないと言ってた。
 実際、自分の彼氏が裏垢を作って女の子と会ってたなんて聞いたらいい気分はしないし、仮に万が一付き合えたとしても長続きしないのは目に見えてる。
 スグルさんとの事は1つの想い出として胸に秘めておう、そう考えながら眠りについた。






 翌日、午前中の講義を終え友達とランチを食べたあと1人街中をぶらついていた。土曜日の昼過ぎ、街には買い物に来てる客も多く子供連れの家族やカップル、友達同士など皆思い思いに過ごしているようだった。
 
 「あれ、こんなお店あったっけ?」

 ウィンドーショッピングを楽しんでいると見覚えのないショップの前で立ち止まる。白と黒を基調にした店構えで店頭から見る限りアクセサリーを販売しているようだ。そう言えば最近ピアスを片方無くしちゃったんだ、と思い出しシルバーカラーのドアノブを押して店に入った。
 
 店内には数人のお客さんがいてテーブルにはリングやブレスレット、壁にはネックレスなどが並び比較的シンプルなデザインが多いようにみえた。
 店内をぐるりと一周すると壁の一角にピアスが並んでいるのを見つけ1つ1つ見ていく。シルバーやゴールドの丸玉にパール、誕生石をあしらったワンストーンピアスなどが並び目移りしてしまう。商品を見ているとガラスの什器にセットされたピアスに目が止まった。見覚えのある色と形に不意に頭に彼の事が思い浮かぶ。

 「そういえばこんなピアス付けてたなぁ」

 蘇るあの日の光景に1人羞恥心に襲われ小さく頭を振る。色欲にまみれた空間で一層存在感を放っていた黒くて丸いピアス。おそらく彼のは拡張ピアスだと思うが、彼自身の雰囲気もあってよく似合っていたのを覚えてる。
 そっと什器を持ちあげ店員さんに声を掛け鏡の前で軽く耳元に宛てがう。デザインはとてもシンプルだがわたしの肌色には合わないようで、黒色だけが不自然に浮いてみえる。

 「君にはこっちの方が似合うと思うよ」
 「そうですか?……って、うわぁぁっ!」
 
 顔の角度を変えながら鏡を見ていると急に差し出されたキラリと光るジルコニアのピアス。反射的に返事をした後あれ、この声どこかで……と鏡越しに上を見るとそこに映っていた顔に驚き身体がよろけてしまう。

 「おっと……大丈夫かい?ここの店ちょっと狭いから危ないよ」

 ぐいっと腕を引っ張られ勢いそのまま抱きしめられる形になってしまい、慌てて腕を突っぱねて離れる。
 
 「あ、りがとうございます……。スグルさん、何でここに?」
 「ちょっと買い物に。そしたら見覚えのある可愛い子がいるなと思って。ナマエちゃんも買い物?」
 「わたしは学校の帰りです。初めてみるお店だったんですけど、アクセサリー売ってそうだったのでピアス見てみようかなって思って」
 「そうなんだ。土曜日まで偉いね」

 ふわり、と大きな手で頭を撫でられる。初めて会った時のスグルさんはスーツ姿だったけど、今日はゆるっとしたTシャツに少し太めのパンツ姿。格好が違うと印象も変わるが私服もめちゃくちゃかっこいい。しかも、

 「今日はマスクしてないんですね」
 「あぁ、あれは女の子と会う時用だから。今日は予定無いし何よりこの時期にマスクは暑いからね。でも君に会えるならもう少しマトモな格好してくればよかったかな」
 「えっ、いや、今日もかっこいいです!」
 「ははっ、そうかい?ありがとう。そう言えばピアス見てたって言ってたけど気に入るのあったのかい?」
 「それがどれも可愛くて目移りしちゃって」
 「私はこれが似合うと思うけどね」

 ほら、と腕を引かれ通路に掛かった細長い鏡の前に立つと後ろからピアスを宛てがわれる。先程のジルコニアピアスだ。小ぶりだが光に反射するとキラキラとした輝きを放ち存在感は抜群。しかもこのサイズ感ならイヤーロブだけじゃなくアッパーロブにも使えるかもしれない。

 「可愛い!これにしようかなぁ……」
 「他にもあるからゆっくり見てみるといい」
 「そうしてみます!」

 正直決心していたが後から後悔するのもな、と思い再度商品を見て回った。それでもやはりあのピアスが1番可愛い、あれにしようとレジに向かおうとしてこちらに戻ってきたスグルさんに小さな紙袋を渡された。
 
 「??えっと……これは?」
 「さっきのピアスだよ」
 「……えっ!?なんで!?」

 驚いて紙袋とスグルさんの顔を何度も見ると可笑しそうに笑われる。いや、笑い事じゃないんですけど!!
 
 「半ば私が強引に勧めたようなものだからね、貰ってくれると嬉しい」
 「いや、でも……!」
 「いいから」
 「だめですって!!こんな高いの!」

 やんやと言い合ってると不審に思った店員さんに『どうかされましたか?』と声を掛けられここが店内だった事を思い出す。スグルさんがにこやかな笑顔で「いえ、何でもないですよ」といなすと私の手を取って店を後にした。

 手を引かれるまま暫く歩き大通りから離れた公園に入るとベンチに腰掛けようやく手が離れた。

 「あの、やっぱりお金払います!」
 「いいから。プレゼントだと思って貰ってほしいんだ」

 鞄から財布を取り出そうとするとその手を捕まれ指を絡めて繋がれる。なんで、たった一度会っただけの大学生に?それとも社会人にとって数千円のピアスはコンビニでアイスを買うくらいの感覚なんだろうか?
 
 「本当にいいんですか?わたし学生ですしお返しとか何も出来ないですよ……」
 「お返しなんて求めてないよ。君に似合いそうだったから贈った、それだけさ」
 「だからって……」
 「うーん、納得してくれないか」

 顎に指を添え暫く考え込むとあっ、と顔を上げたスグルさんの手が伸び、そのままふにふにっと耳朶を摘まれる。指先で遊ばれ擽ったくて肩が竦む。
 ふっと小さく笑みを零すとまるでヒソヒソ話をするように顔が近付く。

 「次、これを付けて私に会いに来る。それがお返しで構わないよ」
 「……そんな事でいいんですか?」
 「あぁ、私ももう一度君に会いたいと思っていたからね。ナマエちゃんはお返し出来るし私は君に会えるしお互いいい事尽くしだろう」
 「なんで、」
 「なんで?それはね……」

 片手が脇腹に伸び服の上からツーっと撫でられる。ぞくぞくっとしたものが背中を走り、声を上げそうになり咄嗟に口を手で抑える。時間はまだ夕方、少し離れた所では子供達が無邪気な笑い声を上げながら遊んでいる。
 
 平和で健全的な時間が流れている筈なのにわたしたちの周りだけ深い深い色欲に包まれ、背徳的な雰囲気にどうにかなりそうだ。

 「今度、会いに来てくれたら教えてあげよう。いいね?」
 
 耳元で囁くと微かに唇が触れ、そこからじわじわと熱が帯びてくる。その熱は頭の中まで侵食し思考までも引きずり込む。小さく頷くと人のいい笑顔で「いい子」と頭を撫でられどぷん、と底なし沼に落ちた。



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