2人きりの夜色






 暗闇の中、淡い光を放つ街灯の下を歩きながら視線を下に向ける。緩く巻かれた毛先は歩く度に揺れ、シルバーカラーのドロップ型ピアスが耳元を飾っている。
 それを眺めていると不意に顔を上げた栗色の瞳と視線が絡んだ。
 
 「スグルさん?どうかしました?」
 「うん?いや、今日はあのピアス付けてないんだなって思って」
 「あ、……!それは、その……!」

 ギクリと顔が引き攣り「えっと、その……!」と慌てて弁解しようとする彼女に思わず吹き出す。

 「そんなに慌てなくても大丈夫。そもそも今日は私が急に誘ったからね、迷惑じゃなかったかい?」
 「とんでもないです!えっと、とっておきの場所でしたっけ?楽しみだなぁ……」

 楽しそうに笑みを浮かべる彼女の手を握り直し、手の甲を親指でスリっと撫でる。肩が小さく跳ねどこか気恥しそうに顔を背ける姿に思わず「可愛い」と言いかけて口を紡ぐ。

 「……らしくないなぁ」
 「???」
 「いや、何でもないよ」

 らしくない。それは最近の口癖だった。
 例えば、出逢って間もない子に贈り物をしたり、2人で少し遠出したり、体調を崩したからと看病したり。
 
 「わぁ〜!すごい……!綺麗ですね!」

 恋人でも無い女の子を連れて夜景を見に来たり、とか。









 翌日に有給休暇を控えた木曜の夕方。いつもならコンビニで適当につまみと酒を買って帰るのがルーティンになっているが、明日は折角の休みだし真っ直ぐ帰るのも勿体ないなと思いスマホを開いた。青色のアイコンをタップしアプリを開くとメールマークの所に通知を知らせる赤い数字が表示されていた。それをタップすると丸型のアイコンが縦に並び適当に選びつつメッセージを開いていく。
 
 殆どは"ぜひお会いしたいです。"や"来週そっち行くんだけど、時間合えばどうかなー?♡もちろんホテル代は出すよ!"といったアポ取りばかり。前までならこちらの都合に会えば基本的には会っていたが、最近は断る事も増えていた。今回も特に会いたいと思う子は居らずお断りのメッセージを送ってアプリを閉じた。

 「……明日って学大学あるよな」

 ふと思い立って緑色のメッセージアプリを開く。
 上から4つ目のトークルームをタップすると数日前に私が送ったスタンプ以降メッセージは届いていなかった。文字を打ち込み送信ボタンに指を置こうとしてまた"らしくないな"と自嘲気味に笑う。
 
 今、メッセージを送ろうとしているのは自分より5つも年下で、数ヶ月前に自分の処女を貰ってくれと言ってきた子。
 彼氏すら作ったことがないという彼女は最初こそガチガチに緊張していたが、思いの外身体の相性がよく街での再会をキッカケにほぼ毎週末彼女を誘ってはベッドに雪崩込むようになっていた。
 
 話の流れからLIMEを交換した時は流石にマズイかと思ったが、彼女は連絡手段の1つとしか考えておらずムダにメッセージが届くことも無い。そのほどよい距離感が心地よく、普段は使わないスタンプを送るくらいにはらしくない所を引き出されている気がする。
 
 そんな彼女に金曜でもないしホテルでもない場所に誘おうとしてるんだから本当にらしくない。



 ――お疲れ様。急なんだが今夜いつもの所で会えるかい?



 3分後に届いた返信に目を通して車のアクセルを踏み込み、いつもの待ち合わせ場所に向かった。








 彼女と合流し助手席に乗せると再び車を走り出させる。学校終わりだと言う彼女はビックシルエットのパーカーを着ていていつもよりカジュアルな印象だった。
 裾の短さに驚いたが「あ、ちゃんと下履いてますよ!」と少し前に流行った芸人のネタに似た言い回しに笑ってしまう。

 「そういうのも着るんだね」
 「学校の時は動きやすい服多いんで。でも今日スグルさんと会えるならもっと可愛い服にすればよかった……」
 「そうかい?十分可愛いと思うけど。……ココとか触りやすいし」

 信号で止まると左手を伸ばしパーカーの裾から覗く白い脚を撫で上げると「ひゃっ!」っと驚きの声があがる。

 「ス、スグルさん……!」
 「ははっ、すまない。でもこんなに魅力的な格好をしているのに触るなって言う方が無理だろう?」
 「だからって……!ほら、もう!前見て!信号青ですよ!」
 「はいはい」

 顔を真っ赤にするナマエちゃんにくつくつと笑いを堪えアクセルを踏む。恥ずかしがりやでコロコロと変わる表情は見ていて飽きない。イタズラを仕掛けながら車を走らせ目的地付近に到着する頃には辺りはすっかり暗くなっていた。駐車場に車を停め降りると不思議そうに辺りを見渡す彼女の手を取る。

 「目的地はもう少し先。ちょっと歩くけど大丈夫かい?」
 「はい、大丈夫です!」

 首を縦に振る彼女の手を引いて歩き出し、5分ほど道にそって歩いていくと視界が開け目の前にキラキラと輝く夜景が現れた。それを見たナマエちゃんは歓喜の声を上げ柵が並ぶ所まで駆け寄る。

 「すごーい!こんなに綺麗なところ初めてです!」
 「喜んでもらえて何よりだよ。本当はもう少し上の高台が有名な夜景スポットなんだが、皆そっちに行くから逆にここは人が来ない穴場なんだ」
 「そうなんですね!」

 胸の辺りの高さまである柵にちょこんと手を乗せ夜景を眺める横顔は輝いて見える。後ろから覆いかぶさり小さな手に自分の手を重ねると指先がピクっと揺れ、じわりと赤く染まる耳。

 今でも慣れてくれないのは寂しい気もするが、毎回初心な反応をされるのも悪くは無い。

 「気に入ってもらえた?」
 「は、い……とっても、」

 背中に密着し耳元で囁くとコクコク、と頷く横顔。その素直さに気をよくして後ろから抱きしめ肩に頬を乗せナマエちゃんを見上げる。

 「あの……スグルさん?」
 「んー?」
 「それ、夜景見えてます……?」
 「夜景は見えないねぇ」
 「じゃ、じゃあちょっと離れたほうが……」
 「でも夜景より綺麗なものは見えてるから問題ないよ」
 「き……!?そっ、そういうのは、好きな人にでも言ってくださいよ……!」

 ぶわりと赤く染まった顔が両手で隠される。あー本当に面白い。顔を隠した手の甲に軽く唇を押し付けると「もぉ〜!!」と更に恥ずかしがる姿は小動物がジタバタと暴れてるように見え愛おしさすら感じる。

 「すまない、揶揄いすぎたね。許してくれるかい?」

 片手で頭を撫でると彼女は腕の中で小さく頷いたが隠された顔は見せてくれないようだ。

 肩に手を置きこちら側に振り向かせ手を退ける。潤んだ瞳がこちらを見上げ頬を赤く染める彼女を見た瞬間、あぁ……キスしたいと衝動に駆られ後頭部に手を回す。
 顔を近付けると栗色の瞳が一瞬泳いだが閉じていく瞼の下に消えていく。私のワイシャツをくしゃりと掴むと同時にお互いの唇を重ねた。





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